雷に打たれて異世界転生

十握剣

第2話「青天の霹靂、異世界にへと」

 



 雷に打たれた。

 頭上からあの雷が身体を覆ったのだ。

 時間なんていう概念すら消えたその衝撃。その速度。

 外側も内側も瞬時に焼かれ、当然と言わんばかりに皮膚や内臓は熱傷し、心肺停止もすぐだった。

 なんで分かったのか。

 それは普通の『雷』じゃなかったからだ。

 雷が落ちた人体の箇所には雷の焼け跡『電紋』と呼ばれる赤灰色の細かい分枝をもつ樹枝状の模様が残るのだが、打たれたその雷は見事に雷護の身体が真っ黒になるほどに一瞬にして

 焦げた、という表現がとても合うものだった。全身が雷が走り、水分という水分が蒸発し、死んだ筈だというのに、地獄の苦しみを受けた。

 心臓も止まっているのに、脳も焼けた筈なのに、そこには《意識》があった。

 眼球は既に蒸発して焼け溶けた激痛が脳に走った。

 神経が内側から焼き尽くされ、感覚という感覚は瞬時に頭を狂わせる程の激痛だけが支配していた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 そして、次々からその感覚も消えていく。

 何も見えない、暗闇の中。全身を焼き炙った痛みを数分間感じていることがこんなにも、こんなにもつらいことだなんて生きている間におよそ感じるものではなかった。


 それなのに、遅れてやってきた『死』は恐怖ではなく、『安堵』だった。途轍もなく安心させてくれる、苦痛からの解放だった。

 早く死なせてくれ。

 早く死なせてくれ。

 早くこの痛みから逃れたい。

 四肢が動かなく、心臓も止まり、皮膚も溶け落ち、意識だけ何故かあったその全身黒焦げになり、焼死体にへと成り果てていく人間は、《雷》によって呆気なくその人生を終えたのだった。






















 そして、二度と目覚めぬ死者になった筈の人間は、異世界への転生にへと到ったのであった。










 落合おちあい雷護らいごが、まず最初に感じたものは、己の死にへと繋がった雷のおとだった。

 すぐに覚醒して、身を縮ませようとするが、目が覚めたそこには、暗雲が広がる空と、真っ黒な岩が転がっている場所だった。


「…………どこ、だよ」


 身を起こそうと上半身を上げようとすると、全身から何か力のようなものが感じ始めた。

 これは、身に覚えのない力。

 雷に打たれて死んだ筈なのに、何故か生きていることさえ謎だ。

 重い体を起こして、何か異常がないか確認を行うと、さっそく変なことになっていることに気付く。


「着ている服が違う……」


 着ている服が雷に打たれる前のと大分違っていた。

 今来ている服はどこか、ゲームやアニメなどで着ているような着流したようで、それでいて細やかな刺繍などされた綺麗な儀礼服のようなものに身を纏っていた。

 日本の着物に近いが、しっかりとこちらの世界のものなのだと感じさせる服だった。


「……俺は、生きてる」


 そう、生きている。

 着ている服も違うし、雷に打たれた場所とも違う所で困惑しているが、確かなことは、生きているということ。

 手足もしっかりとあるし、視界も良好である。

 本当にどうしてこうなったのか気になるのだが、取りあえず、人に会いたかった。

 今の状態を知りたい。

 主に服が変っていることに。

 ごつごつと転がる真っ黒な大岩の間をなんとか通りながら広いところを探すと、山林を見つけ、そこを通ってなんとか道を探しに向かうも、


「そ、そこのお方! お待ちを!」


 すぐ誰かに呼び止められてしまった雷護は、声がした方向に顔を向けると、そこには翼を生やした人が飛んでいた。

 そこではっきりとする。

 ここは雷護という人間が、平々凡々に生きてきた愛する日本ではないのだと。

 いや、もしかしたら近未来になっていて、雷護は落雷で致命傷を負ったが、未来のテクノロジーで治ったんだと。

 そう脳内で混乱に近くそう思っていると、


『チガウ』


 頭に電気が走るように、その声が聞こえた。


「違う……? あぁ……違うか」


 何故納得する? 何故疑問に思わない?

 雷護は、己の感覚が何処か狂っていることに今気づく。


「……やはり、『雷神』様でおられますね。……お待ちしておりました。祠はこちらにあります。どうか御足労をお願い申し上げます」


 翼を生やした人間。その人はとても綺麗な女性であり、日本人離れした金髪がとても目立っていた。

 その女性は地に付いて、恭しく頭を下げ、失礼の無いように言葉を選んでいた。

 こんな光景を、テレビで見たことある雷護は、それをどこが俯瞰的に見ていた。


「……ここは、日本ではないんですね」

「……!?……そ、そんな! わたくしめにそのような言葉使いなど! 勿体なき!」


 これは話が簡単には進まないことを予想する。


「……見知らぬ人には敬語を使う主義なので、お気遣い無く」

「は、はっ! 有り難き幸せ!」


 こんなんで幸せになんのかい、とかもツッコまない雷護。


「ここは、どこでしょうか? 自分は何でここに? 確か、雷に打たれて、死んだ記憶なんですが」

「はっ。その経緯のことは、こちらにて」


 天使然としたその少女の促され、示された場所に向かう。

 向かった場所には、厳かな祠があり、人間一人くらい座れるような豪華そうでありながらどこか慎ましさも感じさせる座布団が置かれてある。

 きっと何かの神様が居る場所なんだと思っていると、その座布団に座れと言わんばかりに、無言で天使少女は膝をついた。

 日本大河ドラマや映画などで見た光景である。

 雷護がそこに座れ、と言っている感じがして冷や汗を流す。


(なぜだ……)


 説明を求めようと、少女に話しかけようとすると、


『その巫女の言う通りにしてやってくれ、人草よ』


 と、雷鳴が轟くと同時に脳内に響くように聞こえてきたのは、男女判別しにくい声だった。

 ただ、とても体の芯まで衝撃が走る。


「声?」


 また重い雷鳴が近くに鳴ると、声が響いた。


『我は、ここ異世ことよ雷神イカヅチノカミである』


 姿を現せてはないが、どこかその声には申し訳なさが滲んでいることを感じた雷護。


『経緯は我が話そう。まず何から話せばよいか』

「あの……」


 脳内には声が聞こえてくるのだが、耳には落雷の音がずっと鳴り続いていて、とてもうるさかった。


「雷がうるさいので、どうにかできませんか?」

『う、うむ。では……』


 雷護がそう伝えると、意を汲んでくれた雷神様は近くに落雷していた周囲を一瞬にして静かにさせたと思いきや、轟音が耳を貫くと、落ちたその雷は、視認できないほどの発光を徐々に抑えていき、次第に光が収束していくと、人の形にへと変化していった。

 そして出来上がったのが、


「これで良いか、人草よ」


 周囲に目に見える電気が奔流し、地面まで伸びたその髪は雷の色のような金髪で、宙に浮かぶ羽衣も綺麗な黄色の絹で電気を帯び、力強くも美しい雷の神々しい女神がそこに立っていた。

 服装も荘厳そうなのだが、所々は肌色を晒している。

 天使の羽を生やした少女はその姿を見て感涙している。


「いや、人草などと、我はそなたに何か言える立場ではないのだった。神なのに」

「……神さま?」


 神なのだろう。

 当たり前だが、生前一度も見た事もない神。日本は八百万の神が居ると信じ、神棚や神社など大切にしてきた。雷護も神社などでお参りなどしたこともる。

 身近に居ないが、身近で大切にしてきた感じだ。

 そのは、個々で違うかもしれないが。

 と目の前にいる女神に何も緊張しないのは何故か疑問に思っていると、近くに居たであろう天使然とした少女はビクビクと震えていた。


「か、神様……、雷の女神カンチカミェ様ぁ……」


 ははぁ、と深々と頭を下げるそれは、まさしく信仰すべき対象が降臨されたからなのだろう。

 雷護が茫然としている中、その雷の女神は深く溜め息を吐く。


「そこの者は、我に……いや、雷神系列を信仰している巫女の一人よ。今日は我の頼みを聞いてくれたのだ。感謝する」

「そそそそそ、そのようなこと! 大変有り難き幸せにごじゃりますりゅ!」

(噛んでる)


 そうしながら、雷の女神を名乗る女性は、全て石で出来た祠の部屋に招く。

 そこには、椅子のように掘られたであろう石椅子があった。


「何から話せばいいか……」


 雷の女神はとても困った様子で、祠の奥にあった神様を祀る場所であろう豪華な椅子に座り、ため息を吐く。


「落合雷護よ。簡潔に言えばお前は《転生》を果たしたのだ。我のせいでな」

「なんですと……」


 予想が少しづつ出来てきた。

 まず雷関連で予想できた。


「あの晴天あおぞら霹靂かみなり、にしか原因が思い至らないのですが……」

「そう……まさしくただしく、それが原因なのだ」

「やはり、そうでしたか……。でもそれで転生に繋がるとは……」

「……誰も雷で死んだ後のことなんぞ、証明しようもないではないか」

「おっしゃる通りなのですが……」


 それはそうだ。

 誰も自ら雷に突っ込んで確かめてみようとは思わない。

 ましてや、死後の世界なんて、まさしく確かめようもない。


「普通の雷ならば、お前がいた世界での転生を輪廻に従って辿っていたであろうに、その《雷》は普通ではなかった」


 女神は頭痛がしてきたのか、頭を押さえる。


「この世界での、雷神が起こした雷であったのだ。原因は【次元超えし世界を飛ばす雷】が発生したからだ。これは、神同士でも噂程度しか知らなかった世界災害の一種」

「脳に追いつかない単語の羅列がどんどんでてきましたが、その世界災害っていうのが妙にしっくりきます」

「この世界災害は、自然に発生した災害ではない。世界を滅亡させる災害であった。それを食い止めるために我ら《神》が存在している。そちらの世界の神とは違うみたいだがな」


 雷の女神は天使然としか巫女から貰ったお茶をすすりながら語る。


「人類ほどではないにしろ、我ら神も何百と居る。それには様々に与えられた担当する力があるからだ。我も、いや我ら雷神も担当すべき災害は、読んで字の如く分かるように空含む天候の全ての災害を防ぐべく対応していたのだ」


 雷護もお茶を貰い、啜る。神様を御前に罰当たりだが、当の女神様が許してくれている。


「我らは神である。万事見事に解決に至るよう尽くした。しかし、世界の天候全てだぞ!? 神であっても億分の、いや……兆分の失敗が一つあったかもしれない。その失敗が、……その、」

「違う世界に落ちたあの雷だったんですね」


 女神かなりしょんぼりとする。


「……やっちまったのである……」

「聞いてる感じ、凄い確率ですね」

「加えて、雷護や。お前の中にまだその雷は帯電しておる」

「え、嘘ですよね?」

「本当なのである。我ら雷神が必死に抑えていた世界災害の雷、《雷界らいかい》が」

「ライカイ?」

「世界を覆い尽くせるほどの雷である」

「……異世界転生を果たしたけど、体の中に核爆弾あるって言われた。あーもうダメです、もう限界です、なんで俺にこんな苦行が……」


 項垂れてしまった雷護に、女神は焦ってフォローする。


「も、もちろん安全策は万全である! 安心するが良い! だから我がここにおる!」


 雷の女神はその布地少ない服で、見えそうで見えない立派な胸を張りながら宣言すする。


「天神最強にして天候世界災害最高責任神である《天雷の女神》ミカズチがお主の守護神となり、第二の生が終えるその瞬間まで守りきってしんぜよう!」

「具体的な対策の提示をお願いします」

「今言ったであろう!?」

「どこに安心を添えているのですか?!」


雷護は、平々凡々とは程遠いことになってきたことに絶望を噛みしめていた。



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