1-2 原風景=基底領域
……なんだ、なんなんだこれ。
一面の草原。穏やかに晴れた空。
こめかみを抑える。あらゆることに理解が追い付かない。
そしてそれは、単に目の前の光景が
「頭が重いんでしょ? 意識があんまりはっきりしてないんだよね?
わかるわかる、寝起きは大抵そうなるんだよね。まあでも心配しなくていいよ、それ一過性だし。なんてーの、まだちゃんとこの世界に体が馴染んでないっていう感じ? しばらくはふわふわ浮ついた感じだと思うけどそのうち気にならなくなるよん」
「そう、なのか」
頭に手を添えながら答える。その間も頭の違和感は止まず。
草原を映し出している視界には、ちらちらと細く細かい影が走り。
ざ、ざざ、と。
「とりあえず、慣らしがてらに散歩でもしてみよーか? ま、気を晴らそうにも周りの景色は五秒で飽きるレベルのしょーもない原っぱだけどね?」
言って、派手な紫髪をなびかせて少女はくるくると宙を舞い、俺を促す。
言われるがまま踏み出す。草の生えた地面を踏み締める感覚は、嫌に
そのまま歩く。緩やかな風を感じる。草のにおい。制服の
……唾を
だからこそ、先のフェノの言葉が俺には、にわかに信じられなかった。
「ここは、夢、なのか」
「そうだよ、夢。寝てる間に見る夢であって、思い描く理想という意味での夢でもある。簡潔に言うと想像と妄想と空想で出来てるファンタジー空間、って感じ?
だからここではなんでも手に入るしなんでも出来る。およそ人が思い描き得ることはなんだって形になる。まさしく夢の世界ってわけ。言い換えれば天国、桃源郷、エルドラド、アヴァロン、ユートピア的な?」
「……すまん、余計な情報が多すぎて
「キミ余裕無さそうなのにそういうことはすらっと言えちゃうんだね。正直者? っていうより性格悪い? 性格悪いよね? まあボクも人のこと言えたもんじゃないんだけど。ちなみにキミのお願いにボクはNOを突きつけるよ! 無駄口を叩かないフェノちゃんなんて泳がないマグロと一緒なのさ。つまり死ぬ! とーくおあだい! あんだすたん?」
「ならせめて声のボリュームを落としてくれ。鬱陶しい」
「それもNO! 我慢しなよ男の子でしょ? ていうか出会って早々
「そうだな」
「うわーお、聞き流しに入っちゃったよこの人。ヨータローくんヨータローくん、都合が悪くなると他人の言うこと無視する人って世間一般でなんていうか知ってる? クズっていうんだよ? バカっていうんだよ? やーいやーいヨータローのクズー、ゴミー、恥さらしー」
「そうだな」
鬱陶しい、という理由もあるがそれ以上に、俺自身他人の話をしっかりと理解できるような精神状況ではなかった。
不快感。違和。頭に重さを感じる。言いようのない
脳にもやがかかったような、気味の悪い感覚。
これは夢だと、そう聞かされた。しかし五感から伝わるのは確かな現実感。
これは現実、そう思おうとする。とすると俺がこの場にいること自体が不自然で。
頭と体が
同時に感じるざらついたノイズ。その
そんな俺の様子など素知らぬふりで、案内人と名乗った少女はとても楽しげに、口やかましく喋り続ける。
「ちなみにボクさっきからこの世界のこと夢だ夢だって言ってるけどさ、これ普通の夢じゃないんだよね。ま、キミもなんとなく感じてはいるだろうけど?
まず前提として、ボクはいる。現実に居る。睡眠中の君の脳が生み出した想像上の存在ってわけじゃない。キミが居る現実の世界に、確かにボクは存在してるんだよ。その上でボクはキミの姿を夢で見ているし、キミはボクの姿を夢で見ている。理解できるかい? 理解できないなら簡単に言ってあげるけどね。
―――――繋がっているんだよ。キミの夢とボクの夢が。
それだけじゃない。ここにいるみんなの夢が、お互いに繋がり合ってる。
それが夢の世界。今風に例えるとクラウドみたいなもんだよ。数えきれない人数の精神同士が相互に接続し合って肥大化した、夢見るネットワーク・クラスタってね。
あ、なんでそんなことになってるの、とか聞かないでね? そんなのボクの知ったことじゃないし。第一こんなファンシー空間のことを理屈で説明しようってのがそもそもナンセンスだとボクは思うわけだよ、ウン」
ざ、ざざ、と。ノイズが一層強くなる。
視界をちらつくのはまるでブラウン管の砂嵐。目障りに、ざらざらと。
――――瞬間、ザッピング。サブリミナル。巨大なビルを
次の瞬間には視界一面に元の穏やかな草原が戻ってきて。
ざ、ざ、ざざ。耳鳴りがする。視界がちかちかと明滅する。気分が悪い。
「で、今ボクらが歩いてるこの何にもない原っぱ。ぶっちゃけそろそろ飽きてきたからさっさと他のとこ行きたいんだけどそれはさておき、この原っぱは誰が呼んだか
このどこが終わりかもわかんない、そもそも終わりがあるかどうかもわからないようなだだっ広い平原の上に、ボクらの妄想は形作られるのさ。
今はなんにも見えないでしょ? でもこの平原のどこかに、確かにそれはあるんだよ。あると思えばある。そして、行きたいと思えば行ける。だってここは夢なんだから。そういう世界なんだから。そうならなければおかしいんだよ。
そう。思い通りにならなきゃおかしい。
ボクはそろそろ飽きてきた。だからさっさと別の場所に行きたい。
心の底からそう思うわけさ。だから――――」
ざざざ――――――――強烈なノイズ。
視界が一瞬黒の砂嵐に覆われて。衝撃にも似た感覚に頭が
そして。
なにが起こった、と戸惑いが浮き上がるその前にはもう、全てが変わっていた。
緑は灰に。風には無機質が乗る。静寂は
足の短い草の代わりに、天まで届きそうな建造物があちらこちらに生えている。
地面の硬さがいつの間にか変わっていた。
そして、鳴るのは電子音。視界の端に青信号が見えた。
コンクリート上に刻まれた白黒の太いボーダーを、多くの人が踏みつける。
横断歩道。ビル群。人並み―――――即ち街。市街。
草原は飽きたと、フェノは言った。だから、なのか。
ありえない。現象と結果だけを見ればありえないとしか言えない。
ただ、だからこそ正常。この世界は夢なのだから、望んだとおりにならなければおかしい。フェノの言を借りればそういうことになる。
夢の世界、理想郷と。フェノの言ったことを鵜呑みにするつもりは無い。
ただ。眼前の光景は確かに、
さかさまに浮く少女。地面に向けて逆立っている紫の髪をベレー帽ごと押さえて、彼女はくるくると宙を舞い、にやりと嗤う。
「ほらね? 望んだとおり、辿り着くわけだよ♪」
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