第1回 人はなぜ本を返さないのか?文学賞 応募作品

@karaokeoff0305

第1回 人はなぜ本を返さないのか?文学賞 応募作品

ああ、またやってしまった。心の中でそう小さく溜息を吐く。

葉書に印字された『貸出本 延滞のお知らせ』。この葉書が家に来るのは

これで3回目だ。

来る度に気を付けようと思うのだが、気付けば同じことを繰り返している。



「あんた!この葉書家に来るの何回目よ。

本は借りないようにってあれほど言ったじゃないの!」



リビングで料理をしていた母が声を荒げてそう叫んだ。

分かってはいる。期限内に返すよう心掛けてはいるが、ふっと気が緩んだ時に

同じ過ちを繰り返してしまうのだった。



「ごめん、母さん。次回からは気を付けるよ」



俺がそう言って同じ過ちを繰り返すことを母親は知っている。知っているからこそ尚、やかましく言うのだろう。しかし仕事で疲れて帰ってきた所為か、どうしても

返事がぶっきらぼうなものになってしまう。



「誰も予約してないんだし良いじゃん。重大な罪に問われるような事でもないしさ」



ああ、なんて身勝手な言い分なのだろうと我ながら呆れる。確かに、これは犯罪になるような事ではない。だけど、自分のした事で図書館の人は困り果てているだろう。延滞している人がいないか調べ、該当者が居たら葉書で住所と催促の手紙を書いて送る。今は機械化が進んでいて、そこまで手間がかかるわけでも無さそうだが、

それでも大変な作業のはずだ。



(あー、何で延滞しちゃうんだろう…)



傍に置いてある葉書を見遣り、同じ過ちを繰り返す原因についてぼんやり考えた。

本を借りることに対する責任感がないからか?いや、違う。本を借りる時は

『期限の日には必ず本を返すようにしよう』 そう心の中でそう誓っている。

それがいつの間にか返すのが面倒になって、気付けばこの葉書と対面しているのだ。



「ねぇ母さん。本の延滞はどうして起きるんだと思う?」


「簡単な話。延滞してもペナルティーが無いからよ。ホラ、DVDレンタルのお店なんかは延滞するとお金がかかるでしょう。携帯の料金だってずっと払って無かったら車のローンが組めなくなったり大変な事になるじゃない。

図書館の貸し出しにはね、そういった厳しいペナルティーがないのよ」



成程、母親の言う通りだと思った。例え図書館の本を延滞したとしてもそこまでのペナルティーはない。

せいぜい、そこの図書館の本がまた借りられなくなる位のものだ。もし本の延滞に

重大な罰則が設けられていたら、大急ぎで本を返しに行くに違いない。



「じゃあ、『本を延滞したらその人はクレジットカードが作れなくなる』とか、そんな罰則を設ければ良いんだ」


「簡単に言うけどアンタ、そうなったら一番肝を冷やすのは自分自身だって解っているかい」



解ってるよ、と口を尖らせ傍にある葉書を見た。図書館で本を借りて延滞する人や

返さない人が問題になっているし、そのうち本当にそんな罰則が科せられるように

なったとしてもおかしくはない。



「そうなったらどうしよう、母さん」


「あたしに聞くんじゃないよ。とりあえずま、社会人のケジメとして本はちゃんと返すことだね」



ふんっと鼻を鳴らして母はそう言った。その言葉はご最も。ペナルティーの有る無しに関わらず、大人として、社会で働く一員として世の中のルールは守らねばならぬのだ。



よし、今度こそ。



そう意気込んでみたものの、また同じことをする将来の自分が容易く想像出来、

ガックリと項垂れた。

いっその事、本当に厳しいペナルティーを設けてくれないかなぁ。

そしたら期日内にちゃんと返すのに。


そんな身勝手な事を考え、ぼんやり窓の外の景色を眺めた。

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