第17話もっと素直に
「カッコ悪いなんて、ありゃしませんよ」
ゲオルクさんが声を荒げた。
いきなりで俺も驚いたが、フェリクス君も相当だったようだ。さっきまであまり表情が変わらなかったのに、目を真ん丸にしてゲオルクさんを見つめている。
「ゲオルク……?」
困惑する俺たちに気づいたのか、ハッとした表情になり、「あ、いや……」と言葉を濁した。
道用しているのか、目線があちこちを彷徨っている。
「失礼しました……。驚かせましたね。でも、故郷から――家族から、無理やり引き離されたら、寂しく思うのは当然のことですよ。カッコ悪いなんて、とんでもない」
ゲオルクさんはそう言い切って、「出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」と一礼した。
俺は慌てて手と首を横に振った。
「謝らないでください!出過ぎたことだなんて、無いです!ねえ、フェリクス君?」
俺が同意を求めると、彼はコクリ、と頷いた。
「僕も、そうは思わないよ。……オスカーさん、君のことも。いきなり家族から離されたら、不安になるのは当たり前だと思う。――どうか、帰るまでゆっくりしてほしい。君はエルゼの客だから、屋敷の人間も悪いようにはしないから」
そう言って、「出来ることがあったら、言って」と微笑んだ。
初めて、彼の笑った顔を見た気がする。兄妹だからか、どことなくエルゼさんに似ている。
勿体ない。
「あ、ありがとうございます。――実は、エルゼさんが陛下に相談してくれて、帰る方法が見つかりそうで」
「そりゃあ良かった!陛下が協力しているなら、必ず帰れますよ」
ゲオルクさんが声を上げた。
まるで自分のことのように喜んでくれていて、満面の笑みだ。
さっきの事といい、もしかしてゲオルクさんも故郷を離れてここにいるんだろうか。
「はい、皆さんには色々協力していただいて……。俺、何にも返せないのに」
そういえば、俺無一文だ。この国のお金なんて持ってないし、そもそも財布もなかった。
水たまりに落とされる前には図書館の本やコピーした資料を入れたトートバックを持っていたし、ズボンには財布やスマホがあったはずだが、花畑に落ちた時にはバッグはなかった。ズボンはこの屋敷に来たときに洗濯されて、財布もスマホも見てないな……。色々あり過ぎてすっかり忘れていた。
明日、エルゼさんに聞いたほうがいいな……。学生証とか免許証も入ってるし
「別に、何か返して貰おうなんて思ってないと思うよ。――多分、エルゼは」
「エルゼさん?」
フェリクス君は少し眉を顰めると、「真面目だから」と言った。
「貴族の務めだと思っているんだよ、困ってる人を助けるのが。だから、そういう人を見ると何の見返りもなしに精一杯尽力しようとする。――馬鹿だよね。結局自分が損をするのに。……本当に、馬鹿だ」
最後の方なんかはほとんど聞こえないような、小さな呟きだった。その顔も、声も、とても苦しそうで、エルゼさんの事、心配してるんだって伝わってきた。
昨日対面していた時は、どこか冷たく接していたのに、ちゃんと妹を想っているんだ。
エルゼさん。
彼女のおかげで、俺は野垂れ死にしたり、あの化け物に殺されたりせず、こうして安全な所で過ごしている。しかも、一国の王様に会って、俺の世界に帰る方法を調べて貰って、それに希望が持てて――。
不安になったりもしたが、それでも何をすればいいか分かってる。考えてみれば、こんな状況でここまで恵まれているのはなかなかないだろう。
だって俺の世界でも、例えば一国の首相に外国人――ここでの俺は外国人のようなもんだろう――の難民が直接会って、直々に国へ帰れるような方法を探ってもらえて、しかも一緒に行ってくれる人まで付けてくれるなんて、あり得ない話だ。しかも、大人数というわけでもない、たった一人に対して。
これだって、陛下と幼馴染だっていうエルゼさんに保護されたおかげかもしれないし、感謝してもしきれない。
だからこそ、フェリクス君の言葉で、一点だけ訂正したいところがあった。
「馬鹿じゃないですよ」
ふ、とフェリクス君が俺を見た。
その顔は、妹を心配する兄のままだ。
「誰もができることじゃあ無いじゃないですか、そういうのって。まだ出会って少ししか経ってないけど、エルゼさんが優しいのは凄く伝わってきます。俺だって、その優しさに助けられたんだから」
「エルゼが君を助けたのは役目だからだよ。……ほとんど形骸化してるけど、僕たちは力を持っていて、それを領民――そして国民を守るために使わなくてはならない。そのために武術を修めたり、家法術を磨いたりする。それを真面目に守ってるだけだ」
「でも、俺を心配してくれたのはお役目じゃない。だってこんな不審者、わざわざ自分の家に運びます?俺、彼女に助けられた後気絶したから、どんな人間か分かったもんじゃ無かったのに。それこそこの国の警察みたいなとこに運んだっていいんです。でもそうしなかった」
「そういう所が馬鹿なんだ。君はどうやら害はないようだけど……」
そう言うと、フェリクス君は目を伏せ、黙り込んだ。後ろのゲオルクさんは自分の主人と俺とを交互に見て、どうしたら良いものか迷っているようだ。
「それを言うなら、フェリクス君だって馬鹿になる」
「え、」
フェリクス君とゲオルクさんが同時に俺を見た。その表情が主従でそっくりで、何だか可笑しくて笑ってしまった。
フェリクス君は俺が笑ってるのを見てムッとすると、「僕のどこが馬鹿だって?」と不機嫌そうに言った。
「だって、俺を助けてくれただろ?こうやって、自分の部屋に入れてくれて、一息つけるようにお茶まで出してくれて。俺が同じ立場なら、そんな事しないよ。とっとと妹呼んできて後は任せて寝る。薄情だろうけど、全然知らない人を自分の部屋に入れるのはちょっとな」
言いながら、まだ声が笑っていることに気づいた。どうやらかなりツボに入ったようだ。フェリクス君は困惑気味で、「だって、そのままには……」と言い淀んだ。
「そうだろ?そういうとこがさ、兄妹そろって優しいんだよ。――心配してんだよな、エルゼさんのこと。じゃあさ、素直に言ったらいいじゃん。心配ですって。馬鹿馬鹿言わずにさ」
そう言ったところで、俺はふと思い出した。今朝フェリクス君に会ったとき、去り際にエルゼさんに何かを呟いていたことを。もしかして……。
「あのさあ、今朝俺とエルゼさんに会ったとき、彼女に何か呟いてたよな。もしかして、「馬鹿」って言った?」
そう言うと、フェリクス君はぐ、と押し黙った。何だかバツの悪そうな顔をしている。だが、その表情が答えを教えてくれた。やっぱりそうだったのか。
ゲオルクさんは知らなかったみたいで、「今朝、お会いになってたんで?」と主人に聞き返した。
「廊下で彼にぶつかってしまって、その時だよ。僕が彼に何かしたと思ったみたいで、問い詰められた。まあ、仕方ないけどね」
そう言うと、プイ、とそっぽを向いた。拗ねているんだろうか。だけど、妹を心配した結果「馬鹿」呼ばわりは頂けない。全く真意が伝わってないぞ。エルゼさんも難しい年頃だろうし、それで馬鹿馬鹿言われてたら嫌いになるわ。
「もうちょっとさ、ストレートに言ったほうがいいぜ。じゃないと誤解されるだけだって。このままだとめちゃくちゃ嫌われて、メイドさんに「お兄様の服とは分けて洗ってください(裏声)」とか、「お兄様、臭いです。近寄らないでください(裏声)」とか、言われたりしちゃうんだぞ!?」
「それは、反抗期の娘なのでは!?」
ゲオルクさん、ナイスツッコミ。
俺は笑顔で彼にサムズアップした。
俺の死ぬほど気持ち悪い裏声がツボに入ったのか、ゲオルクさんの声には笑いが混じっていた。フェリクス君も、よく見ると肩が震えていて、口がピクピクしている。一瞬怒ったかな、と思ったが、どうやら違うようだ。まるで耐えきれないとでも言うように、笑い声が漏れてきたからだ。
「それ、エルゼの真似?全く似てないよ。何処から出したの?今の声。……薄々思ってたけど、君、変な人だね」
「それって、褒められてる?」
「ふふ」
フェリクス君は笑って、「まあ、そうかな」と言った。
さっきよりも随分声も、表情も明るい。
やっぱり、損してるよな。話してみて分かったけど、あんなに怯えられるような人間じゃない。
身近に貴族っていたことない――まあ、いるわけないのだが――から分からないが、昔ファンタジー小説で読んだ貴族は、もっとこう、偉そうで、ワガママで、下々の人間とは話さないみたいな印象だったけど、結構寛大だ。
と、そう言えば……。
「俺、タメ口聞いちゃいましたね。ごめんなさい」
「別に、かまわないよ。公式の場でもないし、それに……」
「フェリクス様」
言い淀んだフェリクス君を、ゲオルクさんが止める。フェリクス君は、自らの従者を一瞥して口をつぐんだ。
何か、言っちゃいけない事でもあるのか。
フェリクス君は仕切り直しのようにコホン、と咳払いをすると、「とにかく、僕に気を遣ってもしょうがないよ」とだけ言った。
少し様子が気になるが、訳を教えてくれるつもりはなさそうだ。
ふとテーブルの上を見ると、粗方お菓子も食べきっていた。もう遅い。そろそろお暇しなければ。
「居座っちゃってごめんなさい。俺、そろそろ戻ります」
「……ああ。そう、だね」
明日はエルゼさんに城下町へ連れて行ってもらうのだ。うっかり寝坊しては大変だ。
二人に告げると、フェリクス君は窓側の壁を見た。どうやら、時計があるようだ。
つられるように見ると、11時近くになっていた。ほぼ一時間居座ってしまったようだ。
俺は立ち上がると、「どうも、ご迷惑おかけしました。これ、何処で片付けたら……」とゲオルクさんに聞いた。
「いや、このままで。俺の仕事ですからね」
「だけど……」
「いやいや、オスカー様はどうぞ休まれて下さい」
そう言われ、申し訳ないがおまかせすることにした。実際のところ、皿洗いは大の苦手なので助かった。
ああ、小遣いに釣られてやった皿洗い……。何皿割ったことか!あれだけ手伝うように言っていた母さんも呆れ果て二度と言わなくなったもんな。
見たところ高級そう――まあ、貴族の屋敷に安物なんてないだろうけど――だし、うっかり割ったら弁償物だ。無一文(暫定)には厳しい!
「じゃあ、お言葉に甘えて……。二人とも、ありがとうございました」
お礼を言って、お辞儀をする。
フェリクス君は一瞬寂しげな顔になったが、それを振り払うように笑って、「礼を言われるほどじゃない」と言ってくれた。
「楽しかったよ。……こんなに長く話したの、ゲオルク以外じゃ久しぶりだったから」
久しぶり!?
かなり驚いた顔をしていたと思う。
だって、一時間くらいだ。
たった、一時間。
もちろん忙しいんだろう。最初に見かけたのは城の中だったし、エルゼさんもフェリクス君を「文官」って言っていたから城で仕事をしてるのは間違いないだろう。
それでも、一時間話す人がいないって……。
よっぽど静かな部署なのか?いやいや、休憩中くらい話すだろ。
俺だって、友達が多いわけではないが、講義の合間に話したり、バイト先でも休憩に一緒に行って話したりしてる。なのに……。
聞きたいことは、沢山あったけど、なにも聞けなかった。
何故なら、「楽しかった」と言ったフェリクス君が、本当に嬉しそうだったのだ。ゲオルクさんだって、そんな主人の姿を見て喜んでいるようで、なんとも微笑ましそうな顔だ。
そんな彼らを見て、思ってしまった。
仕事先でもあまりに話す人がいなくて、家じゃ使用人に怯えられてる。妹とも折り合いが悪い。
じゃあ、彼は一体誰に弱い所を見せられるのだろう。
ゲオルクさんは当然だろう。フェリクス君の信頼を得ているのは間違いない。
では、それ以外は?
両親?でも、まともな親ならこんな状況でほおっておかないだろう。
友達?それだって同じだ。
もし俺なら、冬彦がこんなことになってたら、絶対に見捨てたりしない。
俺は今日、彼らに助けてもらった。
じゃあ、俺はどうする?
(力になりたい。そのためには)
「あのさ、フェリクス君」
「何?……ああ、もしかして部屋が分からないの?ゲオルクに送らせるから大丈夫だよ」
「違う。有難いけど違う!」
「じゃあ何?」
フェリクス君が首を傾げる。
「お願いがあるんだけど」
「お願い?」
俺は頷いた。
もしかしたら、迷惑かもしれない。
そもそも俺は何の事情も知らないのだ。勝手な推測で、確証なんてない。
だけど、さっきの顔を見ろよ。
一瞬だったけど、ひどく寂しげだった。
ちょっと話して、お茶飲んだだけなのに、むしろ俺が慰められたのに、あんなに嬉しそうだったんだぜ。
じゃあ、俺にできることは?
「俺と、友達になって欲しいんだ」
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