第3話:夢売りの舞④

 店内の掃除も終わり、焼き立てのクッキーを食べているとドアが開いた。


「いらっしゃい」

「愛華さん、こんにちは」

「こんにちは、実喜ちゃん」


 愛華さんは、いつもカウンター席の隅に座っているのに、この日は真ん中の席に座った。


「飲み物は?」

「イースターエッグを」

「あぁ…。もうそんな時期なんだね」


 イースターエッグ…。

 昔、近所の教会でカラフルな茹で卵をもらっと時、そんな名前だった気がする…。

 けど、虹輝さんがそんな茹で卵を作っているところを見たことがない。

 それに、確かイースターエッグを食べるのは春だった気がするし。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。きっと、こうして貴方の作ってくれるイースターエッグを吞めるのもこれで最後だと思うから…」


 虹輝さんがカウンターに置いたのは、クリーム色の液体が入ったグラスだった。

 まるで、コーヒー牛乳をさらに牛乳で薄めた…みたいな色。


「それ、なんですか?」

「あれは、イースターエッグっていう名前のお酒だよ。このお店で注文するのは愛華さんだけだね」

「甘くて美味しいんだけど、強いお酒だから飲み過ぎには注意が必要なのよ」


 愛華さんは、ほんの少しだけお酒を口に含むと目を閉じた。


「愛華さんは舞台の公演が始まる前に必ず、このイースターエッグを注文するんだよ」

「舞台…そういえば、愛華さんは女優さんなんですよね?」

「そうよ。一応肩書としてはね」

「私もいつか、愛華さんのお芝居を見に行きたいな」

「……」


 食器の片づけも終わり、愛華さんの隣に座る。

 いったいどんな役なんだろうか…。

 お姫様かな…でも、優しい女王様とかも似合いそう。


「私の舞台を観たいだなんて…。そういえば、前にもそんな事を言ってくれた子がいたわね」

「そんなこともあったね。…きっと、彼女はいまだにずっと君の事を探し続けているだろうけど」

「その人は愛華さんのファンなんですか?」

「さぁ…どうかしら。でもね、私の舞台は『観たい』と思ってくれる人ほど観る事は出来ないのよ」

「じゃあ、その探してる人は…」

「まだ探し続けてるだろうね」


 そんな…。

 じゃあ、『愛華さんの舞台を観たい』と思っている私も、きっと観る事は出来ないんだな…。

 まるで、告白する前にフラれた時みたいな気持ちになった。

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