モノ、かたる
三〇七八四四
モノ、かたる
アマミナギサは物語を食べる。
正確に言うならば彼女をはじめとした我々とは別の位相にある地球に住んでいた人類は物語を食べる。もっと正確に言うならば、七年前、突然世界の数か所に現れた特異点から出てきて別の位相の地球からやって来た彼女をはじめとした人類は、こちらの地球に住む人類と違い、我々が物語と呼ぶものを五感によって観測すると、それら物語を失うことなく栄養を得ること、つまり我々人類の基準で言えば物語を『食べる』行為を行うことが可能である。
そんな風に物事を小難しく丁寧に考えたところで結局ぼくがはっきりとわかっていなければならないのは彼女、アマミナギサはとてもかわいいという事と、そんなかわいい彼女がぼくとカフェに来て、カフェオレを飲んでいるという事である。
こんな無駄な思考を繰り返しているのはやはり緊張しているからだろうか、それもその筈ぼくが彼女と交際するようになってからの初めてのデートなので、緊張するのも当然のことだろう。
いや、しかし初めてのデートで緊張しているからと言って、注文した飲み物が来てから会話が全く無いのはいいとは言えないだろう。もちろん彼女の方からも一切話しかけてくることも無いのでぼくが一方的に悪いとも言えないだろうが。
そんなとりとめのないことを延々と考えながら、彼女を見ていると、彼女はカフェオレを飲んでいたストローから口を離して、唐突にぼくに話しかけた。
「このカフェ、結構落ち着いていて、いいよね。壁の赤レンガとか古い感じが出てていいし、それなのにこのコースターは猫の顔なのとかギャップがあってかわいいし、キョウスケ君がこんなお店知ってるんだなって意外だったよ」
「通学する時いつもこのカフェが目に入って気になっていたからね。ところで、この話さっきここに入って来た時にしたと思うんだけど」
「同じ話を何度もしてはいけないという道理はないでしょう。まあ、何度も同じ話を繰り返してたらあたまになんらかの問題を抱えていると思われるでしょうけどね」
あんまりにぼくが何も話さないからとりあえず話をしたという事だろうか、申し訳ない。そう思うとぼくは起こり半分ほどになったアイスコーヒーをぐっと飲みほして彼女に話しかけた。
「あ、そうだ。この間借りた本面白かったよ。いやあ、アマミさんが面白いっていうからどんなものだろうと思ってたんだけど、まさか叙述トリックものだったとはね。ミステリとか結構好きだったりする?」
「普段はあまり読まないのだけれどね。書店に行ったときについ気になって買ったの」
「なるほどね。ところで、その物語は美味しかった?」
「小説としては面白かったけれど、味はまあまあだった」
「一応食べたことには食べたんだ」
「面白かったからね。食べないと失礼かなと思って」
「面白かったのに美味しくなかったのか。よくわからないな」
「キョウスケ君にはわかりにくいと思うけど、結構あることだよ。料理で例えていうと、盛り付けは滅茶苦茶綺麗なのに味はそうでもないって感じかな」彼女は顎に手をあて首をかしげながら答えた。
「うーん。わかったようなわからないような……」
「物語を食べたことがないならわからなくても仕方がないよ」
アマミさんはそういうとまたカフェオレに口を付けた。
彼女は物語を食べる。食べると言っても、本をむしゃむしゃと食べたり、映画のフィルムをバリバリとかみ砕いたりはしない。ぼくたちが普段している読んだり、見たりする行為に動作は近い。もっとややこしいことに、彼女は普通に物語を観賞することもできる。要するに彼女が本を開いて見ているとき、傍目からはそれだけでは彼女が物語を読んでいるのか、食べているのかわからないのだ。
物語を食べるのは何も彼女に限ったことではなく、ぼくたちが『同朋』と呼ぶ七年前に世界中に現れた特異点の向こう側、同朋の言う事には同位相の別の宇宙空間にある地球から来たのだそうだ。パラレルワールドとは少し違うみたいだが、まだ高校生のぼくにはどちらにせよ、よくわからない。
彼女、アマミナギサはぼくの住んでいる国と同じ言語を話す同朋の一人で、同朋との交流の盛んな特異点の一つモノ島にある高校に通う二年生の女の子だ。ぼくもその高校に通っていて、彼女とは同じクラスだ。そして、一番大事なこととして、アマミナギサは先月から付き合うことになった恋人でもあるのだ。輝いている黒い髪は肩のところで切り揃えられ、ぱっちりとした眼に、小さいけれど整った鼻、いつもゆるく笑みの浮かばせた口、やはり彼女はどこをとってもかわいい。
今日の彼女の服装はシンプルな赤いワンピースを着ており、よく似合っている。ワンピースの色は熱帯に生えるラフレシアを思わせるような赤で、ぼくは彼女に食べられてしまうのかな、とくだらないことを考えて少し笑ってしまった。
「どうしたの?」急にぼくが笑ったのが変だったのか彼女が聞いてきた。
「いや、アマミさんはかわいいなあと思って。そんなかわいい女の子とデートできるヒトは幸せだろうなって考えてたんだよ」ぼくがそう答えると彼女も笑って、
「それって自分のこと? あ、前から言おうと思っていたけれど、キョウスケ君まだ私のこと名字で呼んでるよね。そろそろ名前で呼んで欲しいのだけれど」
「あー、そうだね。えーと……ナギサ?」ぼくが照れくさそうに彼女の名前を呼ぶと、彼女は満足した顔で、
「ふむ。よろしい」と答えた。
そんな感じで彼女と話を続け、結構話したかなと思い腕時計を見てみると、驚くことに全然時間がたっていなかった。普通はむしろ早く感じるはずだろうと思いながらも、彼女とまだ楽しい時間を過ごせるなと嬉しくなった。しかし、彼女と話したいことは今日のデートであらかた話してしまった。どうしたものかと考えていると、彼女の方から話しかけてきた。
「キョウスケ君、今度映画でも観に行かない? ほら、この間見たい映画があるっていってたでしょう」
そう言うと彼女は今度公開される恋愛小説が原作の映画の名前を挙げた。ぼくが彼女に以前気になっていると教えたタイトルだ。
「いいけど、どうして? 前アマ……ナギサに話したときはまるで興味がなさそうだったのに」
「その話を聞いた後、気になって、書店に行ったときその原作の小説を買ったの」
「面白かったんだ」
「ええ、面白かったし、それよりも美味しかった。それで、映画も観てみたいなって思ったの。あわよくば食べようかなって」
「どんな反応すればいいか困るなあ。まあナギサが行きたいというなら別にぼくは構わないよ。ぼくがあの映画に興味があったのは違う理由だったけどね」
「人工知能が書いた小説が原作なんだよね。普通の小説とは味わいが違って面白かったよ」
「あ、そういう面白いなんだ」
「小説としても面白かったけどね。でもさ、あの小説が終わった後に地の文で、この小説は人工知能が書きましたーって書いてあるのはすごく興ざめなんだけど」
「まあ仕方がないんだよ。人工知能が書いた小説は読みたくないって人もいるからね」
「天然ものしか食べたくない人みたいな感じ?」
「うーんちょっと違うかなー」
「それにしても地の文の最後に書いてあるのわけわかんないよね。初めに書いちゃえばいいのに」
「いろんな経緯があったんだと思うよ。まあ確かに確認するのにいちいち最後を見なきゃいけないのは面倒だよね。壮絶なネタバレを踏む可能性もあるしね」
「ほんとそうだよね。それより、あれもあの物語工場……? で作ったの?」
「自動文章生成研究所だよ」
「それ、言いにくいし覚えにくいよ」
「しょうがないじゃないか、物語工場って言うたびにお父さんに訂正されるものだから覚えちゃったんだよ」
「お父さん、その自動生成文章工場で働いてるんだよね」
「自動文章生成研究所だけどね。あの小説はお父さんの働いているところじゃなくて民間人の所有する人工知能が書いたものだよ」
「もういっそ自分で書けばいいのにね」
「そんなこと言わないであげてよ」
人工知能が小説を書くようになったのは最近のことだ。人工知能が小説を書けるようになったのは十年ほど前のことになる。書店に人間の書いた小説のほかに人工知能の書いた小説が一緒に並ぶようにもなり、その年の芥川賞に人工知能の書いた小説が選ばれたりとしたが、世間の中ではさほど浸透せず、人工知能による小説執筆の研究はそれまでと変わりなく続けられていたらしい。ぼくの父は小説を書く人工知能を研究していたので、そのあたりの話は父が酒に酔って昔話をするたびに聞いている。
人工知能の小説執筆にスポットライトが当たるようになったのは七年ほど前、特異点の向こう側から来た『同朋』と貿易を始めようとなった際に、物語の輸出が決まってからのことだった。彼女に聞くと特異点によって世界が繋がる前に向こうにあった物語はあるにはあったが、数が少なく値段が高かったらしい。
物語を輸出するにあたって、生産量の確保が問題になった。聞くところによると、同朋は同じ物語を何度も食べることはしたくないらしい。大体二回目からもうほとんど味がしないようなのだ。同じ物語でも媒体が違えばまた味わう事ができるらしいが。
そこで、安定して小説を生産できる人工知能が目をつけられた。さらに、物語を量産するために、特異点のいくつかには研究所として人工知能が小説を大量に書ける環境が作られた。ぼくの父はそこの主任研究員として雇われ、家族全員でこの島に引っ越したのだ。一日に約千個の小説を生産する自動文章生成研究所は覚えにくいことから多くの人から物語工場と呼ばれるようになった。
「でもすごいね、その人、個人で人工知能を所有しているのね」人工知能は社会全体に普及したものの、未だに個人で所有するには値段が高く、簡単に手に入れられるようには未だなっていないのだ
「違うみたいだよ。その人、自分で小説書く人工知能作ったらしいよ。まあそれもそれですごいけどね」
「もうほんとに自分で小説書いた方が楽なのに」
「そんなこと言わないであげてよ」むしろ小説を自分で書いて映画化するよりも難しそうではあるけど。
「キョウスケ君そういうの妙に好きだよね。この間見せられた動画もそんな感じだったし。才能の無駄遣いってやつだっけ。味も大して美味しくなかったし」彼女はうんざりした顔で言った。
「そういう君だってこの間ぼくに大食いの動画見せてきたじゃないか」
「ああ、あれは美味しかったから。つい」
「だからぼくにはわからないって。まあ別の意味でおなかいっぱいになったけど」
「あら、食べられるんじゃない」
「もともとこっちにある比喩表現だよ」
「なんだ、つまらないの」
彼女のカフェオレもなくなったので、ぼくたちは新たに注文を取ることにした。ぼくはこの店イチ押しのイチゴジュースを、彼女は甘いものが食べたいと言ってミルクレープを頼んだ。多くの女子高校生たちが帰りに寄るのだという評判の通り、メニューも豊富だなと感じた。
二度目の注文もテーブルに届き、彼女はとても幸せそうな表情を浮かべながら食べている。ぼくはその様子を眺めながら微笑んでいると、彼女の方から話しかけてきた。
「今日のデートは楽しかったけど、残りの時間ここで過ごすだけでいいの? もっと他に行きたいところは無いの?」
もっと他に行きたいところと言われて、ピンク色の想像が一瞬の間に広がったが、彼女はおそらくそういった意味で聞いていないだろう。そんな考えが表情に出てないか頬を触れて確認しながらぼくは彼女に返事をした。
「ナギサは、どこか行きたいところでもあったの?」
「別に、行きたいところなんて特にないけど。これでいいのかなあって」
「ぼくはナギサが居ればどこでも楽しいけれど」
ぼくがそういうと彼女は顔を赤らめ、恥ずかしそうに少しうつむいてから、こう言った。
「私も、キョウスケ君といるだけで、満足してる」
傍から見たらこれはいわゆるバカップルの会話なのでは? そう思うとぼくもなんだか恥ずかしくなって彼女の顔から目を逸らすと、彼女の赤いワンピースが目に入って来た。やはりぼくは今日食べられてしまうのではないだろうか。
よし、もう今日は恥ずかしいついでにいろいろ聞いてしまおう。
「ナギサは、ぼくのどこが好きになったの」
「どうしたの急に」
「いや、そういえばナギサがぼくのことを好きになったのってどうしてかなあと思って」
ぼくとアマミナギサが付き合うようになったのは一か月前、彼女の方から告白してきて、両思いであることが分かったのだ。
「話したことなかったっけ」
「ぼくの覚えている限り一度もないよ」
「あら、そう。じゃあ話してあげる。最初は顔が好みだなあって思ったの」
「あ、ありがとう。それで?」
「よく話をするようになって、この人の話が面白いなって思ったの。だって初めてだったから、味の無い話をする人なんて」
「ぼくの話を食べてたとは、全く気付かなかったよ。それにしても味が無いってのはひどくないか」
「ごめんなさい。馬鹿にしてるんじゃないの。普通どんな人でも話にはあるから、変だなって思って」
「やっぱり馬鹿にしてる」
「怒らないで、話を聞いて。味がしないのも変だなって思ったんだけれど、それよりも不思議なことに、あなたの話は味が無いけれど、なぜだかいやではなかったの。むしろ心地いいというかなんというか。それでキョウスケ君のことが気になったの」
「へえ、そうなんだ。なんかよく、わからないけど、ありがとう」
「私が話したんだから、次はキョウスケ君が話してよ」
「あー、ぼくはナギサよりも単純だよ。まず、前々からかわいいなと思ってた。あと、ぼくと話しをする度に、首を傾げるからどうしてなんだろうってますますきになるようになってさ、まさか自分の話が食べられているなんて思わなかったよ。思い出してみれば時折、ぼくと話しをしている人が不思議そうな表情になることがあったけど、そういうことだったんだね」
「たぶんそうね、傍から見ると物語を食べているかどうかなんてわからないもの。会話でおなかはあまり膨れないから結構スナック感覚でみんな食べていたりするよ」
「なんでぼくの話には味が無いって誰も言ってこなかったんだろう」
「まあ、面と向かってあなたの話には味が無いっていうとなんだか悪いみたいでみんな言い出せなかったみたい。気づいてないかもしれないけれどキョウスケ君の話に味が無いっての、いろんな人たちの間で噂にはなっていたし」
「そうなんだ。で、ナギサと付き合うようになってからぼくの話に味が付くようになった?」
「いいえ、まったく変わらないわ。でも、面白そうね、自分好みの味にするのって」
そういうと彼女は唇を舌でなめた。
やっぱりぼくは食べられてしまうかもしれない。
カフェの窓から照らしてくる光が赤くなってきたので、そろそろデートをお開きにすることになった。
彼女はまだ名残惜しいのか、帰りたくないだとかもっと楽しいところに行こうだとかいろんなことを言ってきたが、また明日学校で会えるのだから今日は帰ろうと言うと、しょうがないとばかりに従った。とは言え、ぼくもすぐに帰るのは嫌だったので、家まで彼女を送ろうという事になった。彼女の家はぼくの家からさほど遠いわけでもないのでまったく苦ではなかった。
このモノ島にはおよそ百万人の様々な人種、立場の人間が住んでおり、商業施設の方も充実している。また、貿易や外交も特異点の一つであるこの島で行われることが多く、今、世界で一番注目されている場所であると言える。彼女の父親もちなみに向こうの外交官である。
商店街の方も休日なので多くの人で賑わっている。そのため、彼女とはぐれないように手を繋いでいる。とても幸せだ。彼女の方は今日のデートで疲れたのかあまり話しかけてこなかったが、しっかりと手を握り返している。
しばらく歩いて商店街を抜け、彼女の家がある坂を登っていると、彼女の方から話しかけてきた。
「こうして歩いてると、世界に二人だけしかいないように思えるね」
「急にそんな誌的なことを言い出してどうしたの。ほら、ナギサの頬も赤くなってる」
「そういうものは気づいても言わないものでしょ。いや、その、なんとなく幸せだなあと思って」
「そうだね。ぼくも幸せだよ」
「でも、少しだけ怖くなっちゃうの。この幸せは作られたものかもしれないって。あまりに幸せだから」
「ナギサは、この幸せが誰かによって作られたものかもしれないと思うんだね」
「うん。たまにそういうことが頭から怖くなっちゃうときがあるの。キョウスケ君はそんな風に感じることは無い?」
「ぼくもそういうことを考えたときもあったよ。でも、ぼくは一応それについての解答みたいなものを持っているから平気なんだ」
「解答?」
「まあはっきりとしたもんじゃないけどね。前に読んだ古いSF小説でね、その作中の人物たちが信仰している宗教がまるっきりでたらめだっていうのが分かったんだ」
「その人たちはどうしたの?」
「『それがどうした』ってさ。たとえ信仰した対象が間違えていたとしても、その信仰していた心は間違っていないって。まあ昔読んだきりだから正しく覚えてるかどうかは分からないんだけどさ」
「それが解答なの?」
「解答みたいなものだって言ったろ。ぼくたちがたとえ作中の人物だろうとなかろうと、ぼくらが幸せなことにケチなんかつかないんだ」
「あ、今の話、ちょっと甘かったかも」
「お、ぼくの話にも味が付くようになったか、どう? 嫌いな味だったりする?」
「ううん、全然、むしろ好きな味だよ」彼女は目をぼくの目とじっと合わせながら答えた。
「そうか、それはよかった」
結構長い間坂を登り、彼女の家の前までついた。
「キョウスケ君、今日は楽しかったよ。また、明日学校でね」
「うん、また明日」
******
この物語は人工知能によって書かれました。
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