第百七話 ほころび始めた真実

 あれから六鏖は緋零と共に遠くから九十九を見張っていた。

 九十九は、誰かを殺す様子はなく、ただ、木の枝に体を預けてすやすやと眠っているだけであった。


「……確かに、殺しはしていない。寝てるだけだしな」


「でしょ?まぁ、昼から寝るようになったのも最近なんだけどね」


 六鏖達は、九十九が普段どのような行動をしているかは、全く知らない。九十九はよく単独行動をするからだ。

 六鏖は九十九に命令したこともある。言うことを聞かない九十九に対して、頭をやませていた六鏖は、天鬼に告げた事もあったが、好きにやらせておけと言われてしまった。 

 それ以来、仕方なしに六鏖は九十九に命ずることをやめたのであった。

 何をしているのかと気にはなっていたが、眠っていたとは思わなかったようだ。

 だが、緋零に言わせればそれも最近の事のようである。

 最近になって、何かあったということを言いたいのであろう。


「だが、何も変わらないな」


「これからだよ。お楽しみは。夜になれば、きっとね」


 緋零は、不敵な笑みを浮かべている。

 何を知っているのだろうかと六鏖は、緋零を警戒していた。



 夜になると、九十九は目を覚まし、歩き始める。

 二人は九十九を尾行するが、人一人見かけない。

 警戒しているということなのだろう。こんな夜に出かける人間はめったにいない。

 それゆえに、妖達は、朝や昼にかけて人間を襲い、命を奪っている。

 そんな、絶好の機会を九十九はなぜ、逃しているであろうか。

 そう思うと六鏖は、九十九を疑い始めたが、人が見当たらないため、証拠がつかめそうになかった。


「人が、通らんな。これでは、確認できん」


「うーん、やっぱり、偶然人が通るなんてことはないか。じゃあ、こうしよう」


「どうするつもりなんだ?」


「まぁ、見ててよ」


 緋零が、そう言うと二人の周りに霧が立ち込めた。

 それも、普通の白い霧ではない。

 これは、薄紅の霧だ。


「これは、薄紅の霧……?幻術か?」


「そう。これで、はっきりわかるはずだよ」


 緋零がそう言うと見る見るうちに、人間へ。それも、聖印寮の隊士へと姿を変えていく。

 これは、緋零が得意とする幻術だ。薄紅の霧を発動させ、人や妖に幻術をみせる。この幻術から逃れる術はない。

 それが、たとえ、九十九であってもだ。

 隊士へと変わった緋零は、九十九の元へと堂々と歩き始めた。


「待て、お前、本当に……」


 六鏖は、緋零を制止しようとするが、緋零は、立ち止まることなく進んでしまう。それも、薄紅の霧を発動させたまま。

 このままでは、九十九は緋零と気付くことなく、殺してしまうのではないか。

 六鏖は、危険性を感じていたのだが、ふと止めることをやめて、監視を続けた。

 おそらくだが、よほどの自信があるのだろう。本当に九十九が人間を殺さないか、見極める絶好の機会だ。九十九を陥れる材料となるかもしれない。たとえ、このまま緋零を斬り殺しても。

 彼らの陰謀を知ることなく、九十九は歩き続けていたが、目の前に、薄紅の霧に覆い尽くされ、立ち止まった。


「薄紅の霧?」


「いたぞ!」


 薄紅の霧に気付いた九十九であったが、時すでに遅し。

 隊士が、九十九の前に現れ、刀を抜いて、構えた。

 九十九は、まだ気付いていない。目の前にいるのが、本物の隊士ではなく、緋零であるということに。


「ちっ」


 舌打ちをしながら、明枇を抜く九十九。

 やはり、殺す気のようだ。


「妖め、成敗してくれる!」


「やれるもんなら、やってみろよ!」


 九十九と隊士の戦いが始まった。

 隊士は、薙ぎ払うように刀を振るうが、九十九はいとも簡単にかわす。それも、余裕と言わんばかりの表情を見せて。

 九十九は、続けて明枇を振り下ろす。その勢いは、止まらず、押された隊士は、劣勢に立たされる。

 九十九は、隊士の刀をはじいた。

 刀は宙を舞い、地面に突き刺さった。

 刀をはじかれた勢いで隊士は尻餅をつく。

 九十九は、容赦なく、隊士に向けて明枇を向けた。

 まるで、あの頃に戻ったかのように、目を光らせて。


「ひっ!」


 隊士は、カタカタと体を震わせ、恐怖で身が硬直している。

 抵抗することも逃げることもできないようだ。

 だが、九十九は、明枇を振り上げる。

 やはり、殺す気のようだ。

 遠くから見ていた六鏖は、目を見張るように緊迫した様子で監視を続けた。


「じゃあな。てめぇ、命、いただくぜ」


 九十九は、隊士に向けて明枇を振り下ろす。

 だが、その時だった。

 九十九の頭の中に椿の表情が浮かんだのは。

 すると、九十九は寸前のところで動きを止めてしまう。

 カタカタと手が震え、明枇を振り上げることも、振り下ろすこともできなくなってしまったのだ。

 これには、さすがの六鏖も目を見開いて驚愕している。 

 九十九はなぜ、止めを刺そうとしないのか。理解できなかった。

 怯えていた隊士は、我に返ったように、自分の刀に手を伸ばす。

 九十九も、はっとして、振り下ろそうとするが、明枇が突き刺したのは、地面だ。隊士は、ギリギリのところで逃げることに成功してしまった。


「隙あり!」


「くっ!」


 刀を手にした隊士は、九十九に向けて隙を放った。

 刀が九十九の腕に突き刺さる。嫌な音が響き渡る。腕に激痛が走り、苦悶の表情を浮かべた九十九は、後退して距離をとることで無理やり、刀から引き抜かせた。

 九十九は腕を押さえる。腕からはとめどなく血が流れている。

 形勢逆転してしまった。


「これで……止めだ!」


 隊士は、容赦なく、九十九に向かって突進するかのように走りだす。

 九十九も、防御の姿勢を取り、構えた。

 しかし、隊士が、寸前のところで刀を止める。

 九十九は、驚愕し、目を見開いた。

 自分を仕留めるなら、今しかないはずだ。それなのに、隊士は、殺そうとしない。何が起きているのか、九十九には理解できなかった。

 隊士は、不敵な笑みを浮かべていた。


「なーんちゃって」


 隊士がそう言うと、薄紅の霧が晴れていく。

 それと同時に、隊士は見る見るうちに緋零の姿へと戻っていった。


「て、てめぇは……緋零!」


 ここで、九十九はようやく気付いた。

 先ほどまで戦っていた隊士が緋零だということを。

 なぜ、自分と戦ったのか。なぜ、止めを刺さなかったのか。疑問が浮かぶばかりであったが、緋零は何も言わず、笑みを浮かべていた。


「ね?本当に殺さなかったでしょ?」


 緋零がそう言うと、六鏖も姿を現した。

 六鏖を見た瞬間、九十九は二人をにらみつけた。


「六鏖……。てめぇらの仕業か?」


「だとしたら?」


「ちっ……」


 九十九は舌打ちをする。

 自分がはめられたのだと思うと怒りがこみあげてきた。


「九十九、どういうことだ?なぜ、人間を殺さなかった」


「関係あるのかよ」


「……貴様にしては珍しいと思ってな」


「……別に、力は得たからな。これ以上は必要ねぇって思ったんだよ」


「ふーん。満足してるんだ」


「……用は、それだけか?俺は、行くぜ」


 九十九は、逃げるように去っていく。

 だが、六鏖達は、追うことはしなかった。

 必要ないと判断のしたのであろう。


「逃げられたか」


「そうだね。で、感想は?」


「……確かに様子がおかしいな。何か隠しているようだ」


「でしょ?」


 六鏖は、確信した。これで、はっきりした。九十九は何か隠している。それゆえに、人間を殺さなかった。と。

 六鏖は、不敵な笑みを浮かべる。九十九を陥れるには十分だ。

 彼の様子を見ていた緋零は、不敵な笑みを浮かべ、歩き始めた。


「どこへ行く」


「僕は九十九を追うよ」


「どうやってだ?」


「これ」


 緋零は地面に向けて指をさす。

 そこに残っていたのは、真っ赤な血だ。それは、九十九の血であった。


「なるほど、そのために、怪我を負わせたということか。用意周到だな。そこまでして四天王になりたいのか?」


「別に。僕は、真実を知りたいだけ。一緒に来る?」


「いや、私が行けば、気付かれる可能性がある。お前に任せる」


「わかったよ」


 緋零は、走り始めた。九十九の血をたどって。

 六鏖は、緋零に任せることとした。自分が追えば、警戒される可能性がある。だが、緋零なら、幻術を使ってうまくさらなる証拠を掴めるであろう。そう確信していたからだ。

 六鏖は、不敵な笑みを浮かべたまま、塔へと戻っていった。



 緋零は、走り続けた。

 目的はただ一つ。九十九の所だ。この血を追えば、九十九が何を隠しているのか、わかるはず。そうすれば、陥れることができ、自分が四天王になれるはずだと。緋零は、そう確信していた。

 笑みが止まらない。感情を抑えられなさそうだ。

 そう思っていた時であった。


「わっ!」


「いったい!どこ見て歩いてんのよ」


 誰かとぶつかったらしい。

 緋零は、勢いよく、よろめき、尻餅をついてしまった。

 ぶつかった人物は、怒りを露わにして、声を荒げる。

 だが、その声には妖艶さが漂っている。

 その声の主が誰なのか、緋零は、気付き、見上げた。

 その声の主は、なんと雪代であった。


「あ、雪代」


「な、何よ。あなた、緋零じゃない。お子様が、なんでここにいるの?」


「……別に。雪代こそ、何してるの?」


「あなたには、関係ないでしょ?ここからは、大人の時間なの」


 雪代は、そう言ってごまかす。

 だが、緋零には、わかってしまった。雪代が何をしようとしているのか。

 緋零は、立ち上がり、雪代の顔を覗くように見上げた。


「ふーん。もしかして、九十九を探してるとか?」


「ま、まさか」


 雪代は、否定する。しかし、目は完全に泳いでいる。

 九十九を探しているようだ。

 雪代の事だ。おそらく、毎晩九十九を探しているのであろう。九十九に会うために。

 馬鹿な女だ。九十九はここにはいない。

 そう、見下していた緋零であったが、あることを思いついたようだった。


「……僕も探してるんだ。九十九のことが気になって」


「どういうことよ」


 九十九を探していると知り、雪代は問いただす。

 なぜ、緋零が九十九を探しているのだろうかと、気になったのだろう。

 だが、それも、緋零の思惑だ。そう言えば、雪代は必ず、聞くからだ。

 九十九を愛している雪代は、九十九の事が知りたいのであろう。


「九十九は、最近人間を殺してなかったんだよ」


「え!?」


 雪代は、驚愕し、目を見開く。 

 予想通りと言ったところであろう。

 九十九が、人間を殺していないなとど誰が思っただろうか。

 信じられないと言った様子で、雪代は緋零を見ていた。


「あの九十九が?」


「そう」


「嘘ね」


「嘘じゃないよ。六鏖もみてたし」


「六鏖も?」


 雪代は、さらに問いかける。

 緋零だけが、見たというなら信用できないが、六鏖もみたとなれば、別だ。

 二人が見たということは、本当なのであろう。

 雪代は、これ以上疑うことができなくなった。


「僕は、その理由が知りたいんだ。九十九の後を追えば、何かわかるんじゃないかなって」


「どうやって、探すつもり?」


「これさ」


 緋零は、地面に向けて指をさす。 

 地面には血がついている。点々と。奥へ続いているようだ。


「この血は九十九のものだよ。これを追えば……」


「九十九に会えるってわけね」


「そう。どう?君も一緒に行かない?」


「……いいわ。ついていってあげる」


 雪代もついていくことを決めた。

 これで、証人が増える。

 自分が嘘をついていないと確証できる。

 そう思うと、緋零は笑みが止まらなかった。

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