第10話 それから、三人のサムライ
「旦那」
声をかけられて小典は振り向いた。
「卯之介か」
卯之介が近づいてきた。
「桃鳥様がお呼びですぜ」
わかった、と言うと
「よく俺がここにいるのがわかったな」
と卯之介に問うた。
卯之介は、あるかなしかにの笑みを口にのぼらせた。
「あの日以来、たびたびここへ来られてるじゃございやせんか。誰にでも察しがつきますぜ」
ふふん、と卯之介の指摘に笑いでかえすと小典は上を見上げた。見事な蒼穹が広がっている。
「あの日は、空さえも見えなかった。そして、桃鳥様の言う通り、気配がしたんだよな」
桃鳥は、相手は必ず、ここだというときに盛大に気配を放つ。その時を狙えと言ったのであった。言うべき台詞も指示されていた。それが桃鳥の作戦であった。そして、小典が放った小柄は、見事に空中に突き刺さった。そう。何もない空中に小柄が突き刺さったのだ。途端に乱れる気配と悲鳴のようなものが響き渡ると全てが一瞬で消えた。一瞬で消えたのだ。壁はもちろん、三人を苦しめた、半透明の人型も桃鳥たちを呑み込んでいた物質も。
それっきり無言で空を見上げている小典に卯之介は言った。
「何か気になることがおありで?」
「ああ、あの気配がな」
「ふたつの気配を感じたってぇやつですかい?」
小典は頷いた。
「桃鳥様が言った通り、小柄が刺さった時、微かだがもうひとつの気配を感じた」
桃鳥は、この奇っ怪な事柄には、別に黒幕がいると言っていたのである。
「ひとつは、おそらく我ら三人と戦っていた奴だろう。もうひとつは、桃鳥様の言う黒幕だとは思う。だが、俺が気にしているのは、我らと戦っていたほうの気配よ」
真っ青な空には、千切れ雲がゆっくりと動いてる。微風が小典の頬をなでた。雑草が微かに揺れている。遠くで鐘の音が聞こえた。小典たちがいるのは何の変哲もない空き地である。ここで、あの悪夢みたいな戦いが行われていたとは到底信じられないだろう。
「桃鳥様が似ていたと仰っていた事を気になすってるんですかい?」
桃鳥は、全てが消えたあと、最初の気配、つまりは三人と戦っていた者の気配が小典と似ていたと言ったのである。
「ああ。実は、俺もあの時そう思ったんだ。いや……違うな。思ったんではなくて感じたんだ」
小典の脳裏にあの時の光景が甦る。
空中で突き刺さった小柄。激しく動揺する気配と遠くに感じる別の気配。しかし、小典の心と体は、流れてきた動揺する気配に全身で呼応していたのである。
これは自分である、と。
しかし、そこまでは桃鳥にも卯之介にも伝えなかった。理由はわからないが、そのほうが良いような気がしたからだ。
「……よし!行こうか」
小典は、歩き出した。卯之介は、静かに待っていてくれた。
「それで、桃鳥様のご用とはなんだ?また着物の袷につかう図案の相談か?」
「なんでも、髙気様から直々にご下知のあった事件についてとか」
「髙気様から?直々に?」
小典は嫌な予感しかしなかった。前回は、人を殺める柿について調べよ、との仰せであった。髙気様は、奇天烈な事件は小典たちに担当させようとしている節がある。いったい今回は、どんな無理難題をふられるのかを考えるだけで気が重くなった。
「ふぅ。致し方ない。卯之介、すまないがひとっ走り先にいって、小典、すぐに向かうと伝えておいてくれ」
卯之介は、「へい」というと風を巻いて走り去った。
小典は、卯之介の背中を見送ると後ろを振り返った。
雑草が生い茂るただの空き地があった。
「……」
意識せず言葉が漏れた。
なぜだかこれでよかったような気がした。見たことも会ったこともないもうひとりの自分とお互いこれでよかったんだと強くそう思った。
「さあ、桃鳥様が待っておられる」
呟くと歩き出した。
小典の背中を日光が照らし出した。一瞬キラリと輝いた。
了
鞍家小典之奇妙奇天烈事件帖~ダイアローグ~ 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi
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