第五十五話 女店主は豪華絢爛
牡丹に部屋に案内された柚月達。
牡丹は、一人で柚月達のお茶を用意していた。
お店は、とても広く快適だ。
だが、このお店にたった一人で住んでいるのだろうか。いくらお店をやっているとはいえ、一人では大変だろう。
だが、もしかしたら一人でやっていたのではないかもしれない。
そう思った矢先、再び違和感を覚えた。
女性用の装束がきれいにたたまれている。清楚ではあるが、華やかな印象は見受けられない。牡丹のものではなさそうだった。
「すんまへんなぁ。遅くなってしもうて」
「いえ、ありがとうございます」
柚月達は、牡丹が注いでくれたお茶を飲んだ。
さらに牡丹は柚月達に和菓子を差し出す。
だが、見たことない和菓子だ。二つの葉に包まれた薄紅の和菓子。西地方で有名な椿餅だ。見た目は椿のようだった。
朧の前に、二つの和菓子を差し出す牡丹。もう一つは九十九の分だ。
甘い匂いにつられて九十九は和菓子の前に駆け寄り、食べ始めた。
「にしても、可愛い狐やね。ほんまに妖狐なん?」
「おう。俺は、妖狐だ。一応な」
「声まで可愛らしいんやね。仲良うしてや」
「おう!」
牡丹は、優しく九十九の頭を撫でる。
九十九は気持ちよさそうに表情を浮かばせた。
綾姫達は部屋を見回す。
見たこともないような透き通った石が部屋中に置かれてある。これも骨董品なのだろうか。
「綺麗ですね。石、ですよね?」
「あての店は珍しい石を扱った骨董品なんや。宝石もあるんや。髪飾りとかもあるよ。お姫さんに似合うものもなぁ。ほら」
牡丹は立ち上がり、髪飾りを手に取る。
綾姫は、髪飾りをみせてもらった。
薄紅の硝子細工で作られた髪飾りのようだ。綾姫が身に着けたらさぞかし似合うであろう。
綾姫は、髪飾りを眺めていた。
「綺麗……」
「ちょい、値が張るけどなぁ」
「任務の報酬というわけにはいきませんか?」
「あら、交渉がうまいなぁ。矢代はんの言ってた通りやわ」
綾姫は冗談っぽく尋ねてみる。
これには牡丹も感心したようで笑っていた。
しかし、透馬は、考え始めてしまった。矢代はどこまで牡丹に話しているのだろうか。いや、矢代といつから知り合いなのだろうか。
なぜかはわからないが透馬は恐る恐る牡丹に尋ねてみたのであった。
「その、母上……矢代様とはいつからお知り合いで……」
「もう、だいぶ長い付き合いやね。かれこれ二十年以上も前からのやわ。矢代はん、宝刀や宝器を作ってるんやろ?材料を買いに、よくここを訪れるんや。あての店にもよう来とくれてな。宝石も材料になるんやて」
「へ、へぇ……」
未だおびえたようにうなずく透馬。
そんな透馬は放っておいて、柚月は、違和感の正体を突き止めるべく、牡丹に尋ねた。
「あの、一人でやられてるんですか?」
「……もう一人とやってたんや。住み込みで働いてくれてたんやけど、いろいろあってなぁ」
「もしかして、今回の任務に関係があるんじゃないですか?」
「もう、気付いてもうたか。やっぱり、聖印の一族はんは違いますなぁ。あてら、一般人と違って」
柚月の問いに対して、あっけにとられる牡丹。
しかし、最後の言葉は、何か複雑な感情を含んでいるかのように呟いた。それは、寂しさや悲しさと言ったような感情に思えた。
牡丹は、神妙な面持ちでこの街に起こっている事件の事を説明し始めた。
「この街のおなごが消えたんは、妖のせいや。妖がおなごをさらったしもうたんや。ここの子もなぁ」
「やはり、か」
やはり、女性が消えたのは、妖が関係しているようだ。極秘任務もこの件についてであろう。
だが、朧はどうしても納得がいかなかった。
女性がさらわれたというのに、街は賑やかだったことだ。
普通なら、店を閉めているだろう。事件が起こっているというのに街の人々はなぜか何もなかったようにお店を開いていた。
「でも、どうして、皆さん何事ともなくお店を続けてるんですか?」
「そりゃあ、生きるためや。ここは聖印京とはちゃう。討伐隊はおるやけど、安全とは言い切れへん。事件が起こってもうたなんて知られたら、お客さんが寄り付かなくなる。お店も続けんと生活もできんしなぁ」
確かに華押街は聖印京とは違う。大勢の討伐隊がいるわけではない。
安全面に優れているというわけではないのだ。もし、事件が起こっているなんて知られたら、人々は華押街に来ることはなくなるだろう。
商売で生活している人々にとっては大打撃だ。
それに、今ここでお店を閉めれば、生活できなくなってしまう。心配ではあるが、致し方のないことなのであった。
外の事を詳しく知らない朧は痛感させられた。自分がどれほど、安全な場所で生きてきたのかを……。
それゆえに、それ以上の事は聞けなかった。
「ほんまは、正式な依頼をしたほうがええんやろうけど、事情があってなぁ。矢代はんを通して極秘任務を頼んだんや。何とかしてもらえんやろうか」
「もちろん、そのつもりです。そのためにここに来たので」
なぜ、正式な依頼ができないのか、どういった事情があるのか?聞きたいことは山ほどあったが、そんなことを考えている場合ではない。
妖が関与しているとあれば、その事件を解決するのが自分達の務めだ。
元々は、そのためにこの華押街に来た。
その依頼を拒否することなど柚月達には考えられなかった。
「おおきに」
牡丹は深々と頭を下げた。
気丈にふるまっていた彼女であったが、内心、不安がっていたのだろう。この極秘任務を承諾してくれるのかと。
だが、柚月達の話を聞いた途端、安堵した牡丹なのであった。
「それで、何か知ってることは、さらわれた人々がどこに行ったとかは……」
「それ以上は知らんのや。堪忍しとくれ」
「そうですか……」
任務を承諾したのはいいが、情報がなければ動きようがない。
作戦も練られない状態だ。
しかし、綾姫が何か思いついたような顔つきになっていた。
「ねぇ、ここは私と夏乃がおとりになるって言うのは、どうかしら?」
「え?」
綾姫の突然の提案に柚月達は、驚いていた。牡丹もだ。
柚月達はすっかり忘れていた。綾姫は時に大胆な発言をし、恐れを知らないじゃじゃ馬娘だということを……。
「私達がおとりになって捕まるのよ。そうすれば、妖の居場所だってわかるわ。私と夏乃なら、うまくやれるわ。問題ないわよ」
「行けません!綾姫様!綾姫様にそのようなことはさせられません。ここは私一人で……」
「あきまへん」
夏乃は制止するが、牡丹も静かに制止した。
真剣な顔つきで……。
「そないなこと、させられへんわ。こないかわいらしいお嬢さん方をおとりにするなんて。他の方法を探したほうがええ」
「俺もそう思う。おとりはやめた方がいい」
柚月も綾姫の提案を制止する。
さすがに、二人を危険な目に合わせられない。
仕方なさそうに綾姫はおとり作戦をあきらめた。「いい作戦だと思ったんだけど」と呟きながら……。
「でも、どうやって居場所を探したらいいのかしら?妖の動向を探るにはその方がいいと思うんだけど……」
確かに、おとり作戦ならうまくいく。だが、綾姫達をおとりにするわけにはいかない。
と言っても、別の方法は思いつかない。
柚月達は、再び振出しに戻ってしまった。
そのはずだったのだが……。
「あ!いい方法を思いついたよ~」
「え?」
「どんな方法を思いついたんだ?景時」
透馬は、食いつくように景時に尋ねる。
おとり作戦よりもいい方法とはいったいどんなものなのか。
景時はいつもながらにこやかに説明し始めた。
「他の人におとりになってもらうんだよ~」
「ですが、先生。他の人にそのような危険なことをさせるのは……」
「他の人ってのは、男の人だよ」
「男の人?女の人じゃなくてですか?」
景時は、なんと男性におとりになってもらうという綾姫よりも突飛な作戦を思いついてしまった。
いくら景時が天然であるとはいえ、それはあり得ないだろうと。全力で否定したくなった柚月であった。
だが、景時は朧の問いにさらりと答えた。
誰も予測できない、いや、あり得ない作戦を……。
「うん。大丈夫、うまくいくよ。柚月君なら」
景時はさらに突飛なことを言いだす。
なんと、おとりになってもらうのは柚月のようだった。
「……え?」
まさか、自分が指名されるとは思っておらず、柚月はあっけにとられていた。
その表情はなんとも間抜けな表情であった。
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