すきのしょうみきげん
藤村 綾
すきのしょうみきげん
あたしのパソコンはショートメールとリンクしていてパソコンからなら過去に遡ってメールのやり取りを見ることができる。
スマホでのやりとりは全て消している。
別れを察したとき、あるいは、自分を自制するために。意図的に消した。
たまたまショートメールのやり取りを見てしまった。
男とのむこう3年前からのメールを。
スクロールをするたび、上に上がっていくたび、涙がこみ上げてきた。過去は男の方があたしに必死だった。けれど、最後の方はあたしの方が必死になっていた。
最初の方は並んだ言葉も多く、あたしもそれに応じ返信をしていた。そのあいさ、あいさにやはり、別れの文字があった。全てあたしの方からだ。
今ならまだ、引き返せる、今なら、まだ。と。
そのときにきちんと別れておくべきだった。けれど、絶対に向こうが別れをのんでくれないという変な確信があった。引き止めてくれる。きっと、いつかはあたしのものになる。なんて殊勝な思いだったのだろう。
日にちは残酷に過ぎてゆく。男からのメールは顕著に減って行った。
減っていくメールと共にあたしのほうが夢中になっていった。日にちを重ねるごとに離れてゆく男に対し、日にちを重ねるごとにおそろしいほど愛してしまったあたし。愛し過ぎてしまったのだ。
ここのところメールをしても返信もなかった。メールを送って後悔をする。絶対に返信が来ないことはわかっているから。
「いくら忙しくてもメールくらい打てるでしょ?」
業を煮やしあたしは意を決して男に会いにいった。男は頭を垂れた。
「そうだな、確かに、いうとおりだな」
疲弊した顔を向けあたしのほうに目を向けた。
おそろしいほど日焼けをしていた。おもての仕事だ。あたしは中の仕事なので真っ白でなんだかそこで既に申し訳ないと思ってしまった。
「日曜日も仕事なの?」
男は、うなずき、くぐもった声で、そうだよ、と、顔を下に向けタバコに火をつけた。
その週の日曜日にあたしは男の家の近所にあるコンビニに行った。たまたま家族で車に乗っているところを見てしまったのだ。
嘘。もう少しで言いそうになった。
家族にはまるで罪はない。嘘をつくのは当たり前だ。けれど、あたしはおおげさに途方に暮れた。
太陽も暮れていく時間帯だった。
「もう、ダメなのかな」
車の喧騒でその声はもみ消された。
「ん?」
きっと聞こえていたにちがいない言葉を聞いていないふりをする。もうあたしのことを全く見てはいない目だった。あたしは視線をおったが、男はその視線からなんども逃げていった。
顔を見るのは今日で最後かもしれないと、ふと思った。
ギリギリだった。
なにもかもが。ギリギリだった。
胸がはち切れんばかりに痛くて叫びたかった。
「電話してよ」
精一杯の強がりを言った。
かかってくることなどはないってわかっているのに。
「、ああ」
もう、行けよ。
あたしと男は一緒に立ちあがた。
「じゃあ」
「ああ、」
お互い背を向けで歩き出す。
あたしは後ろを振りかえる。
男は振り向かないとわかっているが、後ろを向いたまま手を大きく振っていた。
夕日が逆光になって影が伸びている。
あたしは両手で顔を抑えその場に立ちすくみ大声をあげて泣いた。
車道にいるあたしを好奇の目を向け見てゆく人たち。
たくさんの人がいるのに、なぜ、あなただったの。
絶対にあたしのものにはならない人だった。だから最後など来ないと思っていた。
せめて、最後はあたしから終わらせたいの。
このわがままも言えないままあたしは数分間泣き崩れた。
「賞味期限の切れたあたしはただの腐った女だ」
天に向かい誰にでもなく言葉を吐く。
オレンジ色の空が暗闇に侵食されてゆくさまは、嫌いではない。
すきのしょうみきげん 藤村 綾 @aya1228
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