第百話 紅の花
九十九と会ってから一か月が過ぎた。
椿は、九十九との逢瀬を何度も重ねてきた。
悩み事を話す日もあれば他愛もない話す日もある。
話すことは自分の話ばかりだ。九十九は自分のことを何も語ろうとはしない。おそらく、語りたくないことがあるのだろう。自分もそうなのだから。
それでも、九十九との時間は椿にとって心が安らぐ。不思議なことに。
九十九は、気兼ねなく接してくれる。まるで人間のようだ。そんな事本人に言えば、怒るから言えないが。
彼のおかげで、椿は、毎日が楽しくなったような気持ちになっていた。
そんなある日の事であった。
椿は、天城家の元を訪れていた。宝刀を手に持って。
椿を矢代が出迎えてくれた。
「こんにちは、矢代様」
「おお、椿かい。どうしたんだい?」
「はい。手入れをお願いしたくて」
椿は、宝刀を矢代に見せる。
椿が持っている宝刀は
椿は、この宝刀を使いこなせており、何度もこの宝刀に救われてきたのであった。いわば椿の愛刀と言えるであろう。
「どうしてだい?この前手入れしたばかりだよ?」
「ええ、今日は、大事な任務なので」
今日の任務は、強敵と言われている妖の討伐だ。靜美山付近に出現しているらしい。その妖のせいで被害も拡大していると聞かされている。その妖はとても頑丈で、連携をとらなければならないほどの相手のようだった。
しかし、椿達の班なら、問題ないだろうということで討伐任務を言い渡されていた。
期待を背負った椿ではあったが、その期待に応えたいと願い、矢代に手入れをしてもらおうと訪れたのであった。
「そうかい、わかったよ」
椿の願いが届いたのか、矢代も承諾し、紅椿を手に取った。
すると、奥の方からひょっこりと顔を出している少年の姿が見えた。
椿は、その少年と目が合い、矢代は振り向いた。
すると、少年は慌てたように逃げ去っていったのであった。
「あの、あの子は、確か……」
「ああ、あたしの息子さ。天城透馬。鍛冶職人の見習いになりたいらしくてさ。よく、ここを見に来るんだよ」
「へぇ、そうなんですね。うれしいですね。同じ道を目指してくれるなんて」
「本当にそうだと、いいんだけどね」
矢代は、苦笑する。
彼は、きっといい職人になれる。椿は、そんな気がしていた。
矢代は、紅椿の手入れに取り掛かった。
しばらくして、矢代は、手入れを終えて、椿に紅椿を差し出した。
「はい、できたよ」
「ありがとうございます」
椿は、紅椿を手にして、笑顔を見せる。とてもうれしそうだ。
もちろん、紅椿を手入れしてもらったからだと思うが、矢代は、それだけではない気がしていた。
「ねぇ、椿」
「はい」
「最近、いいことあったのかい?」
「え?」
矢代に尋ねられ、驚く椿。
なぜ、そのような事を聞くのか、見当もつかなかったからだ。
「ど、どうしたんですか?突然」
「いやね、最近、楽しそうだなって思ってさ」
「あ、えっと、そうなんですかね……」
「気付かなかったのかい?」
「はい……」
自分が楽しそうにしているとは気付かなかった椿。
だが、なぜ、楽しそうにしているのかは、心当たりがあった。
「あ、わかった。朧の病気が治ったとか?」
「で、ではないんですけどね……。でも、調子はいいみたいです!」
「じゃあ、柚月が、成果上げたとか?」
「それは……頑張ってると思います」
九十九に助言された椿は、柚月や朧と会うようになった。強引に行くべきかと考えたが、まずは奉公人や女房を説得するところから始めた。彼らも実は心を痛めていたようで、月読に内密で二人に会わせてくれたのであった。
しかし、月読にそのことを知られてしまった。
月読に何を言われても椿は、強気の姿勢で反論した。彼らの支えになりたいと、姉として。
さらに、牡丹の助言で、矢代にも味方になってもらったおかげで、月読は観念し、柚月と朧と会うことを許したのだ。
矢代は、初めは二人に会えたから楽しそうにしているのかと思いきやそうでもなさそうだ。
ここで、女の勘が働いたのか、矢代は、意外な質問を繰り出した。
「もしかして、好きな人ができたとか?」
「え!?」
矢代に言われ、椿は今まで以上に高い声を出してしまう。
矢代は、にやりと笑い、椿に詰め寄った。
「あ、図星だ。そうだろ?」
「ち、違います!それは、絶対ありません!」
「そうなのかい?」
「はい!断じて違います!」
確かに、椿は心当たりがあった。それは、九十九の事だ。
だが、それは、恋しているからではない。単に、九十九と話していると心が安らぐからだ。自分の居場所が見つかったような気がして……。
全力で否定をする椿に対して、矢代は問い詰めるのをあきらめたようであった。
「まぁ、いいや。でも、好きな人で来たら紹介しておくれよ。まぁ、あの石頭には内緒にしてあげるからさ」
「は、はい……」
解放された椿は、屋敷を出た。
「は~、びっくりした~」
椿は、大きく深呼吸をする。
まさか、あんな質問が飛んでくるとは思ってもみなかったのであろう。
未だに心臓がドキドキしている。今にも飛び出しそうなくらいだ。
「それは、ないわよ……。だって、九十九は……」
妖なのだから。
妖に恋するわけがない。それは、あり得ない話だ。
椿は、そう否定したかったが、完全に否定できない自分がいて、戸惑っていた。
「って、そんなこと言ってる場合じゃない!急がなきゃ!」
だが、そうも言っていられなかった。椿は、これから任務があるのだから。
我に返った椿は、急いで集合場所へと向かう。
自分の感情を必死に抑えながら……。
三美達と合流した椿は、任務を開始し、妖が出現するという靜美山付近にたどり着いた。
しかし、椿はどこか上の空だ。九十九の事を考えているのだろう。
本当に自分は九十九が好きなのか。そればかりが頭をよぎり、集中できていなかった。
そんな彼女の様子に気付いたのか、三美は椿に声をかけた。
「椿……椿……」
何度も三美は呼びかけるが椿の反応はない。考え事をしているようだった。
「ねぇ、椿!」
「あ、何!?どうしたの?」
ようやく、呼ばれたことに気付いた椿は尋ねる。
しかし、三美は怒った様子であった。
「どうしたのじゃないわよ、さっきから呼んでたのよ?」
「あ、ごめん……。考え事してて」
「しっかりしてよ。隊長なんだから」
「ええ……」
椿は反省する。
そうだ。今は、任務の途中だと。しっかりしなければと。
自分らしくない。隊長らしくいかなければならない。
椿は、気持ちを入れ替えて、うなずいた。
怒っている三美に対して、遼はなだめるように諭した。
「まぁまぁ、三美さん。仕方がないっすよ。今回は、大物なんですから」
「ちょっと、怖いけど、皆となら楽勝だよね~」
「警戒してくれる?そんなんだと、困るんだけど」
志麻や五十鈴達も話の輪に入る。
彼女達は楽しそうではあるが、椿は、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
「大丈夫ですか?椿様」
「え、ええ」
椎奈が椿に尋ねる。
椎奈も心配していたようだ。
部下に心配されるようでは隊長は務まらない。
椿は、深く反省していた。
――そうだ。私は、隊長なんだ。しっかりしなきゃ。
椿は、紅椿に触れる。
だが、その時だった。
椿の手が、カタカタと震えている。
――なんだろう、急に怖くなってきた。なんで、今回の任務が、強敵だって聞かされてるから?でも、今まで……。
なぜ、椿は恐怖におびえているのかわからなかった。
強敵だと聞かされているからだろうか。だが、今までも強敵と戦い、勝利してきた。
妖の詳細は聞いてはいるものの自分達なら勝てる。そう、確信していた。
それなのに、なぜなのか、椿にはわからなかった。
その時だ。
突然、妖が、姿を現したのは。
「来るわよ!」
「!」
妖は、椿達を見下ろしている。
殺気を感じていた。自分達を殺すつもりだ。
椿達は、妖を警戒していた。
「出たわね……!みんな、構えて!」
椿の号令の元、三美達は武器を取り出し、構えた。
「……行くわよ!」
椿が叫び、走りだす。志麻も椿を追いかけるように走り始めた。
妖は、椿と志麻に向かって拳を振りおろしてきた。
「せいや!」
志麻が、気合を入れて、こぶしを放つ。椿も続けて宝刀を振るう。
ガンッという音が響き渡る。重い一撃ではあったが、受け止められないほどではなかった。
志麻との呼吸を合わせ、妖の攻撃を受け止め、はじく
はじかれた妖はよろけ、体制が崩されてしまったようだ。
椿は、その隙を見逃さなかった。
「三美!五十鈴!」
椿は指示し、三美と五十鈴が結界を張る。
妖は、体制を整え、拳を放つが、結界に阻まれてしまう。
結界を破壊されずに済んだようだ。
頑丈と言えど、結界を破壊するほどの力はないらしい。椿は、安堵していた。
「遼!椎奈!」
続いて、遼と椎奈が前に出て、斬りかかる。
双子ならではの息の合った攻撃だ。双方の刃は、一瞬で駆け巡り、妖を切り裂いた。
だが、妖は予想以上に頑丈だ。暴れまわるように動き始め、結界が壊されてしまった。それと同時に遼と椎奈は、吹き飛ばされてしまう。
妖は反撃とばかりに迫ってきていた。
「させない!」
椿は、聖印能力を発動する。右足に刻まれた聖印が光り始めた。
すると、妖の前に椿の花が咲き乱れ、防御壁となる。さらに、妖は椿の花を引き裂こうとするが、椿の花びらが妖を切り刻んだ。
これこそが、椿の聖印能力、
椿は、さらに、前に出て跳躍し、構えた。
「これで、止めよ!」
椿は、聖印能力と宝刀の能力を掛け合わせた技を発動する。その名は、
「大成功だね~」
「ま、あたしらだったら楽勝でしょ」
「そうね」
妖が倒れたのを確認した椿達は、勝利を喜んでいた。
だが、妖はまだ倒れていなかった。
妖は、起き上がり、椿に襲い掛かろうとしていたが、椿は気付いていなかった。
「椿、危ない!」
「え?」
妖は、椿に向けて拳を放つ。
いち早く気付いた三美は、椿を突き飛ばして、かばい、妖の拳を受けてしまった。
「きゃああっ!」
「三美!」
三美は、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられてしまった。
「五十鈴!三美をお願い!」
「は、はい!」
椿は、慌てて五十鈴に指示を出す。
五十鈴も慌てた様子で耳の元へと駆けだしていった。
だが、妖は、椿達の命を狙っている。
椿は、とっさに異能・紅を発動して、防御壁を作りだした。
それでも、妖は、椿の花を引き裂こうとする。
あれだけの攻撃を受けても、まだ息が合った。相当、頑丈のようだ。椿達は、妖に予想以上の力があった事を思い知らされてしまった。
「や、やばいっすよ」
「どうしましょう……」
「ねぇ、椿様……」
危機が迫っていることに気付かされた志麻達は、不安に駆られ、椿を見る。
だが、椿も解決策がなく、焦燥に駆られていた。
――どうしよう、どうしよう……。どうしたらいいの?
これ以上、打つ手はない。完璧だった椿の作戦はいとも簡単に壊されてしまったのだから。
自分の聖印能力で時間を稼いだが、未だに解決策は見いだせない。
妖は、幾度となく椿の花を引き裂いた。
「来ます!」
「!」
ついに、椿の花が、完全に引き裂かれてしまう。
妖の脅威が椿達に迫ってきていた。万事休すの状態だ。
ここまでかと、椿はあきらめかけていた。
だが、その時だった。
『ぎゃあああああっ!』
「え?」
どこからか叫び声が聞こえる。
それは、自分達ではない。目の前にいる妖だ。
なんと、妖は白銀の炎で燃やし尽くされていた。
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