最初にして終焉の地

神無月ナナメ

改稿最新版

 人間が死を迎えようとする瞬間、走馬灯のように現在までの人生を瞬時に振り返る状況が起こるなどと昔から語られてきた。


 もちろん単に世迷言、正しい経験として真実を書き残せる人間などいるはずもなく臨死体験として、さまざまな実例あるいは記憶と記録が残されて小説、映像作品にも残されているが真実か否かも定かでない。その一部になるが、例に挙げてみようか。


 パノラマ体験説? 電磁気仮説? 量子脳理論? 心理学逃避論? 


 他に、哲学、宗教から霊的スピリチュアルまで幅広い学説からトンデモ論まで各種取りざたされ、高名な脳科学者によれば心脳問題であり、その観点から捉えるべきと明言すら残しているらしい。


 ただ、それが真実か否かなど誰一人答えられるはずもないだろう。

 走馬灯は、果たして何のために発生している現象なんだろうか?


 経験則を踏まえ現在を切り拓くことで、何とか危機的状況の場面からも無事に逃げ切るプランを考えるためか。もしかすると、現在のボクと同じだったかもしれない。


 最初から、別に見知らぬ誰かを助けることで英雄になりたかった訳じゃないんだ。


 高尾山を望む、首都と思えないJRと私鉄の交差駅から離れたアパート住まいだ。

 日付を跨ごうとする時刻、コンビニに向かう通りを曲がると、女の子が男二人から襲いかかられようとしている状況を認識した。偶然のタイミングで、遭遇したんだ。


 呆然として声もだせないボクだったけど、男たちも同じく驚いた状況に違いない。

 一瞬だけ視線が交錯したはずの双眸に、淡い希望が芽生えた事実だけを認識した。


 ボクは平凡で弱い人間だ。身体を鍛えた経験もなく武器を携えている訳でもない。

 男が、片手にかざしたナイフを月夜に閃かせて脅すかのように大きく振りかざす。


 いつものボクなら間違いなく、刃物の恐ろしさから慌てて逃げだしたはずなんだ。

 なぜか不思議なことに一歩も動きだせないまま、しばらく時間だけ静止していた。


 男が刃物を振りながら迫りくる姿を認識していて、どちらに一歩も踏みだせない。



 その瞬間に瞼の裏側? 脳内なのか? イリュージョンのようにして人生を瞬時に振り返っていた。なんだろう、いつもよりも見える。きちんと、動けるじゃないか。


 なぜ、そんな風に思えたのか、おかしな考えに捉われたのか意識が芽生えたのかも分からない。その瞬間から、すべて曖昧模糊で心に靄がかったようになっていたから夢の中みたいな感覚だった。はっきりと覚えていない。


 ただ、実際に身体は動いた。なぜか刃物を避け、瞬時に走り寄る男を捌いていた。

 その勢いあまった状態で、倒れた男の背後から何度も頭蓋骨を蹴りつけただけだ。

 ミシっと、嫌な重低音が周囲に響き渡ると男は声もないまま、その場に悶絶した。


 驚きで振りかえるボクの視界に、恐怖の表情を浮かべて立ち尽くす男と嬉々とした表情を双眸に宿しながらも一心にこちらを見つめる美少女の全身だけが映っていた。



 男は低姿勢で、おかしな叫び声を上げながら両掌に刃物を強く握り突進してくる。


 何度も伝えるが、格闘技を学んだとか陸上競技の経験もない。

 でもなぜかしら瞬時に、なすべき行動すべてが脳内に浮かぶ。


 両手を大きく広げて待つボクは、突撃する男に恐怖を微塵たりとも感じていない。


 右足を少し引いて左前傾姿勢を取り、男が右に持ち替えたナイフを振りかざす姿。

 なぜか、コマ送り同様の感覚で認識できた。


 左上腕で刃物を上から叩き落とし、溜めた右足先で男の脇腹を蹴りあげただけだ。

 思わず呻き声とともに弾かれた男の頭蓋骨を、やはり何度も蹴りつけただけの事。


 同じく嫌な低音に併せ、男は静かに悶絶して倒れる。

 次の瞬間には、女の子に左横から抱きつかれていた。


 泣き叫ぶ女の子を静かに宥めながら倒れた男を伺う。闇夜に流れ続けて止まらない血と嫌な臭いだけ初めて認識したまま愕然とした。その後、しばらくは記憶がない。


 気がつけば数日が経過して、ボクはマスコミから寵児として祀りあげられていた。


 なぜだろう?

 男たちが国籍不明の密入国者で、偶然通りがかったボクが撃退したからだという。

 謎の男たちは、そのまま意識を取り戻すこともなく、なぜか死亡していた状況だ。


 ボクが格闘技経験もなくスポーツ選手でない、ただの優男だった事実が幸いした。

 密入国者である二人を庇う風潮も皆無、裁判沙汰にならず刃物を持つ相手に対する正当行為で過剰防衛の判断もくだされず、世間の評価も真逆に英雄扱いされていた。


 その日まで、地方から八王子に上京しただけの貧乏な三流大学生に過ぎなかった。


 その日を境に、人生180度変化しただけだ。気がつけば女の子と交際を開始して、就職と同時に結婚。現在、彼女そっくりの可愛い女の子も二人生まれて幸せな毎日。



 あの日をきっかけにして、幸せな家庭が新しく誕生し素晴らしい人生が始まった。

 ボク自身は、不幸な半生が反転するかの幸せ順風満帆な生活が改めて開始された。




 驚くべき現象おかしな状況として、あの男たちを倒してから人生が180度変化した一日。あの日、国内で同様の事件が数万、全世界で百万件ほぼ同時刻に発生していた事実だけが、何かの折りにつけ世間の話題になり続けて問題視されただけだ。



 この世界に生きる人々は、未だ誰一人として事件の全容などは理解していない。

 この出来事が、時代の変換になる運命の一日であり、その始まりだった事実を。



 この日を境にして数多が生まれる事になる少女。彼女たちが異なる種族で、未知の侵略者と理解する頃には人類が滅亡する未来以外の選択肢は残されていなかった。

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最初にして終焉の地 神無月ナナメ @ucchii107

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