深遠たる闇の中に、かすかに、力弱くリオンは尋ねた。


「そうしろ。でないと段取りがつかねえ」


 きっぱりと言い切ってチャンプは親指であごをこすった。この調子ではたどりつけないかもしれない。


「……俺の中の赤ん坊が泣くんだ」


 リオンの言葉を聞くや、一気にチャンプが吐き捨てる。


「くだらないな。赤ん坊か、おまえが。そんならそいつを出してみろ」


 リオンは一層、うなだれた。沈黙の後には憂鬱そうな無表情がのぞいていた。


「俺が泣くのをやめた時、必ずそいつが泣いていた。俺はむなしくて、本当はふりすてたかった。なのに、できない」


 膝を抱えて眼前を覆いながら語る。リオンの存在というものがだんだん希薄になってゆく。その全身から発散していた生気が失われそうなのだ。自らそれを戒めるように手を握りしめて、青年の顔を仰ぐ。


 瞬間、瞳からはいっさいの光が消えていた。


「今になってなんだ」


 しっかりしろ、と青年の瞳が語っている。だがリオンは力なく首を振る。


「こんな星降る夜に起き出して、じっとしているのはつらい。悲しくなるんだ。身動きできなくなるほど」


「歩けないと言ったり、じっとしているのはダメだと言ったり、いったいどうやれば気がすむんだ」


 リオンは重く視線をさまよわせた。


 泣かない彼の胸に空虚な穴が開く。心に隙間風が吹いて、肉体をもしばってしまう。泣きわめくより状態は悪い。


「死ぬか、みんな忘れるか……くたばってしまいたい」


 一瞬、チャンプは息を止めた。


「そいつは……難題だな」


 チャンプは腕組みした。


 重症だ。


「あんたに、なんとかできるのか? こんな……重くて苦しい、どうしようもないものを」


 青ざめて見上げるリオンには一瞥もなく、チャンプはうつむいている。


「つまりおまえは複雑怪奇ってわけなんだな」


 ようやくリオンの耳に届いたのがそれだった。


「星空なんぞを見て何か思い出すんならそれはそういうことだ。なにがあったか、言いたかったら言うといい。でなければ聞かない」


 リオンは何を言われているのか理解できない。


 突き出した指をリオンの眉間に突きつけると、青年はその場を直ちに離れる。


「まってろ、すぐ戻る。独りでぬけがらになるんじゃねえぞ」


 こんなにつらいことはリオンにはない。しかし、どうにもならないのでじっと待ち続けることにする。どうしてつらいのか、それはよくわからないのだ……リオンにも。


 


 青年は婦人経営の宿屋の受付を脅した。


「おい、薬を出せ。一番きくやつだ。はやくしろ!」


 それは嫌なことを忘れさせる『幸せの薬』。客が望めば、相当額で使用でき、宿屋の婦人たちとは店に相当額を支払えばひと夜を共にできる。


 チャンプにとっては客をとられた憎い宿。


 宿泊と利用が無料なためだけではない。『備品』にサービス料が加算されている。婦人経営は巧妙だ。


 だが、彼女たちも切実な理由を持っている。それはまた別の話だ。


「なにも奪うとはいわん。半額支払う。遠慮するな、残りは『アリーシャ』につけとけよ」


 言い残すと、青年は風より素早くリオンのところへ帰った。

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