第5話 変転するモノたち

「そっちはどうだ?どこか出られそうか?」

 小典は、背を向けている卯之介に聞いた。

「まったくもって、おかしな板ですぜ。コンニャクや寒天みたいだが、あるところまでくると鉄みたく硬くなりやがる」

 卯之介は、右の拳で半透明の板塀のようなものを押しながらいった。確かに、卯之介の拳があるところまでくるとその奥まではへこんでいかなかった。

 小典たちは、半透明な人型の化け物を退治した後、三人を閉じ込めている、これまた半透明の板塀のようなものをなんとか破壊しようと試みていた。

 小典たちがいる野っ原の縦横二十間ほどが、この半透明な板塀にスッポリと覆われているみたいであった。もちろん、空もだ。

 小典と卯之介は、この野っ原をぐるりと覆っている半透明の板塀に隙間や弱いところがないか調べている最中であった。しかし、わかるほどの隙間や弱いところはなさそうであった。

 小典がどうしたものかと途方に暮れているところに、飄々と桃鳥が歩いてきた。

「とっ」

 短い吐息を吐くと腰の太刀を一閃した。真横に払ったかと思うと、返す刀で唐竹割りに切りつけた。

 驚く小典の目の前で、半透明の板塀に十文字に切り込みが見事に入った。

「小典、見て」

 桃鳥が斬りつけた十文字の切り込みは、みるみるうちに塞がって、すぐに斬りつける前の状態に戻っていた。

「これでは、わたしたちが何しても無駄のようね」

 小典も認めざるを得なかった。しかし、このまま何もしないでいるわけにもいかなかった。小典は、腰の脇差しを抜いた。

「斬撃は駄目でも、刺突で穴を開けるというのはどうだろう」

 そう言って小典が構えたところ、桃鳥が片手で制した。

「見てなさい」

 桃鳥は、黒羽織のたもとに手を入れるとスッと抜いた。手から何かが飛んだ。半透明の板塀に黒い棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。そこに桃鳥が手を添えて、力の限り押し込んだ。一定のところまでいくと桃鳥の体が押し戻された。

「卯之介が試していた通りだわ。刀でやったら刀のほうが曲がるわね」

 桃鳥がその場をどいたので、小典もやってみた。棒手裏剣の端に手を添えて力の限り押し込む。なんとも形容しがたい感触が伝わってくる。柔らかいのに固い。矛盾する言い方だがそれ以外言いようがなかった。しかもその固さは、人の力でどうすることができるように感じる固さではなかった。

「ちくしょう!このままこの場に閉じ込められたままなんてまっぴらごめんだ」

 小典は、半透明の板塀を殴りつけていった。ガックリと肩を落とす小典に桃鳥が言った。

「小典、元気をお出し。おそらく、このまま閉じ込められるだけにはならないと思うわ」

「桃鳥様に何か妙案でも?」

「妙案はないわ」

「え?」

「聞こえなかった?妙案なんてないわ」

「では、どうして……」

「強いて言うならカンね」

「はぁ」

 小典は、桃鳥のあまりに突飛な理由に、気の抜けた返事しか出来なかった。

「あら?小典、わたしのカン働きを疑ってるの?卯之介のは信じてるのに?」

 素早く小典の心中を見抜いて、桃鳥がいった。

「いえ、そういうことでは……ただ、桃鳥様のカン働きは、今日初めて聞きましたゆえ」

「失礼ね。わたしだってカン働きぐらいあるわ」

桃鳥は、憤然とそう言うと卯之介のほうに振り返った。

「ねぇ。卯之介。あなたはどう思う?」

 卯之介は、上の方をジッと見ていたが、こちらの方を向いた。

「へぇ。あっしもそう思います。うまく言えないですが、誰かの気配がするんでさ」

「気配?」

「へぇ。ここにいる三人以外の気配が」

「そいつが俺たちを閉じ込めた元凶なのか?」

 小典の問いかけに卯之介はすぐには答えなかった。ややあって口を開いた。

「……いや。そうではないような気がしやす」

「そうではない?ではいったい誰が……」

「二人とも、どうやらお喋りはそこまでのようよ」

 桃鳥の言葉に、小典も卯之介も見た。先ほどよりも一回りは大きな半透明の人型が降ってきたことを―



 画面が暗転した。ちょうど、三人のサムライが祐正の放った敵を全て倒したところであった。

「これは手強いな」

 水晶のVRを外しながら、祐正は言った。しかし、同時に楽しさもあった。リアルなサムライの動きや表情や会話はもちろんなのだが、祐正が操るキャラクターたちがうまく連動できてないのがわかった。もっといろんなことが出来る、そうゲーム中に祐正は、感じ取っていたのでよけいに悔しかった。

「このサムライたちを倒すと次は?」

 ふと気になって、祐正は男に聞いた。祐正の問いかけに男は肩をすくめた。

「もちろん、次の展開がありますよ。でも、それはあなた次第ですね」

「……俺次第?」

「ええ。あなた次第なのです。このゲーム……まぁ便宜上そう呼んで差し支えないと思いますが、は決まったストーリー展開というものがございません。全ては、お客様次第なのです。ですから、この私も、その先の展開というものを知ることは不可能なのです」

 最近のゲームでは、複数のストーリー展開があるのは普通だし、珍しいことではない。しかし、決まったストーリー展開がないというのは、初めて聞いた。

「では、結局、俺が今見ているステージをクリアしてみないと、誰も次がどうなるかわからないってこと?」

 男は、大きく頷いた。

「!?」

 祐正は、ギョッとした。一瞬、男の顔の皮膚が浮いていたように見えたからだ。そう、ゴムマスクをかぶっているように。そして、その下に、何か見たこともないつるりとした黒い皮膚が見えた気がした。

「いかがしました?」

 笑みを深くした男が聞いた。

「い、いえ。何でもないです……」

 言いながら、横目で男の顔を見る。男の顔は、先ほどと何ら変わりないように見える。目の錯覚だったのか。しかし、祐正は、背筋に悪寒が走っていた。ふと、このままゲームを続けていいのだろうか、と疑問が持ち上がった。やはり帰ったほうがいいのではないのか。最初感じたその感情が今度は強く出てきた。

「えっと……あ、あの」

 思い切って、祐正は声を出した。とくに止めるとも帰るとも言うつもりはなかったが声を出すこと自体が重要な気がしていた。

「さぁ。ゲームの続きをおやりなさい」

「え?」

「途中で止めることはできないのですよ」

「……どういうことですか?」

「あなたはすでに%$&※%%▼△に同意したのです」

肝心な部分は、聞こえなかった。機械音と破裂音を混ぜ合わせたような音。聞いたことがない発音の羅列であった。

「ちょ、ちょっと待って下さい!いったい俺が何に同意したっていうんですか?何も同意していませんよ!」

祐正は、焦った。流行りの高額な商品を売りつける悪徳業者が頭の中に浮かんだ。やっぱりこの男は最初から怪しかった。自分の印象は間違っていなかった。変な物を売りつけられたらたまったものじゃない。祐正は、テーブルに水晶のVRを置こうとする。しかし、手がすでに水晶の中にのめり込んでいた。

「……ちょっと、これ」

 祐正は、男を見た。男の目が怪しく光る。こころなしか首が傾いていた。

「言ったはずですよ。途中で止めることはできないって」

「そ、そんなバカなことって……」

「さぁ。続きをおやりなさい。あなたにはそれしか選択肢がないのですよ。さぁッ!」

 微かに水晶のVRが動いたかと思うと、祐正に向かって猛烈な速度で向かってきた。視界が暗闇に包まれた―







 








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