新宿発 日帰りドラゴン狩りバスツアー

鋼野タケシ

1:異世界へ旅立つ者たち(AM6:50 新宿発 動きやすい恰好でお集まりください)

 どうやら、眠っていた。

 気配に目を覚ますと、前の座席の女子大生(恐らく。恰好が若々しい)が九郎をジッと見ている。

 目が合っても女子大生は顔を背けない。

 人の顔を無遠慮にマジマジと、見ている。

「……なにか用か?」

「おじさん、ひとり?」

「ひとりだよ。見たらわかるだろ」

 バスの乗員は全部で十三人。

 運転手に添乗員が一人ずつ、親子連れ、友人同士と思わしき四人組。老夫婦に、いちゃつくカップル。

 それから、話しかけて来た若い女。

 九郎は最後尾にひとりで、窓にもたれかかるようにして座っていた。

 新宿を出発したバスは都心部の渋滞を抜け、順調に道路を走る。

 目的地のへ向かって。


「最初はツアー会社の人かなって思ったの。みんなジャージとか運動しやすい恰好なのに、おじさんだけスーツだし」

「おれも客だよ。朝まで仕事をしてたんだ。着替える時間もなくてね。出る前にシャワーは浴びて来たが、汗臭かったか? それともイビキがうるさかった?」

「そんなんじゃないよ。けどスーツの上着をそんな風に置いといたらシワになるよ? それにバスツアーにひとりって珍しいよね」

「キミもひとりに見えるんだけどな」

「うん。ひとりだよ。今時ドラゴン狩りもしたことないヤツいないって周りの友達が言うから。すっごいバカにされてさ。それで夏休みの間にこっそり経験して見返してやろうって思って。だからひとりで来たんだけど。おじさんはどうしてひとりなの? ぼっち? それとも家に居ると思春期の娘に嫌がられるから休日を外で過ごすタイプの人?」

「……言っておくが、おれはまだ二十五だ」

「え、老けてますね」

「友達も恋人も家族もいない寂しい老け顔のサラリーマンだよ。現地に着くまで寝ていたいんだ。もういいだろ? お話なら他の奴と楽しんでくれ」

 女を追い払うように九郎は手を降った。

 彼女や他の参加客はこれから訪れる異世界に期待し、どことなく浮かれた空気が漂っている。

 恐らく九郎だけだろう。こんな沈んだ気持ちでツアーに参加しているのは。


「ご搭乗の皆さま。本日はシグムンドツーリスト主催のツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます」

 添乗員がマイクを使ってしゃべり始めた。

 流暢な日本語を話しているが、添乗員は日本人ではない。

 整った目鼻立ち、皺ひとつ見えない肌、輝くような金髪に、長い耳。

 エルフだ。


「ご旅行をエスコートさせていただくのはわたくし、添乗員のクーリエと申します。さて皆さま、当バスはこれから道路に投入します。光速突入の瞬間は大変ゆれますからシートベルトの着用をお願いします。シートベルト着用の合図が消えるまで外さないでくださいね」


 バスが光速道路のゲートを通過する。一気に車体が加速する。

 窓の外に広がっていた東京の景色が、歪む。

 高層ビルが、広告が、爽やかな真夏の青空が、不気味に歪んでいく。

 音もなく、窓の向こうの景色が消えた。歪んだ景色だった空が消し飛び、バスを取り囲んでいるのは色とりどりの絵の具で塗りたくったような、極彩色ごくさいしきの空。

 光速を突破したバスは、次元湾曲面を通過して異次元にいる。

 ツアー客を異世界へと運ぶ、次元の通路。

(さて――)

 九郎は両腕を組んだまま、目を細めて窓の外を睨んだ。

(今回の旅は、どうなることやら)


 添乗員の女エルフが、にこやかな笑顔で言った。

「それでは皆様、シグムンドツーリスト主催、新宿発日帰りドラゴン狩りハントバスツアー、最後までお楽しみください」

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