「いや。いつも逃げたいとしか思っていなかった。本音はね。ずっと一人だったよ。だれも本気で俺を相手にしやしなかった。だから」


 少年の言葉はつぎつぎほぐれて、何故だか、この男の前では本音の方が出てきてしまうらしかった。


 やがて、男は口を開いた。


「私にはこれといった自慢はないが、人を殺したことがある。このリングは証拠さ。これさえあれば、やつらは私の」


 男は首をふった。あたりさわりのない言葉を選ぶかのようだった。


「この私のいいぶんを、認めざるを得ないはずさ……今度こそ」


 少年はふと聞かねばならない気がした。


「どうして殺しなんてしたんだ」


 こともなげに男は答えた。


「しかたなかったのさ。あいつが私を放逐したから」


 少年は少しおどろいた。


「よくそんな恨みが続くな。俺なら忘れる」


「さあね。本当に私の立場になったらおまえもわかる。縛り首になるところだったんだ」


「どうして放逐された?」


 男はしんみりと言った。


「まあ、そうどうしてと聞くな。最初に言ったろう。けちな生業をしていたのでなあ」


 男はそう言うと笑った。そしてあくびをかみころしたように目を瞬く。


 少年は少しもおじけず、また尋ねた。


「あんたは……今、だれに言うことをきかせたいんだ」


「いやはや、質問ぜめは年寄りにきつい」


「ごまかすな。真面目にきいている」


 いらだち、強引に出ねば本音を聞きだせまいとふんだ。彼は気炎を吐いて身構える。


 男は目を光らせて、片頬をゆがませた。


「もうちっと下手に出たらどうだい。おまえさんは人殺しと一緒にいるんだからなあ」


 すかさず少年が吐き捨てた。


「おもしろくもない嘘なんて信じると思うか」


 救ってもらった恩もあるが、男はとても話通りに見えなかった。


 男は舌を巻いた。


「じゃあ真実を言おう。とある上級領主さ。アドラシオンの。私は息子なんだな。なのに放逐された。だから妹を殺したのだ」


 放逐、という言葉の意味がわからなくなってきた。


 ふと、男が決して野卑ではないことに気づかされた。


 少年はすごむように、


「領主の息子……あんたが」


「おお。だから王子様なわけよ、これが」


「そんなこと言わなくてもわかる。本当なのか?」


「信じたか?」


「いいや」


 男は憎たらしいほど人のいい笑顔だ。


 からかわれた気がした少年はつっぱねた。


「じゃあ、ついでに言っとくが、自害を許されないアドラシオンの王族はなんだか知っているか」


 少年はさも、不思議なものでも見るように、相手を見た。


「……知らない。そんなものがあるとは初めて聞くな。なんだそれは」

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