○ 朝靄の刹那

 唐突に、ワタシの意識は眠りから醒めた。


 目の前がぼやけているのは、朝靄あさもや所為せいらしい。


 ようやく長い眠りから解き放たれ、自由になれたのか。


 ──いいえ、どうやら違うみたい。


 ワタシは、今、この瞬間、朝靄が出ている僅かの合間だけ、自由になれる。


 この朝靄が消えると、ワタシはまた、いつ終わるとも知れない長い永い時間を、眠りに囚われ過ごすのだろう。


 もしかすると、これが最後かもしれない。


 ならば、今だけは。


 今だけは、言わせて。


 この一度きりだから──……。


 ワタシは目を伏せて、ある人を想い浮かべる。


 その人はワタシにとって大切な人。


 かけがえのない、人。


『ワタシは大丈夫……ワタシはアナタの傍にいれただけで……アナタが生きていたという、その事実だけで……』


ワタシは、シアワセでした──。


 紡いだワタシのコトバがくうに溶ける。


 あたりに、静寂だけが広がっていく。


 消えていく朝靄の中、ワタシの意識は再び、眠りに囚われていく──……

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