第二話アドラシオンの城下

 リオンはまぶたに映る、そびえ立つ城壁を前にして、うならずにいられなかった。


 丘からも見えたが、全て壁面が均一な石積みで出来た壁が都市全体を覆っていた。


「これがアドラシオンの……」


「そう、私の敵さ」


 風の運ぶ音にかき消されて、リオンは思わず聞き返した。


「えっ? 今、なんて言ったんだ」


「若かりし頃の思い出。さあ、肩の荷をおろして一杯やるかなあ」


「肩の荷って俺のことかっ」


「荷物は自分で歩かない。心配しなくていいぞ」


「なんの心配だ」


「自分に聞けよ。わからないやつだ」


 街は緑の楽園に囲まれ、放牧の笛の音がしている。抜けてきた森はうずたかく、都市を見下ろしていた。


 森を切り拓いた当のアドラシオン領主、実質上の国の王が、辺境と都市部をわけたのだ。


「切り拓いた当初はそんなつもりはなかったらしいぞ。とにかく荒れ地を開墾してったら、そうなったんだと」


 安酒場で語って、シガールがかぶりをふった。


 裏の事情はどうあれ、偉業にはかわりはない、とリオンは思う。


 シガールは一気にさかずきをあおると、喉を上下させて機嫌よくリオンにもふるまった。


「ア……酒は飲まねえのか?」


 注ぎかけたボトルをさかずきに引っかけて、まだ素面の彼は一応、尋ねるふりをした。


 街角にさしかかった頃、人の騒ぎが聞こえてきたが、みな紅い顔をしていたと思う。


 昼間とはいえ、静かに呑む者には愛想が良い。


 ――店主はさりげなくリオンに目配りをしている。


「成年はすぎた。十二のときに」


 リオンはシガールと肩を並べて井戸の水を飲みつつ、まだのどごしも知らぬ強い酒を所望する。


 突き出されたさかずきには、酒が途中がたまで入っていた。


「ほう、一人前ときたか。だがまだ、こっちにしとけえ」


 一笑してボトルを戻し、乳を頼む。


 別段、不満でもなく受けとると、乳は波紋を浮かべてたたずんでいた。


「なんの乳だ」


「おいなんの乳だい」


「山羊です」


「山羊だとさ」


「まあ文句は言わないけど」


「なあ、どうしておまえさんの父親は、おっ死んだんだ」


 さりげない問いかけだった。


「母は何も言わなかったので、おそらく不慮のことと察している……が、俺はあんたに言ったか? 父親が死んだと、一言でも」


 リオンは応えてから顔をあげた。


 首をふりつつ頷くシガール。どっちなんだ。


 素面の域を越え始めた彼はもっともらしくも語るのだ。

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