西天の長波 ~女傑王玄策の天竺行~

kanegon

第1話 西からの風

 遠い背後の順天門の門楼から暁鼓の音が響く中、勿体ぶるようにして東の空から朝日が昇り、夜を追い払いゆく。


 王玄策はその朝日を全く無視して西の天を見上げた。


 風は、西から吹いてくる。

 頭の高い位置で馬の尻尾のように結わえた長い髪が、黒い波となって風に靡くのを、王玄策は左手で軽く抑えた。


「まさに吉日。使節団の出発に相応しい好天よね?」


 貞観21年。西暦でいうところの647年の吉日だ。

 今の王玄策の陶鈴を転がしたような涼やかな声は、誰に向かって言ったものだろうか?


 王玄策の隣に立つ蒋師仁には判断しかねた。だが、蒋師仁が横目で王玄策の様子を窺うと、王玄策もまた長い睫毛に彩られた大きな黒瞳で蒋師仁の方を窺っていたので、先ほどの発言も蒋師仁宛てだったのだろう。


「はい、そうですね。天竺までの道のりは長いですが、皇帝陛下から賜ったこの副使の大役、しっかり果たしたいと思います」

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