○ morning
いつものように、時間ぴったりにやってきたバスに乗り込んだ。
静かな車内には少しの気怠さと憂鬱が、朝の空気に漂っている。
ポケットに忍ばせたスマホにイヤホンを挿す。
耳にあてたそれから流れ出すのは、好きになれない流行りの曲。その曲を歌っているのはなかなか名前を覚えられない歌手で、その歌詞は現実味のない言葉の羅列。
流れていく窓の外の景色を見ながら、ぼんやりと朝だなと思う。
曲のサビで高らかに歌われる、吐き気のするような理想論。
なぜ皆、この曲が好きなのだろう。私にはまったく理解できないし、したくもない。
歌詞は耳から抜けていくのに、音は両耳に残ったまま、脳内でエンドレスに鳴り響く。
耳障りではあるが、ないよりマシだ。
この曲でも流していないと、狭いだけの密室を満たす静けさに耐えられそうにない。
はあ……と吐いたため息は空気さえ震わすことはなく、消えて行く。後に残るのは僅かに増した憂鬱だけ。その事実に気が滅入る、気怠さが増す。
3、4分ほどの曲が鳴り止み、少しの沈黙の後、別の曲が再生される。
聞き覚えのあるような、ないようなメロディ。
何の曲だっけ、記憶を手繰りああ、そうだ、と思い至る。最近、何かと話題のアイドルの曲。意味なんてあるようでない、薄っぺらい歌詞。
どうしてこんな曲しか流れないのだろう。このプレイリストを作った過去の自分に腹が立つ。
スマホをポケットから取り出し、リストを確認する。
『プレイリスト1』という何の捻りもないリストの中の曲は、すべて最近の流行りのものだった。どれもこれも、自分の趣味ではない。
一つ一つの長さは3、4分、長くてもせいぜい5分ほどだが、それが10以上もある。
それを黙って聞いているか、車内の沈黙に耐えるか。
あまり考えることもなく、音楽の再生を止めた。ついでにスマホの電源も切る。
間もなく訪れた沈黙には、イヤホンをしたままで乗り越えることにする。
相変わらず静かすぎるくらい静かな車内に、気怠さと憂鬱が立ち込めている。
だけれどもそんな空気が、この朝という時間には相応しい。
静けさに潜む揺らぎに耳を澄ませ、軽く瞼を閉ざした。
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