猫カフェのコーヒーとしあわせの味

留戸信弘

第1話

「好みのタイプ?」


 お弁当をつつく手をとめて、ともちゃんのニコニコ笑顔を見る。

 制服を崩さず髪も染めず、薄ら化粧で明るく元気という清楚モテ要素があふれんばかりの女子高生がともちゃんだ。優しく楽しく、魅力的な笑顔を浮かべる。


「むっちゃんのそーゆー話ってあんまり聞いてなかったでしょ? 教えてよー」

「ふむん。そういえば話した記憶ないね。好みのタイプか……」


 箸をくわえながら記憶を探る。そういえば箸をくわえるのって無作法なんだっけ。

 ……と、こんな益体やくたいもないことが先に思い浮かぶ程度には、色恋とは縁のない人生を送ってきた。華の女子高生としていかがなものかと自分でも思う。

 しかし恋愛だけが女子の人生ではないのだ。ないのだよ。


「しいて言うなら! ヒントでもいいから!」


 ぼんやり思い浮かんだ面影を口にする。


「猫っぽい人……かなぁ?」

「おお! 猫! 猫系男子!! た、例えばどんな人!?」


 私がびっくりするくらい食いついてきた。驚いた拍子に本音が漏れる。


「ロシアンブルー?」

「え?」


 え?


「え、ゴメンどういう意味? あ、そういえば猫って種類で性格違うんだっけ……?」

「そ……」


 そりゃそうだ通じるわけがない。


「そうそう! アメショーは無邪気でイタズラ好きとかね! ロシアンブルーのクールだけど甘え上手なところがね!!」


 ちなみにリアル猫の性格など知らない。でまかせだ。

 私の笑いは引きつっていたと思うけど、ともちゃんは首を傾げつつうなずいてくれた。


「そうなんだ。見た目の好みはあんまりないの?」

「たぶんね。人に惚れたことないから分からんけど」

「ひゃー。孤高でクールだねぇ。むったんこそ猫っぽいよ。かわいいところとか!」

「ありがと。でもともちゃんのほうがかわいいよ」

「やだもーお上手! ……そーお? うふふーうれしーい!」


 頭に手を添えてくねりっと腰をひねる。豊かな胸がえぐい感じに制服を盛り上げてとっても不健全。

 かわいいひとだなぁ、と思いながらコーヒーをすする。

 ま、缶コーヒーだけど。


 -§-


 さて。

 学校の課程を終えると同時に、私は大急ぎで帰り支度を整える。


「むっちゃん、今日帰りにパッフェーを……あ、今日バイトだっけ」

「そ! パフェはまた今度ね」

「パッフェー楽しみにしててね! オススメだよ!」


 素敵な発音をプッシュしてくるともちゃんとオサラバして、下校を急ぐ。

 ここまで急ぐのはシフトの問題だけじゃない。

 ひと気のない路地裏のゴミ捨て場。そこに、なぜかいつまでも打ち捨てられたままの、古い洋風ドアがある。重たく、壁に立てかけられただけのドアだ。

 周囲に人がいないことを確認して、私はドアノッカーを打つ。


 カーン――……


 耳に音は聞こえない。

 木材に染み入るような、音のない音色がドアいっぱいに響き渡る。するとドアノブは手ごたえを生み出す。

 ノブをひねって、蝶番の軋むドアを開ける。


 からんら、


 コーヒーの香りがしみ込んだ木造の匂い。ドアに掲げられた鈴が鳴った。

 黄昏の垂れる、この世ならざる魔境の扉。


「来たか、睦」


 しっとりと低い声が出迎えた。

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