リアリティ・ベンド

篠(しの)

崩壊の引金

 今日のカイラはツイていなかった。特別な夢も願望もない彼女が毎日神に祈りを捧げていたのは、普通の平和な日々が続くように、ただそれだけの願いのためだったというのに、それでも今日はツイていなかった。犬に吠えられ突然の雨に打たれる朝だった。けれど残念なことに、カイラにはそれが何かの前兆のようにも感じられていた━━━


━━終業のベルが鳴った。早口で連絡事項を伝える教授の声は聞き流され生徒達はノートパソコンを閉じて足早に出ていった。


 カイラはまだ机にだらんともたれたままで、引き出しの中に隠したスマートフォンを眺めていた。

「ばっちゃんをたのむ」

ジョーとのチャットには、このメッセージが届いて以降既読もつかなかった。

「学校にも来なくなっちゃったし…何かあったのかな…

というかなんで私なんだろう…シャーロットとの付き合いの方が長いのに…」

確かにジョーの祖母とカイラは面識があった。カイラの家の隣の教会に二人とも通っていることからそこで話すことも少なくなかったが、シャーロットの家は何代も前から隣人で、互いの合鍵を持っていてもおかしくないほどの関係だった。


「今日も退屈だったね、早く帰ろ?」

ふと顔を上げると、件のシャーロットが目の前で仁王立ちして、白い歯を見せて笑っていた。

「ん、シャーラかぁ…だってすごい適当な授業だもん…」

「それは分かる。自己満足ってかんじがする」

「そんなことを言いつつちゃんと理解して解けちゃうのがシャーラの憎いとこなんだよなー」

シャーロットは頭も良く、女子グループの中心的存在だった。カイラとは特に仲がよく、小学校の頃はカイラ、シャーロット、ジョーの3人でよく遊んでいたが、カイラはシャーロットが美容に気を遣い始めて綺麗になっていくのにつれて、まだ良く話す間柄ではあったものの、少し疎遠に感じてきてしまっていた。


「そうだシャーラ、ジョー君と仲良かったよね?非常事態とは聞いたけど、何があったの?」

帰り道、何でもない話題の一つだった。

「ん?私も教授からの話でしか…」

「来なくなる前くらいに話してなかった?」

「あぁ、あれは遊びに行く話。体調悪そうだったから、キャンセルしようかって」

…違う。直感的にカイラは感じた。10年以上の仲は少しの違和感を見逃させはしなかった。カイラはふと先のメッセージを思い出す。ジョーは病気じゃない。あのメッセージは命の危険が迫っていた証拠だ。あれは突然に死を悟った者の書くことだ。カイラは思考を張り巡らせる。

「でも何か事件に巻き込まれでもしたんじゃないかって思うんだよね」

「…え、なんで?」

「…?チャットの内容からしてそっちの方が自然じゃないかと思って…

あ、メッセージ来てたでしょ?私に来ていて、シャーラに来てないことないと思うんだけど」

「そんなのあったの?見せて見せて?」

「これ」

カイラがスマートフォンを見せた瞬間、シャーロットの顔が曇る。

「…シャーラ、なんか隠してるだろ」

そしてシャーロットは周りを確認して呟いた。

「…効果がもう希薄になってきたか…今やらなきゃか」


…その瞬間、赤い光が目に入った。

そして耳が痛いほどの轟音。カイラは耳を押さえようとしたが、その腕はもはや指令に従える状態ではなかった。

「…?」

貫通している。気づけば十数本の鉄パイプが地面に刺さっていて、いくつかは彼女の手足を容易く貫いていた。認識したその瞬間、気絶を促すほどの痛みに襲われた。

上から降ってきただけではここまではならないはずだ。

前を向く。

シャーロットの眼。

喜びから、怒りへ。

そしてその眼はカイラが今失ったような、

鮮血よりも赤く紅く輝いていた。

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