でっかいアイスクリーム

石窯パリサク

おっきいスプーンで掘りながらばくばく食べたいな。

 もごもごと籠っている上に小さく抑えた叫び声と、私が生まれ育つ中で学び自然と身に付けた耳慣れた言葉が落ち着き払ったようなテンションで応じた。

「******!!*****、******!!!!!!」

「・・・・・・・いいから黙ってろ」

 そんなやりとりが扉を通して部屋のすぐ外から聞えてきた。

 浅く眠りに落ちていた私は騒がしさにちょっと腹立たしさを覚えて目が覚める。

 足首が痛い。手首も痛いし後ろ手で縛られている肩も変に極まったままで痛い。丸めた布のような物が口に詰め込まれいるみたい。

 塞がれているから息苦しい。顎が外れそうで痛い。

 拭えないから垂れたままの鼻水もよだれも不快。

 でも痛くても疲れ果てていると眠れるのね。


 痛みは慣れてしまうものなのかと気付いた。

 眠い・・・・・・・。

 私は改めて寝なおした。

 

 部屋の空気が動いた気がして目を開く。

 いつ入って来たのか判らないけれど、青年が私の傍らに音も無くしゃがんでいた。

「可及的速やかたれっ。見回りが来るまで幾何も無い気がしてきているぞ!」

 扉の直ぐ内側辺りにもう一人の男がいて、片言で警告のような抑えた声掛け。私に言っているようでは無いから改めて寝直そうかと迷い始める。

「脱臼はしていないがぎちぎちに後ろ手で括られている。肩はそっと戻さなきゃならない。ちっとは落ち着いて待て、言っている事がおかしい」

 扉の前で廊下の様子を伺う男に青年が小声で告げた。

「では拘束の解除は後にしてそのまま持って行くぞ!藪に到達した後に邪魔の入らない安全な所でぶっ千切って楽にしてやればいいだろう?・・・・俺自身はおかしいと思った事がないから遺憾に堪えないところだ」

「・・・・待て、救出任務にふさわしくない表現ではないか?このまま抱えて走れば脱臼してでかい声を出されるから駄目だ。加えて口が塞がっていてはこのねえさんが酸欠になる。ねえさんが死んじまったらもっと困る。ちと待て」

 危機感が募り急いでいるのか更なる警告と遺憾の意を発した男に向けて、青年は遺憾の意を受け付けなかった。

「ちっ、詰め物を取り去った一呼吸目でわめき出すリスクが残るのだが、御寛恕賜ってやろう」

 青年が返答を受けて見張りは納得したようだけれど、時間が無い事も事実のようで舌打ちした。


「ねえさんねえさん、起きろ、起きられるか?」

 ゆさゆさ、ぺちぺちぺち、揺すられて頬をぺちぺちと叩かれる。

「痛いー・・・・ねむいー、おきてるー」

 何故か喋れるし呼吸がすっきりして楽だ。

 ・・・・おお!口に詰め込まれてた物が無くなってる、もしかして私・・・・食っちゃった?さすがにそんなこたーないかと思い直しつつ目を開けると、私よりも年下の青年の顔が間近に有って吐息が掛かった。


どっきりした。

「うへぁ!」

「救いに来た。ここは一旦深呼吸して叫ばないでいてくれ」

 このお兄さん、落ち着いた低い声。わたしが恐慌に陥らないよう抑えて丁寧に語りかけてくれてる。

「返事は小さい声で頼む。発熱が有るか見ていた、済まない」

 くっ付けていたおでこを離した青年は縛られている紐を解く手を止めて、私に視線を合わせながら詫びた。

「う、うん・・・・いいいよ、だだだいじょぶ。・・・・・ここらへんに入る前に予防接種は受けたから」

 醒めてきていた眠気が一息で吹っ飛び、どっきどきになってどもりながら答えちゃった。

「これから、拘束を解くので変な所に触ってしまうかも知れないから先に謝っておくが、でかい声は出さないくれよ」

 ザクザク、プチンパチンという紐を切る音が部屋に響き、徐々に解放される四肢のそれぞれにじわーんと血の流れが増えて弛む。

「ねえさん、両肩が極まっている。大急ぎで進めるが、いい加減な事をすると両肩の関節がずれたり靱帯や軟骨が傷んで脱臼のような傷を負う事になっちまうから、俺の言う事をきいてくれ」

「わかったわ、思うとおりに言って、一思いにやってちょうだい!」

 青年が言い終わる前にわたしは返事を被せた。

 こんな所で縛られて閉じ込められて鼻水も拭けない気持ち悪さに浸るなんてもうイヤ!


 覚醒が進んでそんな思いと表情が顔に出ていたんだろうかしら。


バチーン!


 青年からデコピンを食らわされた。


「!!!・・・・・」

「いい加減な事をしないようにしてくれ」

お兄さんと(声を出す事を我慢している)私。


 衝撃と音からして威力が乗っていたし、私は硬直して落涙したよ。


「ではねえさん、手首と二の腕のベルトを切るが、腕を戻す為にいきなり動かすといろいろ傷める。ベルトを切った瞬間にグリッとやっちまわないように胸をはって肩も開いておいてくれ」

 即座に重いデコピンをしてきたにも関わらず青年は落ち着き払ったまま痛む私の額をクリクリとさすってくれながら言った。


 その後、私は拘束を全て解かれて、お兄さんに抱えられて部屋を出た。



 施設の廊下を小走りに急ぐが見回りに見つかった。しかし扉の側で廊下の見張りをしていた男がてきぱきと無力化していった。

 先導する見張り男はこの辺りの地形に詳しいのか、施設を出ると迷い無く藪に掛け込みカサカサと下生えをかき分け枝を避け獣道も無い藪を小走りに進む。


 少し勾配も有るから丘かな。

 閉じ込められていた施設から三人で逃げ出した。

 わたしはお兄さんに横抱きにされている、お姫様抱っこだわねー。


 手足を縛られ四肢の感覚が痺れていて直ぐには回復していない事もわかった。

足元も良く見えない暗がりと藪なのにわたしを抱えながらもよろける事も無くサクサクと急ぎ足でお兄さんは歩く。

 

 藪に飛び込んでからいくつかの丘を上り下りしたところで一息入れる事にしたらしく、勾配が緩くなった所で立ち止まった。


 お兄さんもさすがに息が上がって、きていないわね。でも、わたしを抱えたままだったから肩から腰、腕がしんどくなってきているみたいだった。わたしを下ろすとぐぐっと腰を伸ばし肩を回した。


「ここまでだ、兄さん」

と、先導していた男の人がお兄さんに告げる。

「ああ、しかし相変わらずなセリフの選択だな」

 誰に教わって来たんだかわからないけれど、妙に劇的な言い回しを話したがるし銃もこちらに向けてもいない。


「しかしまだ先は長い、我々と連中の縄張りはかなりの範囲で重複している。用心しろ、ヒアリングの学習に娯楽作品が偏重するとおれの様になるからな。俺達の身内が皆似た様な喋りになるのは同じ物を共有しているから既に身内同士では違和感が無いのだが、ネイティブな言語としている人達にとって違和感が強いようだな」

「分かっている、会った時から違和感だらけだったが意志も意味も通じるのだから構わないさ。・・・・では、予め取り決めておいた通りだ。半金は俺達が無事に辿りついた際に家族の元に届けられるからな。出る前と同様に繰り返すが、渡しておいた装備類は確実に廃棄しろ。バラして部品として売り払おうなんて考えるなよ。」

ここで一旦言葉を切り、一泊置いてから言葉をつづけた。

「アシが付いて連中縁戚の組織に突止められる。あんたの身内もろとも殺されるぞ。」

「ああ、その前にまず逃げ切らなけりゃあな。あんたらも上手いこと逃げのびられるといいな」

 男の表情がきゅっと引き締まり、くるっと機敏にこちらへ背を向けて音もなく駆け出した。


 あっという間に藪の暗がりへたち去った。



 この地域での武装勢力は村落の規模や資金力などの違いで幾つかに分かれて縄張りを持っている。

縄張りとはいえいパン人としての住民も暮らしを立てている。

 耕作出来る土地に人が集まり古くからの婚姻や縁戚などがローカルでだだっ広い繋がりを作り相互に顔見知りなのだそうだ。


 世間は狭い。


 そもそもが、人質救出に手を貸す事はもとより、参加するしないの判断に関わらず全くの他所の人種であるお兄さんと接触した事でリスクを負っている。らしい。

 


「さて行こうか」


 救出の為に雇った現地ガイドの男が立ち去り、自分達も移動しようかという段になってお兄さんは立ち上がり、スカイダイビングのタンデム用ハーネスのような装具をごそごそと取り出した。背負うバックパックのストラップの上にハーネスを身体の前側になるよう取付け始める。


 狼狽えた。


「前抱っこなのっ!?」

 わたしは悪く無い意味で狼狽えた。

「そうだ、ここの連中は普段から銃を持っている。後ろから撃たれる可能性が有る今、ねえさんは防弾装備を着用していないから前抱っこだ」

 おっほほ、さっき内心を雰囲気や表情で読まれてデコピンを食ったから表情が弛まないようにわたしは気合いを入れた。


 嬉々として気合いを入れているけど手足の肘や膝の先は痺れている。


 というか、感覚があやふやでぶらんぶらんだよ。

「むむう・・・なんか落ちそうだよ」

 わたしはしがみ付いてから呟く。

「ねえさん大丈夫だ、抱っこ紐で俺に括り付けるからな」

 向かい合わせでしがみ付くわたしのお尻と背中を覆っているハーネスをしっかり締めた。


 むぎゅー・・・・こきこきぱきぽき。


 鑑賞パッド越しにハーネスを締めたらお兄さんと密着度が増すだけじゃなかった。

わたしの腰骨や胸・肩の辺りから関節の鳴る音がした。

けど痛くない。


「・・・・ねえさん」

「なに?」

お兄さんがおもむろに問いかけてきた。


「不摂生していたろ?」「重いのっ?」

不摂生の時点で即被せるように問い返した。


「いいやいやいや重く無い。縛られていたのだから骨の継ぎ目が歪んでいても仕方無いわな」

 あぎゃ、骨が鳴った事か!既に抱えられてんのにわたしが体重を気にしてんじゃないかと思われたわね?思われたわよきっと!勘違いに気付いてどっきりした。どっきりドキドキが伝わっちゃってんじゃないかしら、なんかしぼむ。


 お兄さんはわたしを抱えて歩き出す。

 相変わらず勾配のある藪の中を苦もなくサクサクと歩を進める。


 

 しぼみながらも思い出す。

不摂生だっけ。

「休暇前の詰め込み仕事を数週間続けていたから不摂生だった・・・・かも。運動は嫌いじゃないしタクティカルトレーニングを受講していた時期もあったけれど、着任以前だから随分前だっけ・・・・。すっかり忘れていて役に立たなかったわ」

「意識せずに素のまま対処が出来てしまうような暮らしや仕事でなければそれが普通だよ、ねえさん」

 

 

 なんか軽いやりとりと成行きっぽいけれど、誘拐監禁されているわたしを助けに来てくれた。


 言葉を掛けられるも現実味が足りなくて表面的に言動と情動が応答している感じなのかしら。でも年下好きの成分は足りなくなっていないわね。


「シャワーを浴びたいな。」

ちょっとは現実味が戻って来ているのか、お兄さんのにおいは気にならないけれど、自分のにおいは気になる。

 さっぱりしたらホールのケーキーをフォークじゃなくておっきいスプーンで掘りながらばくばく食べたいな。

「・・・・おっきいアイスかケーキが食べたい」

 なんとなく思った事が溢れた。

「ああ、頑丈で大きなスプーンとケーキかアイスをスーパーマーケットで買って、その場で掘りながら好きなだけ食え。生きて安全な地域か祖国に辿りついたらな」


 ついぽつりと呟いたわたしに合わせるようにお兄さんが合わせる。


「・・・・帰国する事になってるんだ」

 さしたる感情のさざなみも起こらなかった。

 しかしお兄さんが言った事を理解はしていた。


「そうだが、帰国になるのかはまだはっきりしない。生きて安全な所に辿りついたらその時点で静養出来る住処を選定し、そこに直行する事になる」

「あの連中にとっつかまった事が原因よね。自宅に帰れないの?」


 直行する事が引っ掛かる。


「それは間違った認識だ。今は自覚が持てる症状が出ていないと思われるが、フラッシュバックとパニック発作の反応が現われるかも知れない事を前提に、大勢の関係者や知人、娘さん息子さんや家族に接する事でさえも大きな心の負荷になる事を踏まえて、帰宅は数ヶ月から年単位の先になるだろう」

「あらま、間違いなの?じゃあ休暇先の安全確保と収集されていた情報の更新が足りていなかった・・・・情報局と陸軍の両方から補償がそれぞれ出る感じなのかしら。後の祭りだけど直行出来る欧州に渡りたいってもっとゴネれば良かった。パニック障害じゃなくてトラウマの方なのね・・・・自前の療養だったら身内を巻き込んで困る事になりそうだし、まあ良いわ。」


 長期の海外勤務と割り切っておばあちゃんに娘と息子を預けておいて良かった。

 自覚症状が出ていない自分自身の状態についてはなんとも判断出来ないからサラッと流してこれまでの勤務や知見・成行きから大雑把な今後の予測が思い浮かび、端からつらつら喋った。

 


「どこか分からないけれど連合国軍の陣地よね?着いたら門番の人にアイスを食べたいって頼んでもいいかしらん?」

「司令部なぞに頼むなよ。でかいアイスクリームのバルクが出て来てそのまま抱え続ける事になるから、相手の所属を選ぶか遠慮してくれ」

「えーっ、手が霜焼けになる前に食べ切っちゃおうよ」

「・・・・おれにも食えって事か」


 困り顔にちょっとだけ嬉しそうな気配がしたような気がした。


 おっほほ、お兄さん、甘い物好きなのね。

 東洋の蓮花か丈夫で大きいスプーンを二つ用意して貰おうかしらん。

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