アイーシャの戦記

珪素

序章 月下のプロローグ

それは満月の晩の事であった。

 

 ひやりとする春の夜風に乗り、剣戟が響く。

 街道筋の草むらに人影が六つ。一人を追いかけるように五人の男が得物を手に立ち回りを演じている。

追われる影も片手に持った剣を振り打ち込みに応じている。

月明かりの元、影が交錯し、時折火花を散らす。その度に一人また一人と男たちは倒れていく。

「…俺は夢でも見ているのか?」

 男は肩で息をしながら思わずうめいた。

「こっちは五人がかりなんだぞ。…それを…。」

 影が近づいてくる。男たちを倒した剣士は外套を被り顔は見えないが、男に比べると小柄で細身である。

足元には今しがた倒したばかりの男が力なく横たわっている。

「どうした、もう終わりか?」

 剣士の涼やかな声が響いた。

「もう少し歯ごたえがあると思ったんだがな」

 剣を腰の鞘に納め男に向かってゆっくりと歩を進める。

 その神経を逆撫でする言葉に、男は逆上し剣を構えた。

「…この化け物がぁ‼」

 上段に構えた剣をいく。

 剣士は剣を腰の鞘に納めたまま動かない。

(獲った!)

 男の一撃が袈裟斬りに決まろうとしたその瞬間、剣士が動いた。

 鞘から剣が抜き放たれる。

 雷のような一撃が男の体をうち据えた。

(馬鹿な――。見えなかった…)

 男はそう思うが早いか意識を失い膝から崩れ落ちた。

 双子の月のに照らされ、剣士一人だけが佇んでいる。

 今しがた斬り合いを演じていた男たちには既に興味を失ったようで、夜空を見上げている。


 ふと風に外套がなびき、覆われていた顔が露になる。

 肩まで伸びた金色の髪に青い瞳、厳しい目つきをしているもののその顔はまだ幼さを残した少女のものであった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る