聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―

愛崎 四葉

第一部 宝刀使いと妖狐の再会

プロローグ 赤ノ世界

 その日は、赤い月が浮かび上がっていた。血のような赤い光は空をも覆い尽くした。都も火の海と化し、地面は血に染まっていた。

 見えるもの全てが血のような赤だった。



 赤い月が放つ不気味な光に覆われた都は無残にも火と血の海に包まれ、戦場と化していた。妖達が、理性を失ったかのように暴れまわり、人々に襲い掛かる。泣き叫び逃げ惑う人々もいれば、立ち向かい妖と対峙する人々もいた。


 戦場の中、少年はひたすら都の中を駆け巡った。飛んでくる火の粉、飛び散る血しぶき、血まみれになって横たわる人々を目にして恐怖を覚えたが、怯えている余裕などなくただ走り続けた。


 都の南聖と呼ばれる地区にいた少年は突如、赤い月の出現と妖の侵入、凶暴化により都はすぐさま乱戦となり、恐怖におののいていた。だが、ここで立ち止まることも、妖に殺されることも拒否し、少年は妖という存在におびえながら、都を突っ切るように走っていく。彼は、急いでいたのだ。家族の元へ。

 だが、妖は増える一方であり、被害は拡大していくばかりであった。ある程度妖を浄化した少年は北にある自分の屋敷を見るや否や目を見開いた。自分の屋敷に大量の妖が侵入している。このままでは自分の家族、一族が殺される危機に直面していた。少年は、屋敷へと向かって走りだした。


 走り続ける少年の前に妖が立ちゆく手を阻む。その姿は、三つの眼を持つ入道・三つ目入道だ。少年は足を止め、怯えそうになりながらもぐっと力を込めてこらえ、刀を抜いた。

 妖は不敵な笑みを向けたまま少年に襲い掛かり、少年は妖に恐怖しながらやみくもに刀を振り回す。肉がきれる嫌な音が聞こえ、三つ目入道は地面に倒れ込み、痙攣を起こした。妖の血が少年の顔にかかっている。少年は浅い呼吸を繰り返し、刀を握りしめながらカタカタと体を震わせていた。

 だが、次の瞬間、三つ目入道が起き上がる。少年は、その場で身を硬直させてしまった。まだ、倒せていなかったのだ。刀だけでは、妖は討伐できない。刀に宿る真の力を発揮させなければ、妖は、起き上がり、殺しにかかるだけだ。それほど、妖の生命力は強い。

 だが、少年は、その真の力を発揮させられないでいた。

 三つ目入道が、大きく口を開ける。少年を食い殺そうとしているのだろう。少年は、抵抗することも、逃げることすらもできずにいた。

 だが、その時だ。少年の真横から、隊士が突っ込むように、妖に飛びかかったのは。

 隊士は、三つ目入道と死闘を繰り広げる。しかし、凶暴化された三つ目入道は、刀をかわし、隊士の左腕にかみついた。血しぶきが飛び、隊士はうめき声を上げる。だが、少年は、駆け寄ることもできなかった。ただただ、恐怖で身が硬直していた。

 三つ目入道は、少年に迫り来るが、隊士は、行かせまいと激痛をこらえ、刀を額の目に向けて突き刺す。三つ目入道は、身もだえするが、隊士は、決して放そうとしない。力を振り絞って、刀に宿る真の力を発揮させた。その刀から氷が発せられる。三つ目入道は、見る見るうちに全身が凍り、すぐさま、消滅した。

 少年の目に涙が浮かぶ。今にも逃げ出したくなるほどなのであろう。

 彼の様子を見た隊士は、左腕を右手で抑えながら、少年にこの場から離れるように促す。

 泣きそうになりながらも少年は、刀を納め、再び走り始めた。

 少年が向かう場所はただ一つ。屋敷の中にいる大切な姉の元へ……。


 少年はようやく屋敷にたどり着く。屋敷の中では人と妖の戦いが激しさを増しており、血に染まりつつあった。隊士や奉公人、女房が血を流して横たえている。少年は、ひっと悲鳴を上げ、体が硬直しそうになる。だが、手に力を込め鞘を握りしめる。恐怖におびえている場合ではない。姉の元へ行かなければという想いに突き動かされて、少年は屋敷の中を走り始めた。


 妖が襲い掛かろうと、血に染まった人が倒れ込もうと、少年はかき分けて走り続ける。屋敷の中に入った途端、恐怖よりも不安で覆い尽くされそうになっていた。あの人は無事なのだろうか、と。少年はどうか無事でいてほしいと願うばかりであった。


 少年は、姉がいる部屋にたどり着いた。

 だが、少年が見た光景は残酷なものであった。少年がたどり着いたと同時に妖狐の持つ刀が女性を貫いていた。その女性は、少年が無事であってほしいと願った姉だった。女性がゆっくりと瞼を閉じ妖狐に倒れ込んだ瞬間、少年の目に映ったのは忌々しき妖狐の顔だ。銀色の髪に血のように赤い瞳、一人の女性を殺しても顔色一つ変えない妖狐は冷酷で残忍に見える。

 少年は体を震わせ、目に涙をためていた。少年は、恐怖で身を震わせていたわけではない。女性を殺された悲しみと怒りで身を震わせていた。


「姉上!」

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