第十話ゆがんだ愛
つまった喉を無理にひらいてリオンは言った。顔がゆがむ。苦しいのに、なぜか自分が微笑んでいるのがわかるのだ。
自分は、シガールと同じだ……。
「だまされないぞ」
目をそらして、シガールはため息のように言った。
「おまえは愛しているんだ。どうしようもなく父親の愛を求めている。しっかりしろ、リオン。私は……わたしならいいんだ」
シガールは苦し気だった。リオンは反駁する。
「いいわけあるか! 俺は父親を愛してなんかいない。ここにいない、顔も知らない父親のことを愛してなどいるものか」
苦しいのはリオンも同じだった。
「……リオン、いい気になるな」
「え……」
しばし耳を疑った。
シガールは言うのだ。
「私がおまえの味方になぞ期待するものか。金だよ。金さえあればいいんだ。それだけさ、おまけなんかいらない」
侮辱なのか? シガールの瞳がきらめいているのは、リオンに屈辱を与えたいからなのか? リオンの言葉は届かないのか。はねつけるのか。ならどうして、蒼ざめた唇をしている?
その瞳をのぞきこんでも答えは見えない。訴えても変わらず、その表情がリオンを拒んでいた。
だが、人は拒みがたいものをそうやって拒むものなのではないのか。
「シガ……ル」
目を見開くと、目の前の男の容貌は一変していた。
「愛すればいい。おまえは死んだこと以外におまえに害をなさなかった父親を。私は許さない。私を傷つけ放逐した父を!」
激しい怒りの表情のはずだった。それは。
怒り……それはシガールが初めて見せた、紛れもない純粋な感情の吐露だった。
「愛して……? なにが、愛。それが何ほどものか、見せて欲しい。私が、愛……愛だと?」
ささやいて、シガールは見る者の度肝を抜くような笑みを見せた。
リオンが見ている前で、完璧な微笑みが男の面を覆っていく。左右対称の非の打ちどころのない、しかし底の見えない瞳。
こんなところで笑んでみせるほど、人をおののかせるものはない。
リオンは背筋が寒くなった。それほどの微笑だった。鬼気迫るほどの、と言ってもいい。悪意に満ちた笑みだ。
「愛……そんなものがこの世にあるというのか? 誰が見た、それを。神か?」
知らず知らず、首がふれていた。
「俺は知らない……見たなんて言うやつは都合のいい夢をみているんだ。そう思うよ」
おっくうそうにシガールは同意した。
「そうだな。その意見には賛成だ。だがもう、会わない」
宿もないのにか。どこへ行くのだ、ふらふらとして。窓辺に立つシガールにリオンは言う。
「わかった。俺はチャンプのところに身をよせるから……あんたはここにいればいい」
後ろ姿で、シガールが笑ったように見えた。泣いていたのかもしれない。それは知らない。だれもあずかり知れないことだった。
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