第85話 今年もこの時期です2

「説明はここまでにして、やってみようか。」


父達の方に意識を戻すとどうやら身体強化の実践に入るところだったようだ。


「まずは右手に集めろー。」


「はい。」


目を閉じて集中するルーシェちゃん。

前に伸ばした手に魔力が――


「嘘だろ……」


そう言ったのは父か僕か。

ミリアちゃんはぽかんと口を開けて動きを止めている。


「て…天才じゃないか。最初からあれだけ集められるなんて。」


魔力操作の練習を積んでいる僕たちはミリアちゃん程とまではいかないが

ある程度は人の体内に流れる魔力の動きが把握できるのだが……

その感覚からすると、ルーシェちゃんが集めた魔力の量は

今の僕たちが集められる量よりちょっと少ないぐらいだった。


今までの僕たちの努力は何だったんだ。


どうしてもそんな思考が浮かんでしまう。


「おい、何やってるんだ。」


ちょっと落ち込んでいたそのとき、そんな父の言葉が聞こえてきたと思ったら

銀色の影が突っ込んできた。


「あぶねっ。」


咄嗟にその腕を掴み、跳んでくる勢いを使って彼女の体勢を崩し

後方に流しつつ投げる。

投げた先は偶然草の濃いところで、

さらに、しっかり受け身を取ったらしく怪我はないようだ。


「これでもだめか。

リベンジ失敗。」


体を起こしつつつぶやくルーシェちゃん。

何が起きたのだろう。

父に目線で問うと


「ルーシェちゃんが急に脚の強化を始めたと思ったらおまえの方に跳んでいってな。

正直俺も反応出来んかった。よく止めたな、アヤト。」


脚の強化?それで跳んでくる?

なんでもうそんな事出来るんだよ……

その才能に嫉妬を通り越して呆れが混じってくる程であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昼食休憩時、ふと疑問が浮かんだ。


「ディーさん、レンさん達はなんで来なかったんですか?」


「なんか今日は討伐依頼がてらに自主訓練するって言ってたな。」


「そうなんですか。久しぶりに会いたかったんですけどね。」


「そうだったか。すまんな。ちょっと前までこっちにこれなかったからな。」


今は拠点をこちらに移した暁の旅団だが、

それに関していろいろごたごたがあったらしい。


そのうちの一つを取り上げるとすると、ギルドのことだ。

ギルド登録者には所属支部というものが設定されている。

これは、拠点としているところのギルド支部にされることが多い。

指定依頼でギルドがパーティーを選定するときは、

基本的にその支部所属のパーティーを選ぶ。

その関係上、それぞれの支部はできるだけ実力者を逃がしたくないのだ。


そのため、今回のディーさん達の場合、公都の本部が渋っていたのである。

さらに、移転先の村は依頼の少ない小さな村ときた。

そのため、侃々諤々かんかんがくがくの議論の末、

ようやく暁の旅団の所属は、このアルヴ村から西にある、この辺りをまとめている町、

トリスタ町の支部に決まったのである。


ギルドの事だけでもこんなに面倒なことになっていた上に

他にもいろいろあったため、結局こっちに来るのはついこの前になってしまったのだ。

だから、今日は久しぶりに暁の旅団のみんなに会えると楽しみにしていたのに……


まあ、無理だったものを気にしていても仕方が無いので、

気持ちを切り替えて、最近の情勢などの会話をしていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る