アンドロイドは恋をするのか?破滅の純情
あやぺん
演題 アンドロイドの恋
アンドロイド。
単純作業、 事務、危険業務代行、重労働、性欲処理などなど使い方は無限大。
みんなの夢のアンドロイド!
しかし見た目はまだまだ機械感満載で、性能も心許ない。しかし単純作業や事務処理、解析作業はなんとかこなせるくらいには発展した。まだまだ使用場所は許可制と限られている。アンドロイド研究は盛んで、やっと大きな職場なら数十体程活用するくらいには普及した。
人工頭脳を有する、まるで人間のように振る舞うアンドロイド。
合法アンドロイドの研究は国際規格に沿って行われている。これはアンドロイドの掟でもある。
『アンドロイド製作の国際規格三大項目』
第一項
アンドロイドは人間に危害を加えないように製作しなければならない。
第二項
アンドロイドは人間の命令に服従するように製作しなければならない。この為基本的には真実を語るようにプログラムしなければならない。
ただし第一項に反する場合は、この限りでない。
第三項
アンドロイドは法律を守るように製作しなければならない。第一条に反する場合は、この限りでない。逆に第二項に反することがあっても適応される。
各項に添付された詳細な前例と判決についても従わなければならない。またアンドロイド製作の国際規格も慎重な議論を重ねた上で、常に追加変更する事とする。しかし三大項目に関しては一切変更は行わないものとする。
さて、そんな世の中で見た目が完全に人間で、より人間に近い知能を有するアンドロイド開発に情熱を注ぐ天才科学者シン・ウエハラ。彼は誰も追従出来ない程、研究熱心なうえに天才だった。
先日、ウエハラ博士の助手アイカ・ミタがその研究過程論文「アンドロイドの恋」を発表。
アンドロイドの見事なまでの容姿に、ことごとく掟を破った人工知能の性能の高さ。そしてその破滅。世界中の科学者達に衝撃が走った。
シン・ウエハラが作り上げた人工頭脳プログラミング「P7」は「破滅の純情」と名付けられた。
発表されたアンドロイドの恋
そもそもアンドロイドは恋をするのか?
大論争が巻き起こる。
***
それさえもプログラムなのか?
【アンドロイドは恋をするのか?〜破滅の純情〜】
***
アイカには何故ウエハラ博士がここまで完全人間型アンドロイドに固執するのか分からない。
完璧なる人工毛は世間に救いをもたらした。
完璧なる人工皮膚は医療に大いに貢献した。
完璧なる人工眼は神経接続義眼の研究へ流用され成果を見せはじめている。
ウエハラ博士は天才だ。数々の偉大な開発、世間への貢献に対する彼に浴びせられる賞賛の数多いこと。そして集まる莫大な研究資金。
しかしウエハラ博士は変人だ。擦り切れそうな白衣を着続け、食事はいつも同じ弁当。和食レストランで特別に作ってもらっている特製弁当は曜日で中身が決まっている。起床就寝、研究時間も滅多に変更しない。
研究目的以外で出掛けることなどなく、研究室が彼の家。
物凄い勢いで世界を変容させていくのに、自身は不変を愛している。
そしてまるで欲がない。
まるでアンドロイドのようだとアイカはいつも思っている。
「やあアイカ。今日も元気そうだ。」
「おはようございます。」
ウエハラ博士は定刻通りに自分の席に座っていた。白と黒のまだらになった四方に爆発した髪の毛が、今日は右斜め上に流れている以外はいつも通り。
アイカは入口脇の自分の机に鞄を置いた。それからサブモニター前のウエハラ博士の席へ向かう。
「今日は特別な日だ。特別チームが開発したPure7試作完成体起動日。30分後に第1研究室でお披露目だ。」
ウエハラ博士が飲み口が1箇所欠けたペンギン柄のマグカップを高々と掲げた。楽しくて仕方ないというウエハラ博士の様子をアイカは眺めた。
「正確には博士と特別チームが開発したです。私は開発に携わっていません。」
棘のある言い方と呼ぶかもしれない。しかしウエハラ博士は表情を変えずにマグカップに口をつけた。
「シン・ウエハラの唯一無二の専属助手。そのプライドが傷ついたのかな?」
「いえ。ただ単に私には関係ないと言いたいだけです。」
「関係あるさ!何のために君を開発から遠ざけたか!」
腕を広げてウエハラ博士がくるりと回転したのでマグカップから黒い液体が溢れた。いつもウエハラ博士が飲む、ブラックコーヒーが黄ばんだ床タイルをビシャリと濡らした。
すーっと半球体の掃除ロボが拭きにくる。
「どういうことでしょうか?」
「先入観なくPure7試作完成体を観察するためさ。1番優秀な君が適任だ。」
踊ろうと誘うかのように、ウエハラ博士がマグカップを持った右手を胸に添えて頭を下げた。
アイカは直立のまま黙ってそれを見つめた。
ウエハラ博士の行動はいつも意味不明だ。
***
新型アンドロイド試作成功体「Pure7」
開発目的は擬似脳神経と人間の脳神経の比較。高精度個人認識プログラムの有用性確認。
ウエハラ博士としては「見た目が人間。中身も人間に近づけたプログラムでいかにアンドロイドと人間が異なるかの実験するんだ。愛はプログラミングで発現するのか?ワクワクしないか?」らしい。
正誤のない非倫理的な「人間の心」を人工頭脳は得られるのか?ウエハラ博士は万物を創生した神と同じ土俵に登ろうというのだ。
それが人間に有益なのか、必要なのかは関係ない。ただ単にウエハラ博士の、そして科学者の好奇心。アイカにはそれが理解出来ない。
しかしこれまでの研究のように、pure7は新たな技術を人類にもたらし多くの者を救うだろう。擬似脳神経には無限の可能性がある。アイカでもそれは理解出来る。
だからウエハラ博士には莫大な研究費が集まった。今までもそうだったがPure7の提案ではそれまでの研究費用が一桁変わる程の大金が動いた。研究員も世界中から集まった。
各種脳疾患、特に昏睡患者の治療。そして脳の劣化防止による寿命の延命。
生存。人類の永遠のテーマ。
第一研究所に開発チームメンバー108名全員が集まった。そこに当然ウエハラ博士。そして専属助手であるアイカ。
雑多な機械類はきちんと片付けられて、中央の円形の台座に白い布が被せられている塊。後方には普段プログラミングに使用しているウエハラ型パソコン用のメインモニター。研究所で最も大型のモニターの電源が切られているのをアイカは初めてみた。
台座に視線を戻す。
Pure7 ロゼ・プードゥ。
金色のプレートが掲げられていた。
台座を半円形に囲む研究員の前にウエハラ博士が立った。金色のプレートを手に取り、両腕に抱えてオホンと咳払いする。
「アンドロイドが自ら思考する時代。思考回路の根本は始祖アイザック・アシモフが定義し現在の国際規格によって定められた倫理プログラムに基づく。」
研究員達が頷く。アイカもその通りだと小さく首を縦に振った。
「じつに優れた開発であり定義だった。わずか100年前とはとても信じられない。」
アンドロイド研究に携わる者なら大抵の人が尊敬するアイザック・アシモフ博士。それからその直弟子。80歳のアイザック・アシモフ博士の助手となった12歳の天才児。123歳で命の灯火が消えたアイザック・アシモフの科学者の探究火は今尚絶えずに轟々と燃え盛る。
アイカの眼前で金色のネームを頭の上に掲げる科学者が火を引き継いだ。生きる伝説の証人、シン・ウエハラ博士。
「それに異論はないし改良も必要ない。しかし私が開発した高精度個人認識プログラムと倫理プログラムによる《新たな人工知能の思考》というのは未知の領域だ!」
研究員達の士気が高まっているのだろう、ウエハラ博士に喉を鳴らす音や、拳を握る音がする。誰1人ウエハラ博士から目を離さない。
「アンドロイドが高精度に個人を認識した際、感情は産まれるか?愛は発現するのか?怒りは?妬みは?悲しみは?人工知能の処理能力で追いつくのか?倫理プログラムとどう折り合いをつける?」
金色のネームプレートを右腕でぐるぐる回すと、ウエハラ博士はそれを天井に向かって投げた。ステップを踏んでまたネームプレートを右手で掴む。
全く意味のない行動だ。アイカは一応理由を考えてみたが検討もつかない。
「加えて、Pure7に搭載した擬似脳神経で脳の解明が進む!我らはアンドロイドの歴史に名を刻むだろう!シン・ウエハラ博士と特別開発チーム108名!」
ウエハラ博士がちらりとアイカに視線を向けた。大きく咳払いして私を指差した。
「あとそうだ。アイカ・ミタ専属助手。筆頭観察者及び解析者。そうそう記録もだ。」
研究員一同がアイカに冷ややかな目線を投げた。開発に関与していないアイカには肩身がせまい状況か。弁明などないのでアイカは黙ってウエハラ博士を見ていた。
「おはようPure7 ロゼ・プードゥ!さあ新世紀の始まりだ!」
パチンとウエハラ博士が指を鳴らした。
何も起こらない。
「おいブランドー!」
ウエハラ博士がブランドー・エルリックに体を向けてもう一度パチンと指を鳴らした。キョトンとしているブランドー研究員にウエハラ博士がもう一度指でパチンと音を立てた。
「マナ!録画を止めろ!ブランドーお前は演出というものを知らないのか!」
アイカは後方に視線をずらした。マナ・ルーダが脚立の上で掌サイズの旧式カメラを構えていた。随分古風な方法で録画させられていることと、それに気づかせなかったウエハラ博士の注目度に研究員が口々に感想を述べる。
誰かが「ブランドーの奴気の毒に。コーヒーまみれにさせられるかもな。」と嘲笑した。ウエハラ博士の行動パターン的に最も考えられる。
騒めく研究員の中からブランドー研究員が慌てて飛び出した。顔は真っ赤。ウエハラ博士は何故1番下っ端のブランドー研究員が阿吽の呼吸で演出補助をするなんて期待したのか。どちらかというと注意力が散漫なブランドー研究員。どう考えてもそんな結論が出るはずがない。
「マナ。録画スタートだ!おはようpure7ロゼ・プードゥ!さあ新世紀の始まりだ!」
今度は白い布がばっと剥がれた。
姿が見えないようにしながらブランドー研究員が後ろから布を引っ張ったのだろう。
小さな小さなモーター音が第一研究室で産声を上げた。
経過によってはアンドロイド国際規格に触れそうな実験。それなのにウエハラ博士はまるで新しい玩具を与えられた子供と同じ表情だ。無邪気としか呼べない、目を見開いた満面の笑顔。
盛大な拍手が部屋中に鳴り響く。
アイカも淡々と掌を叩いた。
***
研究所のある土地で1番多い人種を模した白い滑らかな肌。
空調の風でサラサラと揺れる亜麻色の癖毛。
丁寧な作りの顔には眉毛も睫毛も生えている。
椅子に力なく座っていたPure7がゆっくりと動き出した。
うたた寝から目覚めたばかりというような滑らかで無駄の多い動作。
瞼が徐々に開かれて睫毛の影が消えていく。
髪と同じ色の色素の薄い茶色い瞳。
胸部に透明な小窓があり、中には心臓に良く似せた銀色の部品がある。それと乳頭や生殖器がないという点を除けば、どこからどう見ても20代前半程度の成人男性。
これまでの研究の全てをウエハラ博士から注ぎ込まれた結晶。
pure7試作成功体
アンドロイドネーム「lose pudove ロゼ・プードウ」
博士によればPseudo-loveのアナグラムで絶滅しかけている小さな子鹿の名前にもかけているらしい。鹿は可愛いだろうと言っていた。脈絡のない意味の見出せない名付け。
ウエハラ博士がロゼ・プードゥに服を着せると人間にしか見えない。アイカにはアンドロイドだと認識できない。他の研究員もそのようで驚いたように口を開けている。
アンドロイドと人間の区別をつかなくさせることは有益なのだろうか?
これからこの新型アンドロイドによりどんな研究成果がもたらされるのか?
アイカにはまだ想定が出来なかった。
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