僕たち、ヒガエリ音楽団!

おもちさん

第1話  打ち捨てられた小屋

「はーい、ストップー」


その声と共に、ウッドベースの調子外れの音が『ボォーン』と鳴り響いた。

それを合図にサックスもギターもリズム隊も止まる。

急に手を止められないせいか、しばらく制御できていない音が散らばった。

全員の目線が僕へと向けられる。

「またお前か」という言葉が聞こえてきそうだ。



「あのさ、なんなのお前? 昨日ソロのフレーズ変えろって言ったじゃん」



これから先輩の説教が始まる。

僕がこのジャズバンドにメンバー入りしてから、ほぼ毎日がこんな調子だ。

缶コーヒーを飲みつつ、タバコを2本吸うのに調度良い長さらしい。

休憩時間のように全員がスタジオから出ていき、僕と先輩の二人きりになった。

そんな様子は気にかけないように、話は続いた。



「つうかさ、ソロ以外の部分も何かやってるだろ。オレの楽譜通り吹けって」



自分の譜面台には、先輩が書いたスコアが置かれている。

確かに僕はそれに反したプレイをした。

自分のパート譜にはこっそり別の音符が書かれている。



「あの、何と言うか、こっちのフレーズのほうがしっくりくると言いますか。耳に心地よいと言いますか……」

「あのさぁ。プロ思考のオレが聞いて、違和感を感じてんの。遊び半分でやってるお前とは違う耳で」



確かに先輩は凄いと思う。

ちょっと聞いただけで「このソロは○○が○○講演だけで演奏したヤツで、これは○○の流れを汲んでてさ」なんて知識が止めどなく披露される。

『好き、嫌い』でしか音楽を語れない僕とは雲泥の差だった。



「一応、他の音の邪魔にならない場面だけでやってますし。これはこれで1つの在り方だと思って……」

「ハッキリ言うぞ。お前には気持ちいいかもしれないけど、あれはミスノート。ただの雑音だから」

「そんな、そんな言い方……」

「もう帰ってくれ。うちのバンドには、輪を乱すヤツなんか要らない」



自分の荷物僕と一緒に、僕はスタジオから追い出されてしまった。

他のメンバーの視線が痛いくらいに突き刺さる。

侮蔑、憐れみ、興味や関心。

色々な感情を向けられたけど、声をかけてくる人は居なかった。


一人で大学の構内を出て、駅へと続く道を歩いていく。

そのまま下宿先のアパートに帰る気にはなれず、脇道をフラフラと彷徨(うろつ)いた。

かと言って、目的があるわけじゃない。

この気持ちを引きずったたまま、部屋に戻りたくないだけだった。


小学生たちのじゃれあう声、道端で談笑する主婦、楽しそうに散歩する犬とその飼い主。

それら全てが、遠い世界の出来事のように感じられた。

まるで僕だけが違う世界の住人のように、あらゆるものから拒絶をされたような気分。

無くしてしまった自分の居場所が欲しくて、街中をひたすら歩き続けた。


ーーそうだ、練習場所がなくなっちゃう。


ふと、そんな考えが浮かんだ。

我ながらどこかノンキだとは思う。


今までは大学のジャズサークルが持っている、部室兼スタジオを使えたけど、今後はそれも許されないだろう。

サックスはとにかく音の目立つ楽器だから、どこでも練習できる訳じゃなかった。


ーーどこか、迷惑にならなそうな場所はないかな。


街の施設や公園を思い出しながら歩き回ったけど、そんな都合の良い場所は見当たらない。

そして、やってきたのは河川の土手だ。

遠くには鉄橋が架けられていて、見慣れた電車が走っていく。

他には自転車を走らせるおじさんや、ジョギングをしている若い女性が見えた。

ここならちょっとくらい、大きな音を出してもいいよね?



土手から河原の方へ降りて行くと、草むらの中に小屋を見つけた。

長らく放置されているようで、入り口の辺りでさえ伸びきった雑草が生えていた。

屋内であれば、周りを気にせず練習ができそうだ。

廃屋なら勝手に使っちゃっていいかもしれない。



「ごめんください。誰かいませんか?」



念のため入り口で声をかけてみた。

もちろん返事はない。

ドアは壊れかけいて、建物に寄りかかるように斜めっていた。

その隙間から中が見えそうだけど、暗すぎて確認ができない。



「すいません、ちょっと失礼しますよ……?」



僕は音を立てないように、静かに中へと入っていった。

穴の空いた壁から光が差し込んでいるけど、6畳分くらいある小屋を照らすには不十分だった。

暗がりに慣れない目のまま、中へと一歩踏み出した。

でもそれは失敗だった。


ーー地面が、ない?!


僕はポッカリと口を空けた大穴に転がり落ちてしまった。

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