○ 星

 昔々のお話。

 森に、それはそれは美しい少女が住んでおりました。

 毎日、蝶や動物とたわむれ、風の声を聴き、森を駆けておりました。

 他の人間は誰も入らないその森に、ある日、一人の少年が迷い込んできました。

 体中傷だらけのうえに、どうやら記憶まで無くしてしまっているようでした。

 そこで少女は、少年の傷が治り、記憶が戻るまで、一緒に暮らすことにしたのです。

 二人は毎日、蝶や動物と戯れ、風の声を聴き、森を駆けました。

 そうして数年が過ぎた頃、ついに少年は記憶を取り戻したのです。

 少女は喜びましたが、少年は悲しそうでした。

 どうしたのか、少女が少年に尋ねると、彼はこう答えたのです。

「自分がこの森へ来たのは、“魔女”と噂される少女を殺すためだ」と。

 そして、

「自分が森へ入って数年っても帰って来なければ、村の人間たちが森を焼き払う」と。

 数年の間、一緒に暮らすうち、少年は少女に想いを寄せておりましたので、何とか助けたい、と考えました。

 満月の夜、少年は少女と一緒に森を出ることにしました。

 しかし、運悪く、その日、森に火が放たれました。

 森の中を二人は手をつないで、走っておりました。

 ゴウゴウ、パチパチと、音を立てて燃え盛る炎は、森を呑み込み、二人を追い掛けます。

 動物や風や森が悲鳴を上げているのを聞いて、少女は泣き出しました。

 それでも走っていた少女ですが、不意に、足を止めました。

 不思議そうに振り返った少年に、少女は泣きながら言いました。

「ごめんなさい。私は森を護らなくちゃ。みんなを助けたい」

 そして、少女は少年の手をそっと離し、森へ向かって歩き出しました。

 凛と背筋を伸ばし、振り向くこと無く、真っ直ぐに。

 少女の姿が、紅い炎の向こうへ消えようとしたとき────………。

 少年は、少女の後を追って、森へと駆け出しました。

 やがて────少年と少女は、星空へと昇って行きました。

 二人が昇った後、晴れ渡っていた空は雲に覆われ、優しい雨が森へと降り注ぎました。

 その雨はしばらく降り続き…………森を覆っていた炎は、すっかり消え去ったのです。

 その後、少年と少女が二人で暮らした年月よりも長い長い時間が過ぎ────森は、元の姿を取り戻したのです。

 村ではこう言い伝えられております。

「二人は夜空に輝く星になり、今でも森を護っている」と。

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