第4話「敵襲」

 叔父の家は少し離れた場所にあった為、二人は再び車を寄越してもらい向かうことにした。


 ガチャリ。


 二人は大原が運転する黒塗りのリムジンへと乗り込んだ。


「ところで」


 車が走り出してすぐSEが口を開いた。


「宗也さん。大原さんはどれくらい執事をされているのですか?」


「ん? 僕が生まれる前からいるから詳しいことは、それに小さいときはよく叔父のところに行っていたからよくは……」


 宗也が首を傾げながら答えると、


「今年で四十年になります」


 大原は前を真っ直ぐ見て、こっちを振り向かないが、声の調子から実に誇らしげに言っているのがわかった。


「ははぁ、長いですね。小さい時居なかったと言っても宗也さんにとったら大原さんが一番信用できる使用人なのでは?」

「ああ、そうだな」


 宗也は当たり前のことだと言うように素っ気なかった。


「大原さんも、生まれたときから知っている宗也さんは可愛いことでしょう。それは独り占めしたいくらいに」


 SEはイヤラシイ笑みを浮かべながら背中越しに大原を観察するようにしていた。


「ええ、そうですね。これだけ長く勤めていますと、先代の旦那さまや宗也さまは子どもや孫のような存在になられますね」


 大原は一瞬だけ振り向き満面の笑みを投げかけた。

 その後、暫くSEの雑談につきあわされ、そうこうしているうちに叔父の家が見えてきた。


*


 キーッ! バタン!


 車から降りた二人は叔父の家を眺めた。


 ドッドドドドドドドドドドドドドドドド!


 叔父の家はまるで政治家が住んでいそうな現代的で機能的な家だった。しかし少なからず疑っている今、そんな家でさえ不気味に見えた。


「さて、では行きますか。犯人でないといいですね」


 SEは温かい笑顔でそう告げるとチャイムを押した。


 び~~~!


 という鈍い音が叔父の家に響き、


 パタパタパタ。


 スリッパで向かってくる足音が聞こえ、ドアが開いた。

 ドアを開けたのは宗也の叔母、つまり叔父の妻、武藤紀子むとう のりこだった。

 彼女は派手なネグリジェにガウンを掛けた姿で現れ、宗也を見ると、驚きつつも、


「あら? 宗也くん、どうしたのこんな時間に? とりあえずご飯でも食べてく? それともお酒でも飲みに来たとか? もう成人前に悪い子ね」


 と軽口混じりに快く迎え入れてくれた。

 しかし、その対応に宗也は、これが演技だったら胸糞悪くなる。大したものだ。と思い、自然と顔が嫌悪に歪んでいた。


 一方SEは特に普段と変わらない笑顔で、


「夜分遅く申し訳ございません。ご主人は御在宅でしょうか?」


 うやうやしく礼をしながら告げると、笑顔を向けた。


 紀子は一瞬ドキリとしたが、すぐに居ることを告げると、その瞬間には宗也とSEは靴も脱がず入り込んでいた。


「え? ちょっと、貴方達!」


 紀子の声は虚しく玄関に響いたが、二人が振り向くことはなかった。


 宗也は叔父の居そうな所に当たりを付けて書斎の扉を開けた。


 書斎というだけはあり、様々な本が並びたち、パソコンまでおかれていた。そしてその書斎に案の定、叔父が座っていた。


「ん? なんだ。宗也か? 珍し――」


 ダサい悪趣味なバスローブに身を包んだ、メタボ気味の叔父、慎吾しんごは全てを喋り終える前にSEに襟元を掴まれ、


 ドンッ!


 と壁に叩きつけられた。


「ガハッ! ごほごほっ、な、何するんだ!」


 SEは笑顔のまま、慎吾に顔を近づけ、


「貴方、宗也さんの家族に手を出しましたか?」


 そのSEの顔と声音はついさっき壁に叩きつけた相手とは思えないほど柔らかかった。


「い、いったい、何のことだ?」


「まぁ、そうですよね。正直に言うはずは無いですからね。というかワタクシ自身、今の言葉が本当かどうかわからないので、強制的に嘘をつけなくさせてもらいます」


 SEは一息つくと、


「バクバクバクバクバク!」


 そしてSEの手が慎吾の胸に伸びた。


 バクバクバクバクバク!


 そんな音が鳴り響いた後、慎吾の呼吸が急に荒くなった。


「はぁはぁ、な、何を……」


 慎吾はSEによって強制的に心拍数を上げられ、なにか恥ずかしいことを隠していて、今にも吐き出さないと心臓が飛び出してしまうような錯覚におちいっていた。

 仕組みはただ心拍数を上げるだけのシンプルなものだったが、その前のSEの言葉、――嘘をつけなくさせてもらいます――この言葉でイメージを抱いてしまった慎吾は実際に嘘がつけなくなった。


 しかし、その慎吾から発せられた言葉は、


「ほ、本当に、知らない! 確かに昔、色々確執があって嫌がらせはしたが、今はそんなことはない!」


 慎吾は脂汗を流し、胸を押さえながら必死に訴えた。


 つぅ~~~。


「なんだって!」


 宗也はその言葉に冷や汗を流し、驚きを隠しきれなかった。


 SEは驚いた表情は見せず、予想していたというように依然笑ったままであった。

 そのとき、


 カタカタ。


 SEの耳にだけ届いた微かな物音で、書斎を急いで出ていった。


 書斎に残された二人は、暫し茫然としていると、


「きゃ~~~!」


 という叫び声が聞こえ、宗也も急いで声の聞こえた方へ向かった。一方叔父の慎吾は、SEのエコーズをくらった反動か体が上手く動かず、ちょっと腰を上げたところで、ドスンと尻もちをついてしまった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 誰よりも先に駆けつけていたSEは、この家にピッタリ似合うアンティーク調のレンチドール三体を見つけた。

レンチドールはカワイイ少女を模し、それぞれがヒラヒラとしたドレスを身に着けており、横を見つめる目が印象的な人形である。


それだけならば、人形が三体集まって置いてある微笑ましい光景と言ってもよかったのだが、その人形たちは各々包丁、金槌、アイスピックという凶器を両手で挟むようにしっかり持ってユルリと不気味に歩いている。カワイイ少女の外見をしているだけにミスマッチな凶器と歩きかたにより一層の不気味さと恐怖を駆り立てた。


「今回の呪音は人形を操るのか、すごい発想ですね。こんな使い方初めて見ました」


 軽く肩を揉みながら心底大変そうに言っていたが、その顔は残虐な笑みに満ちていた。


 ガ、ガガ、グギギ。


 声なのか体の軋む音なのかわからない音が人形から発せられ、アイスピックを持った一体がSEに襲いかかってきた。


「……いよぉ、……しいよぉ、……悲しいよぉ」


 人形にとり憑いた呪音がそんな声をあげていたが、SEは動揺することなく、


「ぼこっ!」


 と叫んだ後、掌で軽く人形をはたいた。


 ぼこっ!


 擬音と共に人形の体が凹み、そのまま壁に叩きつけられた。

その人形はブチブチッという無理やり何かが引きちぎられたような音がし四肢がバラバラになった。


「かなし……、かな、かな、かな…………」


 ずりっ。ずりっ。


 四肢がバラバラになった人形だが、それでもまだ動こうとしていた。


「ふむ、この人形はフェルト地で出来ているようですね。ほぉ! まだ動くのですか、人形に言うのも変な感じですが、不死身なんですかね?」


 しかし既に大した動きができないと見てとると、SEは倒した人形には目もくれず、残りの二体を見据えた。


「た、助けてッ!」


 という声が聞こえ、そちらに意識を向けると、そこには宗也の叔母、紀子がこの現場を見て、叫んでいた。


 SEが一瞬気を取られた隙に包丁を持った人形が、紀子の方へ襲い掛かった。


 スパッ!


 腕が切られ血しぶきが壁へと付着する。

切られたのは紀子を庇ったSEの左腕だった。人形はすぐさま再び距離を取っていた。


「痛いですね。あ、宗也さんの叔母さん、危険ですので、もう数歩下がっていてください」


 微笑みながら言うと、そこで、


「おい! SE、一体何が……、なんじゃこりゃ! 人形が動いてる? これがエコーズの力なのか?」


 SEはやはり微笑みながら、


「宗也さんは理解が早くていいですね。これはワタクシの仕事です。宗也さんも少し後ろに下がっていてください」


 片手で髪を撫で上げる様にし、膝を少し曲げ、重心が後ろに来るようなポーズをとった。

 ドーン! という効果音が聞こえてきそうな意味不明なポーズだが、その姿に頼もしさを感じ、「あ、あぁ」と宗也は頷き、紀子同様少し離れ、SEを見守る形になった。


 SEは左腕から流れ出る血を気にも止めず、二体の人形を見据えた。


「カキン!」


 そう呟き、人形の方へ駆け出した。


「く、くるし、くるしぃああああ!」


 金槌を持った人形が奇声と共にSEに殴り掛ったが、SEは左手で右手に触れつつ、右腕でガードした。すると、


 カキン!


 と音が鳴り、右腕は何ともなかった。


 ここで初めてSEは拳を握り、


 ブンッ!


 能力も何も使わず、それこそ力任せに人形を殴りつけた。


 人形は床に力強く叩きつけられた。もし人間だったら死んでいるであろうというほど顔面が潰れたが、フェルトで出来た人形は徐々に顔が元に戻っていく。顔面がだんだんと戻っていく姿は不気味という言葉が似合いすぎるほど似合っていた。

 

SEは追撃を加えるため、「ザクッ!」という声を発した。

 

このとき、SEは包丁を持った人形の位置を把握し、自分に対する攻撃を繰り出すであろうタイミングも予測していた。しかし、包丁を持った人形は、SEの予想外の動きをした。


「きゃ!」


 包丁を持った人形は、再び紀子の方へと向かって行ったのだった。


「なっ! ワタクシを相手にしていない? いや、これは!」


 SEが苦笑いを浮かべたとき、


 ゴスッ!


「うっ!」


 金槌を持った人形の一撃を腹部にくらった。

 表情を崩す暇もなく、SEは紀子の方を見ると、


「叔父さん!」


 宗也が叫び、叔父の慎吾が叔母を庇い、背中に切り傷を負っていた。


「いや、危機一髪だった。お前が無事でよかったよ。宗也も」


 慎吾はそういうとグッタリとし倒れた。

 宗也はすぐに駆けつけ、脈と呼吸をとった。


「大丈夫。気絶しているだけだ。でも、この傷、早く医者に見せた方が……」


「ええ、わかっています。全力で仕事に当たらせていただきますよ」


 宗也はそう言うSEの顔が一瞬だけ怒りに満ちた顔になった気がしたが、すぐに、もとの笑顔に戻っていたので気のせいかと思い直した。

 

SEは人形と慎吾の間に立ち、二体の人形を待ち受けた。

 人形は、SEと距離を取り、一向に向かって来なかった。

 

心底面倒臭そうに笑いながらSEは、


「こいつら」


 言ってから、近くの壁に手を触れた。


 ザクッ!


 音と共に壁の一部にまるで刃物が刺さった跡ができ、パラパラッと欠片が落ちた。その欠片が床に落ちると同時に人形達が一斉に襲いかかってきた。


「やはり、この人形達は、ワタクシがエコーズを使っていないとき、自己防衛のとき、注意が逸れたとき、に攻撃してくるようにプログラムされていますね。さらに、注意は自ら逸らすように動いているようですね。なかなかエコーズの使い方をわかっていますね。でも」


 SEは優しく微笑み、


「ボヨヨ~ン!」


 自ら手を伸ばし、襲ってきた人形の包丁に触れると、


 ボヨヨ~ン!


触れた瞬間、包丁がまるでバネにでもなったかのように縮まり、人形ごと吹っ飛んだ。

 

次に腕のリーチ分、遅れてやってきた金槌を持った人形が攻撃するより早く、「ぐるん!」と声を発し、自分自身に張り付けた。


ぐるん!


重力も身体構造も無視し、SEは急に回転し攻撃を避けた。


そしてすぐさま先程殴った人形の頭を掴み、


「ジャキ、ジャキ」


 と呟き、同じ音が聞こえた後、人形は裁断されていき、数秒後には金槌を残しただの布地へと解体されていた。


「あとは、あれ一体だけですね」


 SEは起き上がりながら自身の体についた人形の破片をパラパラと音をさせながら落とし、首に手を添え、首を二、三度、バキッと鳴らした。


 グ、ガガ、ギギィ。


 不気味な音を響かせながら、ピョンピョンと部屋の中を数回飛び回り、


「ミシ、ミシ、さミシぃいいいいいよぉおおおお!」


 もはや何を言っているのかわからない呪いの言葉を吐きながら、SEに向かって大きく跳躍してきた。


「ドコッ!」


 SEは擬音を発し、迎え撃つ準備をした。


「さミ、シぃぃぃぃいいいいいい!」


 その瞬間、人形は持っていた包丁をまたしても宗也の叔父と叔母に向かって投げつけた。

 SEは予測していたかのようにその包丁に触れ、


 ドコッ!


 という音と共に包丁は何かにぶつかったように曲がり、その場に落ちた。


 人形はその包丁によって生まれた死角から接近し、手で持つ代わりに人形の脚の部分にはアイスピックが貫通して刺さっており、蹴るようにSEの首を狙った。


「やはり、やると思いましたよ。包丁の君はさっきからワタクシの注意を逸らすようなことばかりしていましたからね。またやると思っていましたよ」


 アイスピックが首に触れたとき、


 バキッ。


 という何かが折れるような音が響き、アイスピックが折れた。


「別に、口にした言葉だけしか張れない訳ではないのですよ。ワタクシの体から出た音なら何でも貼り付けられます。例えば骨が鳴った音でもです。それでは、ボォボッ!」


 ボォボッ!


 SEは人形を押さえつけるように掴みエコーズを張り付けた。すると、人形に火が付き見る見る灰になっていく。


「ふふっ、やはり、呪いの人形を倒すには火が合いますね」


 SEは残虐な笑みを浮かべながら呟いていた。

 完全に灰になったのを見届けると、SEは優しそうないつもの笑みを浮かべ、


「宗也さん。救急車をお願いします。それから、ワタクシこうみえて意外と傷が深いようです。しかし困りましたね。この方法なら一日に何度でも物理的な攻撃は出来ますね。今、敵と会うのはよろしくありません。妹さんを連れて一旦身を隠しましょう」


 それだけ言うと、SEは一度車に戻り、バッグを取って戻ってきた。

 そのバッグを開けると、SEは包帯を取り出し、まず慎吾の服を脱がし傷を確認した。


「出血が酷いですね。これはただ包帯を巻いただけでは危ないかもしれないです。少し荒療治ですが、焼いて血を止めます」


「ちょっ、他になんかSEのエコーズで簡単に血を止めたり、それこそ傷を治すようなことはできないのか?」


 宗也は叔父に痛みを少しでも与えないようにしようとSEに講義した。


「すみません。ワタクシ、治すような擬音が思いつかないもので。宗也さんは何かいい擬音、ありますか?」

「え……あ、いや、すまない」


 SEは、「いいえ」と言うように首を振り、傷口を焼くための擬音を口にした。


「ジュゥー」


 ジュゥー。


 SEの指先が繊細に傷口をなぞり、焼いていく。

 ときおり、慎吾は呻き声をあげたが、傷口からの出血は止まった。

 さらに包帯を巻き、


「これで救急車がくるまではなんとかなりそうですね」


 SEは続いて自身の左腕に巻いた。そして、待っている間にもう一体の人形の始末をつけた後、救急車が到着したのを確認すると、二人は大急ぎで屋敷へと戻った。


 帰り道、車を運転してくれた大原には適当にごまかす様なことを言い、妹の麗子を連れ出した。


 今度はSEが乗ってきた銀色を基調としたセダンに乗り込んだ。


 運転席にはもちろんSEが乗り込み助手席に宗也、後部座席に麗子を寝かせる形で走り出した。


「SE、この後は行く当てはあるのか?」


 宗也のその問いに答えることなくSEは全然関係ない話をしながら車を走らせた。

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