狙われた世界の双生児(イエーガー)
天宮城スバル
第1話 入学と編入
――桜が散る学校の中庭、初々しく新しい制服に身を包んだ新入生、そして学校に慣れ親しんだ上級生。
そう、今日はこの鏡ヶ丘(かがみがおか)学園の入学式。
空は雲一つない快晴。まさに入学式日和だ。
鏡ヶ丘学園は、一般的な学生、及び男子は入学出来ない。
表向きは女子校ということになっているが、実は異世界からやって来る刺客、侵攻者(ガイスト)からこの世界を守る為の組織、狩人(イエーガー)を育成する学校なのである。
現在狩人について分かっていることは、特殊な能力である呪術が使える者、そして呪装を出現させることが出来る者を狩人と呼ぶ。
この二つは、初め自らの意思で行うことが出来ない。この二つを行うには呪素というものが必要で、要は呪術と呪装を使用する為の燃料だ。
この呪素を持つ者が初めて呪術を使うか、呪装を出現させることで、この学園への入学が認められる。
そしてこの呪素を持つ者は特定の女性しかいないことも判明している。
呪素が女性の体内に蓄積され始めるのは、一般に中学生間の時期だと解明されている。
よって男性に狩人(イエーガー)は居らず、高校生前の特定の女性だけが狩人になることを許されるのだ。
私も今日から晴れてその一員、この学園に入学する水無月美空(みなづきみそら)、十五歳。
「ねぇ見て見て! あれ理事長の車よ」
「知ってる? この学園の理事長ってあの世界最強の狩人なんだって」
この学園に入学する者は皆、この学園の理事長が直々にスカウトの為中学校まで訪れる。ここにいる者は皆、理事長によってスカウトされた、将来有望な狩人候補達なのだ。
私も他の新入生に倣って理事長の車を見る。
運転席には運転手が座っており、後ろのドアから理事長が出てくる。
理事長はこの学園全員の憧れだ。背は高く、その美貌(びぼう)は同性をも魅了してしまう程だ。顔も可愛さや美しさではなく、かっこいいと表現した方が適切だ。
異性である男性は勿論、同性である私まで見惚れてしまう。
普段からどうか分からないが、今日は入学式である為スーツ姿だ。上級生達が珍しいと騒いでいるので、普段は違う服装なのだろう。
それより私には気になることがあった。それは理事長が降りたドアとは反対側のドアから降りてきた者だ。その者は私達と同じ色の制服を着ているがデザインが違う。この学園の制服は白が基調の作りとなっているが、その生徒は黒を基調としていて肌以外全てが黒で染まっていて少し気味悪くもあるが、ダークな雰囲気がかっこいいとも思ってしまう。もっと言えば、体格、髪型、顔の作り、つまり性別が違う。そう、女性しか立ち入れないこの学園に異性(おとこ)がやって来たのだ。制服を着ているということはこの学園の生徒なのだろう。
……上級生、なのかな?
私はその風貌から、そのような素朴な疑問を持った。
これには私だけでなく、他の生徒も驚いている。
謎の男子生徒は理事長と一緒に中庭の中央を進む。
理事長の妨げにならぬよう、生徒達は道を開けて行く。
私もそれに倣い道を開ける。
理事長と男子生徒が私の前を通過する際、私はその男子生徒と目があった。男子生徒の方は特に気にした様子がなかったが、私は赤面して俯いた。
私の居た中学も女子校だったが為に、男性と目を合わせることに少なからず抵抗がある。
見ようによっては初心だと言われるかもしれないが、同じ女子校出身者の方なら理解出来るだろう。
そうして去っていったのを俯いたまま見送り、他の生徒達が体育館の方へ移動していくのに続いて、私も歩を進めることにした。
私は入学式の会場である体育館に到着した。到着すると、入り口の受付でクラスを伝え、案内された席に座った。
まだ周りの席には誰も座っておらず、話し相手がいないので先程の男子生徒について考えることにした。
……理事長の車で理事長と一緒に登校してくるなんて、多分理事長のお世話をする人なんだと思う。だけど何で男子なんだろう? 別に女子でもいいと思うんだけど?
もしかして人気がある所為で周りに置く人間は信用出来る身内にしているのだろうか。だとするとあの人は理事長のご姉弟か親戚だろう。うん、きっとそうよ。そうに違いない。
「あの……」
私は自分の考えに耽(ふけ)っていたが為に、話し掛けられていることに気が付かなかった。
「は、はい!」
私は慌てて返事をした。
「あの、お話しして構いませんか?」
「え、ええ。構いません」
そう応えると、隣に座っている女子生徒はにっこりと笑った。
「良かったわ、優しそうな人で。あ、私金沢凛華(りんか)って言います」
「そうですか。私は水無月美空です。よろしくお願いします」
私達は座ったままお辞儀する。
……それにしても綺麗な子だなぁ。ここに座ってるってことは同級生よね? なんで敬語なんだろう?
「同級生なのに敬語って変よね?」
私は思いきって訊いてみた。
「それもそうね。私のことは凛華でいいわ。改めてよろしくね」
「こちらこそ。私のことも美空って呼んでもらえると嬉しいな」
そうして私達は打ち解けた。
……これって、友達としてよろしくってことだよね? いきなり友達ができちゃった。
私が喜びに浸っている時、凛華ちゃんが尋ねてきた。
「そう。じゃあ美空ちゃん、単刀直入に訊くけど、さっきの謎の男子生徒を見た?」
どうやら先程の一件はこの体育館内で最も人気の話題らしい。ちらほらと埋まり始めた周りからも聞こえてくる。
「うん、見たよ。それで、その……」
私はその時のことを思い出して口籠(ごも)る。
「どうしたの?」
口籠った私の言葉の続きが気になるのだろう、凛華ちゃんが続きを促す。
「その、ね……目があっちゃったの」
凛華ちゃんは首を傾げた。
「それが、どうかしたの?」
ああ、凛華ちゃんは共学の学校出身なんだ。だったら驚かないのも無理ないか。
「あの、私女子校出身で、男の子が近くにいることに慣れてなくて……」
私がそう言うと、凛華ちゃんは納得する。
「それなら仕方ないね。私は共学の出身だから違和感なくて、逆にこの学校に違和感を感じてたところなの」
凛華ちゃん微笑みながら言う。
私からすると、それは羨ましかった。もしも私に好きな男性が出来た時、今と同じ態度をとっていたのでは相手に気持ちが伝わらないだろう。だから凛華ちゃんが羨ましい。
凛華ちゃんとの雑談もここまでだ。時刻は九時、入学式の始まる時間だ。
「静粛に」
司会者の言葉で徐々に私語が止んで行く。静かになったところで、司会者が進行を続ける。
「只今より、第十二回鏡ヶ峰学園入学式を始めます。まず、生徒会長より挨拶。生徒会長、斧研綾芽(おのとぎあやめ)」
司会者に呼ばれ、生徒会長が檀上に立つ。
「只今ご紹介に上がりました、斧研綾芽と申します。この度はご入学おめでとう御座います。私は京都出身なので、ときどき方言が混ざってしまいますが、皆さんの学園生活は私達生徒会が保証します。ですから、安心して勉学に励んで下さい」
馴染みやすい挨拶で、新入生の現在の心理面を理解していると表明した訳だ。
生徒会長は笑いが静まると続けた。
「さて、ここでお話ししておかなければならないことがあります。生徒会についてです。毎年生徒会には三名が入れることになってます。また、生徒会に入れるのは一年生の時のみ。これから十日後に行われる生徒会枠選抜戦で、勝ち残った三名だけが生徒会に入れる権利を得られる訳です。勿論権利を得ても、破棄することも出来ます。そうなった場合、生徒会に入る権利を譲渡しなければならないという義務が発生します。その場合、権利を持っている人が譲渡方法を決めることが可能です。ただしその方法を生徒会に報告の上、生徒会に認可の元行ってください。認められないとなった場合、その方法を変更してもらうか、諦めて生徒会に入ってもらうことになります」
そこまで言って、生徒会長が今までしていたにこやかな笑みが消えた。急に真剣な顔になり、
「しかし一度権利を破棄した場合、生徒会に入る権利は完全に失われます。ですので、くれぐれも慎重に選択して下さい」
そして元のにこにこ顔に戻る。
「以上で生徒会の案内は終わりです。長々とご静聴して頂いて、ありがとうございました。以上を持って、入学の挨拶とさせて頂きます。では、学園生活を頑張ってください」
言い終わると斧研綾芽は一礼した。そして檀上から下りて行く。
生徒会長が席につくのを確認すると、司会者が進行する。
「ありがとうございました。続いて、新入生及び編入生挨拶、代表風神真千(かぜかみしんぜん)」
名前を呼ばれ、壇上に上がるのは先程の男子生徒だ。それを見て会場が騒めく。
入学式とは言え、上級生もいることだろう。新入生だけでなく上級生までもが驚くことだ。
それは女子校にこの学園の制服を着た男子がいるということ、更に言えば、今までにない事例ということだ。
「静粛に」
司会者から強めの注意がなされる。言われた瞬間に静かになったということは、あの司会者はかなり生徒に影響を与える先生だと言える。
彼が檀上に上がりきり、マイクの前に立つ。そしてゆっくりとした口調で話し始めた。
「皆さんおはようございます。僕が檀上に立っていることに皆さん驚いていると思いますが、僕が何故ここにいるのか。それが一番気になることでしょう。その理由は誰もが同じです。そう、理事長にスカウトされたからここにいるのです。初めは僕も戸惑いました。女性しかない呪素がどうしてあるのか。また、どうして呪術が使えたり呪装を出現させられたりすることが出来るのかと。僕はきょ……この学園の理事長に今までお世話になってきました。その為、これからの訓練を持って応えたいと思います。以上です」
彼が一礼しても、誰も拍手も何もしなかった。私を含め、皆があまりの出来事に硬直している。
その中、一人だけ拍手する者がいた。前方から聞こえてきたその音は、恐らく理事長がしたものだろう。
それに続いて次第に拍手の音が大きくなる。勿論私もそれに続いて拍手をする。
彼が座ると、また司会者が進める。
「ありがとうございます。それでは最後に、当学園理事長より挨拶。理事長樹神黒姫(こだまくろひめ)様」
司会者が名前を読み上げるより早く、理事長は檀上に立っていた。理事長はスタンドからマイクを外すと、スイッチが入っているかを確認し、口元にマイクを近づけて発言した。
「新入生の諸君、入学おめでとう。本日を持って君達は晴れてこの学園の生徒だ。君達が何故この学園にスカウトされたか分からない者はいないだろうか」
そう言って理事長は少し間を空ける。意見がないのを確認すると、再び話し始める。
「今のを持って皆知っていると確認した。詳細は今後の授業のプログラムで説明することになっている。ここまでで何か質問はあるか?」
今度は先程より長く間を空けた。そして質問がないのを確認し、三度話し始める。
「では君達の最も知りたいことを教えてやろう」
……最も知りたいことってなんだろう? あ、さっきの男子生徒のことだ。名前は確か……風神……真千? だったかな?
まぁその生徒についての詳細を説明してくれるのだろう。何せ女子校に一人男子がいるという状況なのだから。
理事長の言葉は続く。
「先程新入生及び編入生代表の生徒の件だ」
……やっぱりそうだ。彼のことだ。呪素があるなんて嘘でしょ?
「彼の正体は実は女性だ」
……。
「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」
体育館が震える程の声が上がった。私はあまりの真実に声が出なかった。
……まさか……あの男子が実は女子だなんて……!
しかし生徒の驚きは理事長の次の言葉で消えることとなる。
「嘘だ。この馬鹿共が!」
嘘を吐かれたのに何故か怒られた。
「もしこの言葉が敵の言葉だった時どうするつもりだった。今の一瞬の隙を奴らは見逃さない。これが実践だったなら、生き残れていたのは私が見た限りたったの五人だ」
ここから理事長の口調が変わる。
「貴様らいつまでも甘えるなよ! 訓練は入学したこの時から始まっているのだ! 他人の判断だけに任せていては、己の身が滅ぶということを知っておけ。これから将来、貴様らが立つのは社会じゃない、戦場だ! だが……」
理事長は一度感情を抑えてこう言った。
「……スカウトを了承してくれありがとう。そして、この学園に入学してくれありがとう。これからは死なない程度にびしばし扱いてやるから覚悟しろ」
最後は口調が元に戻ったものの、理事長の挨拶が終了した。
……挨拶だったの、あれ……? それにあの男子生徒について何も聞いてないな。
そうして無事入学式が終わり、私達は各々の教室へ向かうこととなった。
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