第17話「犯人」

(なっ! あの男、やられたのか? あれだけの身体能力を有した人間をさらに限界にまでこの能力で動かしていたというのに……はぁ、この子、みたいな耐久力があればいいのに)


 影は人形を憎らしげに思いっきりギリギリと握りしめ、今にも壊れそうになっていた。


(まぁ、でも仕方ない。人形を動かそうとして能力を使うと一体動かせるようになるのに3日もかかってしまうのだから。まぁ、三日三晩、祈り続けた霊験あらたかな~~とかよりは断然マシだが)


 影は思案するように曲げた人差し指を口元に当てた。


(一応念の為、人質でも取っておくか)


携帯電話を取り出し、少し操作し何かを確認した時、SEの声が響いた。

 

*


「さて、どこか近くで見ているんでしょう? 今回の事件の犯人。それは――」


 SEは髪を撫でつけ、オールバックを整えつつ一拍置くと、扉が開いた。


「それは、あなたですね。紀子さん」


 扉から現れたのは、宗也の叔母にあたる武藤紀子だった。


 叔父の家で出会ったときとは違い、白のブラウスに、タイトなミニスカートを颯爽と着こなしていた。


「どうして?」


 紀子は心底不思議そうに呟いた。


「確かに今日私は、客室に泊まっていましたけれど、それだけで犯人だなんて」


「今回の件、いくつか不可解な点がございまして、それらを全て繋げると犯人はあなたという結論が導き出されます。まず、なぜ貴方たちのお宅に犯人からの攻撃が起きたのか? 実はお恥ずかしながらこの時点では執事の大原さんを疑っていました。唯一行き先を知っていましたからね。動機も執事と雇い主ですからどんな確執があってもおかしくありません」


 チラリ。


 SEは一度紀子の表情を伺ってから言葉を続けた。


「ですが、鳴がここを示してくれました。ここ、客室前の通路に! ワタクシ、名探偵ではございませんので、推理だけで明確に犯人を当てることはできません。なので足やエコーズを使って犯人を導き出します。鳴が客室に来たということは、ここの使用人では無いということです」


 紀子は呆れたようなホッとしたような顔で反論した。


「なんなのあなたは? それだけで私を犯人呼ばわり? それに私はあの人形に襲われているのよ!」


 SEは表情を崩すことなく言葉を続けた。


「そうですね。あれにはワタクシも騙されました。ですが、あんな時間に宗也さんが訪ねてきて、しかも血相変えて家へと入ってくるではないですか、犯人だったならばいかにして自分が潔白であるかのように見せるか考えるはずです。多少の怪我なら致し方なしという考えになってもおかしくありません。それに――」


 SEは指を一本立て、


「証拠ならございますよ。エコーズvar呪音はある程度操作しなくてはならないので、ここの屋敷を知らないといけません」


「それだけなら誰だってわかるじゃない!」


「ええ、ですが、さらに呪音は標的の位置も知らないといけません」


「それなら、私には無理よ。確かに夫とよく来たりするけど、そんな事細かに知ってるわけではないわ!」

「紀子さんはパソコンをお持ちですよね。それと、ここの使用人、数人を使えば誰にも知られず状況を知ることは可能です」


「一体どうやって?」


 SEはニヤリとしながら携帯電話を取りだした。


「これを使います。昔から写真やビデオは呪いの媒体に成り易いですからね。呪音を使って使用人に映像を撮らせるのは容易かったと思います。そしてリアルタイムでパソコンに転送します。そうすれば屋敷の中を知ることは楽だったでしょう」


「ちょっと待ちなさい! その、何? エコーズ? 呪音? だっけ。仮に私が犯人だとして、それを使うのにまず、どうやって使用人にその呪音ってので操るのよ!」


「その点は問題ありません。なにせ、仕事を終えれば、住み込みの方は部屋に戻られますからね。そこを狙えば確実に操れますよ。そして、こちらの様子を伺いながら犯行に及んだ。まだ二人にしかお話を聞けていませんがお二人とも記憶があやふやになることがあったそうです。これは使用人を操っていたからですね。そしてたぶん消すまでが一連の動作としていたのでしょう。そうすれば証拠は一見残りませんからね」


「一見?」


 紀子は怪訝そうな顔で聞き返した。


「はい。犯人が携帯の動画機能を使ったという前提で調べれば、一度消したものでもその手の方にかかれば復元が可能です。さらにIPアドレスを辿れば貴方にいきつきますよ。きっと。ですが完全に携帯とかパソコンが破壊でもされてしまったら流石に無理ですがね」


 ニッコリと微笑みながらSEは告げる。


「そう、それを聞いて安心したわ。なら、ここで貴方を殺せば全て丸く収まるわけね」


「犯人だと認めるわけですね」


「はんっ、何を今さら!」


 紀子は開き直り、仄暗いオーラを纏い、堂々とSEを見つめた。


「喰らえ! あんたもあんたの仲間みたいに操り人形にしてからじっくりと殺してやるわ!」


 紀子は呪いの言葉を吐きながら、エコーズをSEに放った。


「陰でこそこそしている方は、一対一になると弱いと相場が決まっています」


 SEは慌てることなく、


「ドッドッドッドッ、バ~~ン!」


 そして紀子の方へ掌を向けていると、


 ドッドッドッドッ、バ~~ン!


「どうやら、触れたようですね」


 音が鳴り響くのと同時に、またしても死神のようなモノが現れ、そのままSEに絡みついてくる。


「鬱陶しいので消えてください。ザンッ!」


 死神のようなものを軽く払うようにすると、


 ザンッ!


 死神のようなものは切断され、霧散した。


「ふんっ。少しはやるようね。そこで寝てるあなたの仲間は自分が殴られるのが嫌で私の能力を喰らってくれたわよ。ふふっ」


 SEは鳴とさらに近くに倒れていた警備員を見た。


「いや、違いますね。鳴は自分を庇ったのではなく、こちらの警備員さんの体を心配しての行動ですよ」


 警備員の腕ははじめの一撃で極度の負荷で怪我をしており、もう一度その手で鳴を殴ったら使い物にならなくなっていただろう。


「それがなんだっていうのよ!」


 紀子は予め用意していた包丁やナイフ、針や杭を取りだすと滅茶苦茶に投げ始めた。


 ヒュンヒュンヒュゥン!


 呪音の力により凶器は全て正確にSEへと向かって行った。


 しかし、


 バシバシバシバシバシ!


 SEは片手で全てを叩き落とした。


「ワタクシも鳴ほどではございませんが、体術には少々自信がありまして」


 ニコニコとしながら紀子へと近づいていった。


「く、来るな! もし、それ以上近づいたら麗子に呪音を打ち込むわよ!」


 それに対し、SEは全く気にした様子もなく、「どうぞ」と言い放った。


「脅しじゃないのよ! 場所は昨日そこら辺の奴に力を使って尾行させて調べ済みよ! やってやるわ! あんたはそこで後悔にうち震えていればいいわ!」


 呪音が真っ黒な感情に乗せられ放たれた。

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