墓場
明神響希
墓場
本日、あなた達一万文字は亡くなりました。おめでとうございます。
無機質なアナウンス。ひしめくメモリの海に私、390キロバイトが落とされた。重い石に押さえつけられ、光は閉ざされた。理解が出来ないまま、辺りを見渡せばどこまでも暗闇が続いていた。
「ここはどこ?」
発した声は奇妙なくらい響いた。遠くにも違わず伝わるくらいに。
「墓場だよ」
どこからか声が響いた。遠くのようで、近くのようなどこかから。
「なんで?」
「死んだからだよ」
「私は死んだの?」
「だからここに居るんだろ」
ぶっきらぼうな声がただただ響いた。音と言うよりは意味。下書きをペンでなぞり消しゴムを掛けてないような、不明瞭さ。墓場と名乗られた所に光はなくて、安寧とした暗闇がどこまでも続いていた。
「あなたは誰?」
「そういうアンタは?」
「私は」
名乗ろうとした瞬間、ふと思考が泥に沈んだ。沈むというよりは、嵌るという方が正しいのかもしれないが。
「大会用の台本」
呟いた言葉はそのまま意味になる。いつも、いつも。発した言葉は取り消せはしないのだ。その真偽がいかなるものであろうとも。
「の、没だろ」
固有名詞の付けられない、私以外の誰かがそう言った。たった一言のどうしようもない事実を。私は彼女の作品で、それは演劇部の大会用に書かれたものだった。大会に使われることはなくなったが。
「嘘吐こうとするなよ」
咎めるよりは、たしなめる口調。子供になった気分になりながら、つい語気を強めて誰かに言い返した。
「なんで、嘘だってわかったの?」
「アンタがここに居るからさ」
ここ。此所。何度も話に出てきたここを見渡しても何も無い。本当に何も無いのだ。ただただ温い心地よい暗闇がどこまでも広がっているだけ。限りがないように。
「ここって、なに?」
何も見つけれない。光や誰かの存在は愚か、ほかの何かさえも。戸惑いというより苛立ちが心を占拠した。大きくなった声は均等にどこまでも響いた。先ほどと同じだ。
「見渡すだけじゃわからないぞ」
忠告に、動きを止めた。見渡すだけじゃ、わからない。声は何度も重なり響いた。不明瞭な形のまま。
「こっちだ」
そんな言葉が全方向から響いた。何も無い、下からも。確かに私はこの場に立っている筈だった。ただ立っていたのは、地面ではなくて。
「気付くの遅せーよ、バーカ」
私の下に何万、何億もの文字があった。大量の文字が。作品が。罵りに慈愛を滲ませた言葉は沢山の意味を含んだ。それは私にこの場所の意味を理解させるのには充分過ぎた。そうか、私は。
「今更過ぎる反応すんなよ」
その声が、言葉が。罵りではなく慰めだと理解できる分、呼吸が詰まった。私はもう要らなくなってしまったのだ。一度死んでしまったら腐蝕されていくだけだ。一度死んだ意味は生き返ることはない。芸術なんて不確定なものであるからこそ。
「そっか、私、死んだんだ」
音というよりは意味。私という作品から生み出された声は、誰にも届かなかった。誰かの心を動かすための芸術は、親の心さえ動かせなかった。不甲斐ない作品。失敗作。没作品。私を形容する言葉を思い浮かべては意味を享受して。足元に広がる彼らを、私と同じ彼らに足を沈ませた。
「ここは墓場ね」
「そう、墓場だ」
「暗いね」
身体が溶けて、意味が、言葉が、独自のアイデアが乖離して、彼らに溶けていく。私という作品がなくなって、失敗作という括りに纏められていく。抗うことはせず、底が見えない海に沈み、惑い、溶けていく。
「墓場だからな」
「墓場って、どこにあるのかな?」
「どこにもないんだよ」
「どこにも?」
私が私である最期に、彼らは絶対的な希望論を述べた。
「だってここは、彼女が作品を生み出そうとした証明なんだから」
安寧とした暗闇に不明瞭な意味が響いた。
墓場 明神響希 @myouzinsansan
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