コンテニューとか聞いてません

「──痛!! なんだよこれ。と言うか、どんな状況!? なんで、俺血だらけ!? つか、なに!? え!?」


 驚きのあまり、上擦った声で鼻白みながらも彼は自分の体を隈無く見渡す。

 その状態はとても健全とは言えない。もし、これを一言で片付けるなら『グロテスク』が妥当だろう。

 何せ、額まで伸びた黒い髪は血糊で塊り・割れた眼鏡から覗く目や鼻、穴という穴からは血が吹きだした状況だ。そして、そんな状況になりつつも元気な声が出ている自分が訳が分からない。

 死んでいてもおかしくないのに、意識がある自分が逆にキモイ。

 その真っ只中に居る男性。友樹祐也ともきゆうやは、パニックを起こし、もはや雛〇沢症〇群を起こしそうな雰囲気で叫ぶ。

「つか、ここどこだよ!!」

 真っ黒い部屋としか例えようがない空間は腹ただしい。いくら叫んでも、声は響くこともなく吸い込まれる。

冷たいだとか、暖かいだとかそんな感覚もない。一見して、何かに閉じ込められている感覚すら覚える。閉所恐怖症へいしょきょうふしょうの持ち主なら正常では居られないだろう。

常人の裕也ですら今にも、この悪意に満ちた部屋を提供した誰かに苦情電話を入れてやろうかと歯ぎしりをするぐらい平常心を欠いているのだから。

 と、此処で指パッチンが響いた。

その音に野生動物の如く反応をしめす。他に誰かがいると言う感情は、今の状況で途轍もない安堵感を用意してくれたのだ。

 “ピカん”と、あたかも最初から用意されていたかのようにライトが一箇所を照らすとそこには椅子に座った女性が居るではないか。

 しかも、周りが暗い故に良く見える女性は美しい。

 人間離れした真っ白い髪・雪のような真っ白い肌・これまた、澄んだ水のように神秘的な薄青い瞳・真っ白いワンピースの様な服から覗かす四肢は細い、にも関わらず座っていても出る所は多少なりと出ていると分かる。要するに。


 ──な、なんだ。このスタイル抜群な美女。でも、でも・でも・でも!!


美女は、その風格を台無しにするかのように、片手いっぱいにスナック菓子を掴むと小さい口に盛大に放り込む。

一枚一枚ならば、まだ可愛げがあるのだが、さながら大男の食いっぷり。頬には食べカスすらついている始末。もう、見る目は下品でしか無くなるのは決まりきっていた。

裕也は、三次元離れした美女が二次元離れした意地汚さにショックを受けつつも両手を前に出し“ワナワナ”とさせながら叫んだ。

「菓子をボリボリ貪るなよ!!」

 裕也が、盛大に突っ込みを入れると、スナック菓子をボリボ──と間が開いた。そして、最後の一噛みである『リ』をやり終えてから爆笑を足をバタバタさせて行う。


「あ、これ? 限定商品なんだよねぇっ。神様の世界は狭い様で広いのよッ! と言うか……プッ!! なになになに!? 血を撒き散らしながらとか新しいギャグですか!? プププーッ!!」


 ──こいっつ!!


 裕也は初めて女性に対して殴りたいと言う衝動に駆られながらも、イライラと声を震わせつつも聞き流せなかった言葉を繰り返した。


「神様が、なんだって??」


「は?」


 突っかかる偉そうな態度。鼻につく言い方。初対面にするような行為じゃないそれは裕也の拳を必殺に変えそうになる。


 ──静まれ、鎮まれ、俺の右、手……ッ!!


 何せ、裕也はまだ厨二が抜けきれていない十五歳。


 彼女は、そんな事を梅雨知らずヒールを“ツカツカ”と鳴らし近ずいてきては、甘い香りをふんだんに撒き散らしながら目の前に膝を抱えながら座る。

スナック菓子が頬に付いているが、そんな事よりも近い距離にいる女性に対して裕也は“オロオロ”と目を泳がす。さっきまで感じていた怒りも、異性に対しての緊張感に押し流されていた。

女性は、油っこい匂いを吐き出しながら、油で艶やかになった唇を舐め取りつつ青い目を伏せ気だるそうに言う。


「え? なになに? 自分が何があったか覚えてないの??」


「ん? ごめん。全く分からないんだけど……」


 間髪入れずに素直に裕也が答えると、彼女は額に右手を添えると左右に振りながら溜息を零す。

 見るからに気だるそうな態度は嫌悪を抱かずには居られない。

だが、そんな事を気にもしない女性は、嫌味ったらしく話を続ける。

「……うっそ、マジかぁ……。自分が死んだのも思い出せないとか、一から説明?? めんどい奴じゃん……やだやだ……」


「あの、心中を吐露しすぎかと……。流石の俺も──ッて、死がなんだって??」


 何かを知っているであろう、彼女を殴るのは後にしようと決め、下手に出ると言う社会人になる上での必須奥義を炸裂させる。

 すると、彼女は眉を顰め目を細めると指パッチンを再びした。

「口頭で説明はめんどいから、これをみといてッ」

 どこからとも無く現れたビジョンには学ランを着て玄関を出た所の男性。無造作に生えた黒い髪の毛に冴えない顔、それを隠すようなデカめの黒縁メガネ。身長は、日本の平均の百七十三センチで体格も平均値を取っていた。なぜ、この男性の詳細を詳しく分かっているのかといえば、本人。そう、友樹祐也が映し出されていた。


 ──と、盗撮!? 誰だよ、俺のファン! 誰だ!?


「って、あ……」

 なんと、目の前の友樹祐也は坂を下った道端の段差に躓く。

 視界も悪いT字路に差し掛かった所だったが、どうにか転ばずに体制を立て直した所だった。

 我が子を見守る親の感覚で裕也はホッ安堵をする。

 ──刹那。

 “パパパーン”と、高い音。クラクションが鳴る。

「──あ、ありゃ……」

 道路の真ん中で体制を立て直した裕也は豪快に吹き飛ぶ。犯人は大型トラックだ、殺られた裕也は壁に思い切りぶち当たり崩れ落ちた。

 ──こりゃ、死ぬしかないじゃん。と言う事は、

「此処は死後の世界??」

「──当たり前じゃないの。と言うか、暗闇で自分が血だらけってわかること自体おかしいとか思わなかったの? 馬鹿なの? アホなの??」

「おま、混乱に乗じて気に食わないやつ崖から突き落とせる悪女だろ??」

 引き攣り気味に裕也が遠い目で本音を穿つと木製の椅子に戻っていた彼女は椅子の上にヒールを態態、乱雑に脱ぎ捨て立ち上がる。すると、ライトも逃さまいと、後を追う。


 ──誰だよ、ライト動かしてるの。大変だなおい。


「悪女とは、失礼な! ま、混乱に乗じなくても私なら殺っちゃうけど──」


「そっちの方がこえーよ!!」


「私は女神よ! 女神リュシエル!!」


 両手で高らかに天を扇ぎ、仰ぐ。

 荘厳たるものをだしたかったのだろうが、先程までの言動が前科となり説得力は皆無。

「──プッ。良いから、本当の女神を呼んでくれよ。前座はもういいよ。そりゃあ、良く場を盛り上げる為に前座はあるけれど……そーゆのはもう良いんで」

 地べたに座る裕也は、右手を前に翳すと手のひらでリュシエルと名乗る女性の間に壁を作り、冷たい言い方をした。


 すると、さっきとは打って変わった態度で、崩れ落ちそうな歪んだ表情で近づいてくるではないか。


「まって!! 何よそれ! 酷いじゃない!! ねぇ、私そんな女神に見えない!? ねぇねぇ!!」

 学ランの袖を引っ張り、無雑作に裕也を揺さぶる。脳みそが“グラングラン”しながらも、フンと力を入れて力尽くで止まる。

 そして、さっきまでの仕返しと言わんばかりに振りほどき毒舌に毒舌を重ねた。

「見えないも何も、何も感じないんだよ。分かるか? 女神とはおおらかで神妙で美しく、そして死をいたわる儚い表情をする。お前みたいな偉そうでふてぶてしい態度で登場する女神なんかゴメンなんだよ!!」


 全ては、アニメの影響だと加えておく。

 しかし、その言葉はリュシエルに多大なダメージを負わしたのか、美しい薄青い瞳は波打つ海のように歪む。


「う、うにゅ……酷い──だ、だって父上が……」


 ──流石に言いすぎたか? まあ、確かに女性に対して強く言いすぎたかもしれない。


 ヤレヤレと、裕也はフォローを入れるべく言葉を発した。


「──因みに、その親父からはなんて言われていたんだ??」


「『人とは、下等な生き物だ! 神を馬鹿にされぬように偉そうにしておれ! いいなリュシエル!!』」


 親父の真似をして言っているのだろうが、正直うざったい。

 そんなことを思いつつも、

「親父の影響じゃねえか!! 従順にこなしすぎだろ!!」


 顔を赤らめ、口を紡ぎながらリュシエルは上目遣いで裕也を見ながら言う。

「う、煩いわね!! それでも、他の人間は私の誘惑に負けてへーこらと従ってきたのよ……ッ!!」


 ──ゆ、誘惑だって……!? 何それ詳しく……!!


 思わず、女の子座りをするリュシエルの服から覗かすきめ細やかな肌色の細い太ももをチラ見する。


 堪らず喉を鳴らすと、リュシエルは足を”キュッ”と引き、距離を取り下卑た者を見る目で裕也を見つめた。


「ちょ、あんた。何を考えているの?? 変態! 顔面痴態に加え内心も醜態とか救いようがないわね!!」


「え!? ちょ! 顔面痴態とかないから! 内心醜態とか酷いから! 俺は優しい人間だから!!」


 再び血を撒き散らしながら、両手で地面を叩き必死に惨めな反論をするとリュシエルは溜息混じり言った。

「はあ、まあいいわよ。いくわないけど、話を進めましょう。あなた……裕也には異世界に行く権利があるの」


 ──な、なんだ……とッ!!


「うんうん、気になるわよね!! そこは、魔法と剣で平和を掴む世界。魔王に牛耳られた暗澹に射す一対の光に成る事を貴方は許されたのよ!! 女神によって!! フフン。どう? 私、女神でしょ!? 女神やれてるでしょ!? 女神にしか見えないわよね!!」


 ──まだ、気にしてんのかよ……。


「いや、一言いいか??」

「ん? なになに?? 魔法や剣なら女神特権で凄いものをあげるわよ!!」

「いや、さ?」

「何よ、じれったいわね!」

「──安っちいプロローグだな。全くそそられないんだが……」

「…………」

「…………」

「──私女神やめるもん!!」


 立ち上がり、歩いて何処かに行きそうなリュシエル。

 裕也は、必死に引き止める。何せ、この空間の脱出方法を全く知らないのだ。

 故に、何も考えずに声に出す。

「わあかた!! わかた! 行く! 今すぐ行く! 異世界行ってオラ魔王倒して、あの子と結婚する!!」

 すると、リュシエルは“クルリ”とワンピースを踊らせながら振り返り、目をキラキラとさせて喜ぶ様子で浮ついた声で裕也に言った。


「ほんと!? 本当ね!? やったわ!! 初めて私一人で説得できたわ!! ──と言うか、それ死亡フラグよ??」


「ああ、もう何でもいいから早くしてくれ。と言うか、早くこの面倒くさい場所から解放してくれ」


「フフン。分かったわ! じゃあ、貴方には最強の魔術をさずけましょう!! 女神の魔力を提供する女神にしか出来ない高等魔術よ! 感謝しなさい! 今日の私は機嫌が良いの!!」


 リュシエルは、ハキハキと言いつつ近づくなり柔肌の冷たい両手で裕也の顔を包むと瞑想をし始めた。


 めんどいとは思っていたが、アニメらしいプロローグに少し心が踊る。

 動悸は素直に早々と脈を打ち、それは新しい見たことも無い世界に対する緊張からか。それとも、目の前、僅か数十センチの距離にある綺麗で小さい顔に対してなのか。

 薄ピンクの潤んだ唇から意図的に目をそらしながら裕也は思う。


 ──ぁあ、彼女欲しい。異世界ったら、ハーレムだよなー……。


 淡い光が裕也を包み、揺り籠の中に居る感覚は“ウトウト”と深い眠りへと誘う。

「──あ、れ? 視界、が……」

 暗くなるのではなく、何かに引き込まれる感覚を覚える。

 脳内には、色々な記憶が走馬灯のように駆け巡って行く。ここで初めて裕也は本当の意味で死を理解した。

 そして、同時に寂しくも悲しくもあり、父や母に罪悪感を感じる。そして、仲の良かった幼馴染みを残してしまった事を後悔する。


 だが、そんな感情を慰める様に優しく暖かい風に頭を撫でられる感覚に目を覚まして裕也は叫んだ。

「──おい。なんだよこれ。と言うか、どんな状況!? なんで、俺血だらけ!? つか、なに!? え!?」


「ゴメン、何か間違えて転移じゃなくて転生しちゃったみたい……テヘッ」


「──おい」

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