戸締りは忘れずに

@wirako

第1話

 やあ、こんばんは。ははは、突然の訪問だから驚かせたかな。いや、無性に君に逢いたくなってさ。夜遅くだけど、こうして家まで来ちゃったよ。勝手に入っちゃったのはごめんね。


 窓、開けてるんだ。あー、涼しいなあ。もうすっかり秋の風だ。汗っかきの僕からすれば万々歳だよ。でもちょっと部屋が冷えてるみたいだから閉めさせてね。


 それにしても、リビング散らかってるね……。たまにテレビで、自分の部屋を片づけられない女の子が特集されてるけど、君もそうだったなんて意外だよ。会社ではあんなに清潔感があって、仕事もテキパキできるのに。人は見かけによらないね。


 でもスピリチュアル系が好きなのはやっぱり女の子だなぁ。棚の上にはお守りやお地蔵様の小物が並んでるし、エジプト十字のアンクもあるんだね。天使の絵画も飾ってあるし……壁いっぱいの護符は、若い子の間で流行ってるのかな?


 あ、お茶はいいよ。お構いなく。今夜は君に逢えただけで満足なんだから。


 ところでこのマンションって古びてるせいか、どことなく不気味な感じがするね。もしかして、いわくつきだったりする? そのための護符なのかな?


 ここに来る間も、なんだか植え込みがむわっと鉄臭かったし、エレベーターに乗ってる時はじぃーっと誰かに見られてる気がしたし、降りたら降りたで階段から裸足の子供が走るような音もしたし。ぺたぺたぺたぺたっ……って。おっと、ごめん。怖がらせちゃったね。


 でも戸締りはしっかりしないと、本当に幽霊にみつかれちゃうかもよ。ついさっきだって、ドアがすんなり開いたもんだからびっくりしたよ。いくら田舎出身で鍵をかける習慣がないからって、若い女の子の一人暮らしでこれは不用心過ぎるなぁ。


 いいかい。鍵をかけるっていうのはね、とても大事なことなんだ。その行為自体が霊を拒む一種のまじないになるからね。


 君なら知ってるだろうけど、昔から日本では家に魔除けのまじないを施してたんだよ。たとえば沖縄のシーサー。あれは、家に忍び寄る魔物を追い払う守護神なんだ。屋根の上に置かれることが多いのは、あのおっかない目で遠くまでにらみをきかせるためなのかもね。


 料理で使う塩も、まじないの道具として重宝されてるんだよ。僕の実家では盛り塩を玄関に置いてた。おばあちゃんが迷信深くてね。そういえば、畳の間には刀も飾ってあったなぁ。切れ味の鋭い刃物は邪気払いの効果が望めるんだって。ハサミや動物の牙にも似た効力があるみたい。


 もちろん人間相手にまじないの力なんて、なんの意味もないけどね。シーサーに睨まれたところでどうにかなるわけじゃないし。


 だからこそ、戸締りには注意しなきゃ駄目なんだ。魔物だけじゃなく、人間の侵入も同時に防げる一石二鳥の防衛策なんだから。



 それをおこたると、僕みたいなストーカーが入ってきちゃうからね。



 おっと、騒がないでね。少しでも声を上げたら、このナイフで、刺すから。


 でも面白いよねぇ。悪いことをしてる僕が、魔除けになる刃物を武器にしてるんだもん。神聖な道具が犯罪に使われるなんて笑っちゃうよ。本当に危ないのはやっぱり、幽霊よりも人間なんだよね。


 ……くふふ、大人しいね、ずっと黙っちゃって。


 そうだよね。怖いんだよね。深夜に上司がいきなり部屋に上がり込んでナイフを向けてきたら、誰だってそうなるよ。まっ、怯えた君も可愛いけど。


 僕はね、ずぅっと君だけを見てきたんだよ。つぶらで愛くるしい瞳に、ぷるんと艶やかな唇。抱き締めたくなる華奢きゃしゃな肩。甘い香りのする茶色い髪。スーツにくっきり浮かぶ桃尻。そして、おっきなおっきなおっぱい。


 君は僕の理想だ。最高の女性だ。何度振られたって諦め切れないよ。君を僕のものにしたい。僕だけの君でいてほしい。僕も君だけの僕でいる。僕たちは二人で一人。運命共同体さ。そう、これから僕たちは一つになるんだ。


 ああ、たかぶるよ。体中で血がたぎってる。頭も、心臓も、アソコも爆発しちゃいそうだ。でもこれから君が全部受け止めてくれると思うと、僕は……あ……ああぁぁ、ぁぁ、ああああぁぁぁぁ――


 あっ……!


 …………。


 ……。


 ごめんね、一人で先に果てちゃって。君のことを考えると、いつもこうなっちゃうんだ。おかげで女子社員からはイカ男ってあだ名でバカにされる始末だよ。それでも、こんな格好悪い僕に優しくしてくれる君が好きだよ。大好き。愛してる。


 さて、と。部屋もやけに冷えてることだし、そろそろ体を温め合おうよ。


 じゃあ、まずはその服を脱いでもら……待って! せっかくだし、僕がナイフで少しずつ切り取っていこう。そっちの方がお互いゾクゾクするでしょ? いやぁ、我ながら名案だなぁ。ではさっそく……。


 ん、どうしたの? こっちを指さしたりして。顔になにかついてる?


 後ろに幽霊がいる?


 …………。


 ぷっ、はははは。かわいいこと言うね。愛おしい、ってこういう気持ちなんだなぁ。


 残念、逃がさないよ。


 僕が振り向いてるうちに助けを呼ぼうとしてるんでしょ。でも鍵は上下共にかかってるし、ドアチェーンもしてある。逃げたって必ず追いついちゃうよ。だから、ね。もう指をさすのはやめようね。


 …………。


 ……あーもうっ、分かった。分かったよ。一瞬だけだよ。一瞬だけ振り向いてあげる。そしたらちゃんと言うこと聞いてね。じゃあ、いくよ。


 三秒前……にぃーい……ふふ……いーち……


 ぜろ。はい、振り向いた。


 ほらぁ、どこにも幽霊なんて――




 えっ。




◇◇◇




『八日午前九時ごろ、東京都○○区××町の十階建て集合住宅四階の部屋で、△△製薬株式会社の男性社員□□□□氏(39)の遺体を、隣室の住人が発見した。事件が起きた部屋に住む女性は、氏によるストーカー被害に悩まされており、七日は仕事終わりに気分転換として群馬県の旅館に宿泊していた。

 出社前、女性は用心のため部屋にカメラを仕掛けていた。その映像には、八日午前零時ごろに氏が部屋に侵入し、急に倒れ込む模様が記録されていた。司法解剖によれば、死因は心臓麻痺。だが氏に持病はなく、映像には不可解な点もあるため、警察は慎重に捜査を進めている。――』


「税金の無駄遣いね。捜査したってなにも出てこないのに」


 ビジネスホテルの一室でニュースアプリに目を通した私は、腰かけているベッドにスマートフォンを放り投げた。真っ赤なカバーに収められたそれは、朝日の降り注ぐ布団の上で軽やかに跳ねた。


 計画は万事上手くいった。上手く行きすぎて怖いくらいだ。


 まさか、霊を利用した殺人が実現するとは。


 いつも周りから、要領の悪さで陰口を叩かれていた哀れな上司。見ているとこちらまでみじめな気持ちになり、少しでも優しく振舞ったのが失敗だった。それからというもの、毎日鳥肌が立つような視線で体を舐め回され、干乾ひからびたミミズのごとき字をしたためたラブレターを数十枚と送りつけられ、最近ではとうとう帰り道を尾行されるまでに行為がエスカレートした。


 せっかく入社できた大手の製薬会社を辞めたくはなかった。けれど、上司を訴えることもできなかった。ああいうタイプの人種は、怒らせるとなにをしでかすか分からない。たとえ逮捕されても、出所すれば地の果てまで私を追ってくるに違いない。蛇のごとく執念深い元カレに悩まされた経験のある私には、そんな頭の痛くなる確信があった。


 だから殺すしかなかった。元カレのように。とはいえ、できれば自分の手は汚したくない。やはり殺人のリスクは甚大だ。幸いにして前回は運に助けられたが、二度も警察をあざむくのは不可能に近い。彼らの優秀さも嫌というほど味わった身としては、いかに不屈のアリバイのもとで上司を抹殺するか、という殺人プランを練る必要があった。


 私が苦心していたある日、隣室に住むホラー小説家の女性との立ち話で、私たちの住まうマンションにまつわる噂を教えてもらった。


『このマンションには、怪異が棲みついている』


 怪異。それは私にも、嫌というほど心当たりがあった。およそ一年前、私は神仏系の骨董品こっとうひん収集が趣味だった祖父の遺産である、十階建て分譲マンションの一部屋に居を移した。以来、肝の冷える出来事に相次いで見舞われるようになったのだ。


 引越し祝いのピザを届けにきた配達員が、エレベーターにピザだけを残して姿を消した神隠し事件。


 真夜中にもかかわらず、裸足の子供が外階段を駆けずり回っているような得体のしれない足音。


 空き部屋なのに時折ドアが開いていて、室内から童謡を歌い続ける老婆の声がする103号室。


 エントランスにある郵便受けの隙間から、ぎょろりとこちらを覗く充血した無数の目玉。


 シャワーヘッドに耳を近づけるとうっすら響いてくる、少女と思しき断末魔の悲鳴。


 屋上に出没し、月の光を浴びながらくねくねと揺れ動く、真っ黒な人影の群れ。


 殺人以上に怖い体験はないと自負していた私でさえ、日々を怯えながら過ごしていた。なにせ、いつ自分が配達員と同じ目に遭うか分からないのだ。私は毎日ネットや不動産屋で、上司と幽霊から逃れるための新居を探し求めるようになっていった。


 とうとう怪異が牙を剥いてきたのは、今から四日前になる。その日は仕事の疲れを吹き飛ばすべく、リビングで缶ビールを勢い良く流し込んでいた。


 ところが、いつまで経っても酔いが回らない。普段なら三本目に口をつけ始める辺りでぽわぽわと心地良くなってくるはずなのに、逆にそわそわと妙な胸騒ぎを覚えてしまう。元カレを手にかけた夜でさえ、アルコールは私に安らぎをもたらしてくれたというのに。


 あとになって思えば、それは被捕食者が身を守るために備えた危機回避本能だったのだろう。


 かりかり、かりかり……と、爪かなにかでドアを引っかく音がしたのは、四本目のプルタブを開けた直後だった。


 ついに上司が強硬手段に打って出たのかと焦った私は、息を潜めてドアホンのモニターを確認してみた。


 そこには、予想だにしない光景がうごめいていた。



 開ケテ……開ケテ……



 とっさに私は口を押さえた。吐き出しかけた絶叫をなんとか呑み込む。だが入れ替わるように胃液がせり上がって喉を焼いた。燃えるような痛みと独特の臭気で、目の前の事態が現実だということを嫌でも理解させられた。


 ドアの前に立つ『そいつ』は、ストーカーなどより遥かに恐ろしく、まわしく、そして禍々しい異形の存在だった。もし地獄があるというなら、その最奥さいおうで産声を上げたのだと納得できるほどに。


 気づけば私は、リビングでうつ伏せに倒れていた。意識を失っていたらしい。ぼやけた思考を小鳥のさえずりが優しくつつく。窓の向こうでは、もうすっかり夜闇が晴れていた。


 ――良かった、助かった。諦めてくれたんだ。


 そう安堵しかけて、途端に悪寒が全身を駆け巡った。思い出したのだ。意識が朦朧もうろうとする前に耳にした、あの言葉を。



 マタ……来ル……



 陽光が入り込む部屋の中で、私の心に真っ暗な死の影が差した。また、来る。『そいつ』が再び、早ければ今夜中にもやってくる。考えただけで過呼吸まがいの発作が起きた。腹の底に汚泥おでいでも蓄えているような嘔吐感おうとかんに襲われる。


 だが、進んで殺人者の道を歩んだ私の感性はすでに、笑えるくらいまともではなかった。細胞の一片までどす黒い恐怖に染まったはずの脳裏で、悪魔のごとき陰謀の火が灯ったのだ。


 ――そうだ、『あいつ』に上司を殺してもらえばいいんだ。


 そんなに部屋に入りたいのなら、こちらから招いてやろう。そして蠱毒こどくのように上司へけしかけてやるのだ。成功すれば、法に裁かれることなく目障りな男を始末することができる。


 希望を見出した私は、元カレの死体を処分した時と遜色ない、迅速な手際で準備を整えていった。


 まず会社には午後から出勤すると告げ、ボストンバッグを持ってすぐさま外へ。近所の神社でお守りと護符を買い、帰りがてら道端に落ちているごみや、家庭ごみを捨てたポリ袋をバッグに詰め込んだ。


 帰宅後、お守りの中のおふだを切り刻み、護符をしわだらけにして壁へ無造作に貼りつけた。次いで、祖父の遺品である地蔵の小物とアンク、キリスト教のものと思われる天使の絵画を物置部屋からリビングに移動させる。それから室内のごみ箱と外で集めたごみ、タンスの中の服を引っ張り出して目いっぱい散らかした。


 これらはすべて、不浄な存在をいざなうとされる行為だ。たとえばお守りや護符を故意に傷ませるのは罰当たりな所業であり、それを放置したままにすれば、加護が転じて災厄に変貌へんぼうする。


 祖父の骨董品も各々が神聖視される物品だが、まったく異なる宗教の信仰物が一堂に会すれば、そこはいびつで不安定な空間に化ける。『あいつ』が来たのもそのせいだったのかもしれない。


 そして不衛生な場所は、往々にして悪しきものを呼び寄せると言われている。他人のごみまで散らかせばなおさらだ。


 これらの情報は以前、ホラー作家の隣人に教えてもらった。信憑性としては充分だ。そうして魔窟まくつを完成させた私は、リビングにカメラを仕掛けたのち、鍵をかけずにマンションをった。


 ここまで舞台を完成させればあとは簡単な作業だった。会社で上司と会話をしながら、「自宅にいる際は鍵をかけない」「今夜は一人で寂しく酒盛りをする」「恋人がいなくて人肌が恋しい」と、夜の営みを想起させる口振りで罠を張った。彼の目の色が変わった瞬間、いつかテレビで見た、自らトラックの荷台へ乗り込む食肉用の豚を連想した。


 仕上げのアリバイ作りとして、私は仕事終わりに新幹線で温泉旅館へと向かった。秘湯ひとうを満喫している間に、哀れな家畜が屠殺とさつされることを願って。


 翌日の八日、土曜日。ホラー作家の隣人に電話し、ドアに鍵がかかっているか確認してほしい、していなければリビングの棚にスペアキーがあるので代わりに閉めてもらいたい、と頼んだ。


 しばらくして、慌てた様子の隣人から電話がかかってきた時、私は計画の成就を確信した。


 東京へ戻ってビジネスホテルにチェックインしたのは、それからたっぷり七時間後になる。





 ニュースアプリを読み終わってすぐ、警察がホテルを訪ねてきた。一昨日、昨日、今日と三度目になる事情聴取だ。今回は、アリバイを確固たるものとすべく事前に仕掛けておいた――表向きはストーカー対策の――隠しカメラを、中年刑事に見せられた。


 映像には、上司が我が家へと侵入し、虚空こくうに向かって喋り続け、一度振り返ってから前に向き直った途端、世にもおぞましいものを目撃したかのように顔を歪めてから――この時、数秒間砂嵐で不明瞭になる――床に突っ伏して死体に変わるまでの一部始終が映っていた。


 この一件は十中八九、ストーカー男の急死事故として処理されるだろう。映像を見ても明らかだ。ただ私の行動があまりに周到かつ謎めいているせいか、刑事の眼光は鋭かった。が、じきに顔も見せなくなるはずだ。霊による殺人など、誰にも証明できないのだから。


「ふうっ、さっぱりした」


 シャワーで汗と刑事の加齢臭を洗い流した私は、ベッドに放り投げたままのスマートフォンを手に取り、レザーのバッグに戻した。バッグには印鑑や通帳などの貴重品も一緒にある。もうマンションには二度と帰らないと決めていたから、あらかじめ必要最低限の物を持ち出していた。


 あの部屋は業者か家族にでも片づけてもらって、そのうち貸し出すことにしよう。事故物件ともなると家賃収入はそう望めないだろうが、空き部屋にするよりはずっとましだ。割の良いお小遣い、と考えれば充分過ぎる。


 私はバスタオルのまま、もう一度ベッドに横たわって太陽のにおいにくるまれた。これからの人生はこの温もりのように、幸福で溢れたものにしなければ。転居先はすでに確約している。そこで新たなスタートを踏み出すのだ。


 ……なのに、どうしてだろうか。不安が治まらないのは。


 なにか、見落としている気がする。


 ふと、足先がひやりとした。窓外を見やると、雲行きが怪しくなってきていた。すでに部屋の大部分が薄暗い影に侵食されている。


 次第に、影が光をあまさず塗り潰していく。ゆっくり、ゆっくりと、冷えた舌でめるようにい進んでくる。膝へ、ももへ、臀部でんぶへ、腹へ、胸へ、奥深くの心臓へ――


 私は飛び起きた。なりふり構わずチェックアウトの支度をする。肌は粟立あわだっていた。鼓動もやけに荒ぶる。嫌な感覚だ。まるで、『あいつ』が現れた時のような――


「あっ」


 そうだ。確かに私は見落としていたのだ。


 カメラには、上司が延々と喋り続ける映像が録画されていた。だが、人間が『あいつ』に出くわして正気を保てるはずがない。部屋にいたのは恐らく、私が用意した魔窟に引き寄せられた別の霊だったのだ。それによって彼は殺された。


 なら、『あいつ』はあの日、どこにいたのだろう。そもそも、『あいつ』の目的はなんだったのだろう。今さら背中に薄ら寒さを感じながら、私はドアのレバーハンドルに手をかけた。


 …………。


 開かない。レバーハンドルは氷像のごとき冷たさをもって、微塵みじんも動く気配がなかった。


 まずい。


 まずい。まずい。まずい。


 本能が激しく早鐘はやがねを打つ。全身に凍てつく怖気おぞけが走る。ドアに浮かび上がった私の影が、小刻みに震え出す。今自分が置かれている立場なんて考えたくもない。考えている場合ではない。


 私は心臓マッサージさながらにレバーハンドルに力を込めた。何度も何度も壊れんばかりに体重をかける。そのたびに影の肩も大きく跳ねる。が、まるでびくともしない。


 まずい。まずい。まずいまずいまずいまずいまずい――


 乱暴にドアを叩く。影はそれに合わせて腕を振り回した。


 左の足を後ろへ引く。蹴りつけられた影が姿勢を崩した。


 今度は両手で殴りつける。影も必死に上半身を揺らした。


 助けを求めて叫ぶ。もぞり、と影の腹でなにかが動いた。


 目が釘づけになる。影の腹でなにかがにょきっと生えた。



 生えたのは、細長い腕のようなものだった。



 息を詰まらせる。影の右肩で腕のようなものが芽吹いた。


 体をすくませる。影の頭部で腕のようなものが飛び出した。


 涙がにじむ。影の太腿で腕のようなものが手指を広げた。


 木の幹から枝葉を伸ばすように、私の影を宿主として腕のような影が産まれる。産まれる。産まれる。産まれる。産まれる。産まれる。産まれる。産まれる。産まれて、


 腕のような無数の影が、私を掴んだ。




 見ツケタ……




 背後で、声がした。

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