ふたをしてしまっていた過去。


 くいしばって耐えた双月の夜。それすら永かったように思えても七年。


 もしも父に会えたなら、と考えたばかりに涙の止まらなかったこともある。そして――青い月の夜は寝苦しくて目を醒ますのだ。


 周囲の冷たいまなざしにも、うわっつらだけの優しさにも、差別にも、すべてに耐えた。


 ざわつく周囲に、亡者のおとないを説くと、なおさらに遠ざけられた。それでも、耐えられた。


 それと同じものが目の前の男の中にも、あったのだ。


「俺は……あんたを誤解していた」


 リオンは目をこすった。シガールはとがめない。


 悔しいとも、つらいとももはや感じられない。それほど摩耗しきっていた心が、今また、再び血を吹きだしていた。


「甘えて、豊かに暮らしていたものと……あんたの話なんか聞いちゃいなかった」


 だだっこをあやすようにシガールは言いさした。


「……そりゃそうだろ。王子って言えばたいていはだな……」


 リオンははっきりと顔を上げて、深く見つめた。


「そうじゃなくて。つらいときにも神が助けてくれると、死ぬまで信じ切っている……愚かで救えない男だと思っていた」


 そのくせ、自分がついていてやらないとどうなるかわからない、子供みたいな男だとも。


 リオンはかつて、立ち合いもないまま一人きりで大人にならねばならなかった。


 母が抱いていた剣をその手にとったとき、初めて、えもいわれぬ力を感じとったのだ。


 リオンに遺された、一本の剣。それだけが、彼の命をつなぎ、悲しみから立ち上がらせた。


 だが、目の前のこの男の人生に救いはなかった。


「あんまりだな」


 シガールはリオンの瞳に耐えられないとでもいうように、手のひらを眼前にかざした。


 リオンは激しく己を責めた。


「ちがいない。知らなかったんだ。……許してくれ、シガール」


 後悔の涙が頬を伝った。


 かなしみ、悔しさ、せつなさ。神になど祈るものかと心に誓った。怒りと、強がりとで自分を強くしようともがいていた。


 そんなリオンが自分に腹を立てるほど、シガールは軽やかなのだ。


 恥ずかしいのと、すまないのとで体中が熱くなる。――リオンのせめぎ合った感情が高ぶりを鎮めるまで、時間が必要だった。


「愛していたか……? 父親を。あんたは愛せていたのか?」


 ふっと息をつくと、シガールも息を吐いた。


「いいや、妹を――なんて思わなかったろうよ、そんなんだったらな」


 リオンはきっ、として言う。


「じゃあ、俺はあんたを救いたい」


「いきなりだな……理由は」


 うろたえたように、シガールは目をしばたたいた。


「息子が独りぼっちでどうなるかも知らずに、のうのうと逝ってしまった父親がにくい。あんたと同じだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る