両親が死んだことが分かって、故郷がなくなったことが分かったその次の日。

凄惨な状況になってしまった故国から亡命してきた姉のもとを、アレクセイは訪れた。

叔父と叔母は、元気のない姉のことを気遣ってしばらくそっとしておこうと言っていたが、アレクセイはそれにも勝って「あれ」の事を聞きたかった。

両親がどうやって死んだのか。今、故郷はどういう状況なのか。そして、姉はどうやってここまで亡命してこられたのか。

叔父と叔母が出かけた隙に、アレクセイは姉が保護されている客室を訪れた。それなりの金持ちである叔父と叔母の家にはいくつもの広い客室があって、いつでも来客に応対できるようにきちんと手入れをしていた。

その客室の、大きな木のドアを、アレクセイは叩いた。

すると、中から、女の声が聞こえた。姉の声だろう。

「誰?」

少し緊張しているのか、その声は刺々しく聞こえた。

「アレクセイだよ。あなたの弟の」

名乗ると、しばらくしてドアが静かに開いた。

小さく開いたドアの隙間からは、昨日見た赤毛の美人がそろりと顔を出して、周りを見渡すと、アレクセイの手を引いて、部屋の中に引っ張り込んだ。

「待っていたよ」

赤毛のヘレンは、そう言うと、スタスタと部屋の間中にあるテーブルのもとへ歩いて行き、その上に置いてあった灰皿に目を落とした。そして、まだ火のついている煙草を持ち、一服吹かして、アレクセイをテーブルに据え付けられたソファへ誘った。

昨日初めて見た時の印象とまるで違う。

もう少し可憐なものだと思っていたが、そうではなかった。

「あの」

あまりのギャップに何から話していいかも分からずに突っ立っていると、ヘレンはアレクセイの向かいに座って、煙草の火を落とした。そして、アレクセイが言うよりも先に、彼がここに来た目的をいきなり突いてきた。

「『アレ』のこと、聞きに着たんだろ?」

アレクセイが頷くと、ヘレンは、大きくため息をついた。

「父さんも母さんも、殆ど覚えていないんだろ? それに、あの国が崩壊してしまった以上、ここで安全に暮らすあんたはそれを知る必要はない。それでも聞きたいのかい?」

「ああ。聞きたい。確かに、僕は父さんのことも母さんのこともあまり覚えていない。むしろ、ここで僕を育ててくれた叔父や叔母のほうが本当の親である気さえする。あなたのことも知らなかった。でも、聞きたいんだ。あの日の飴の味が、あれだけが忘れられなくて。あれが今でも強く印象に残っているんだ。まるで、白昼夢を見た後のように。あれが夢ではなかったと、そう思えるきっかけがほしい。テレビで見たあの光景が、あの瓦礫の山や弾痕の着いたビルの廃墟が、本当に僕の覚えているあの故郷だったのか」

「そうかい」

ヘレンは、そう言うと、もう一度ため息をついて、煙草を取り出した。

「煙草、吸うんですね」

「ああ。十四の時からね」

アレクセイの問いに何の気なしに答えて、ヘレンは煙草に火をつけた。

「驚いた?」

ヘレンの問いに、アレクセイは頷いた。

「そうだろうね。昨日は私も混乱していたんだ。初めての印象とはだいぶ違うだろう、私」

そう言って、ヘレンは煙草の煙を吐いた。

「私が亡命してこられたのはさ、父さんと母さんが犠牲になってくれたおかげだった」

「父さんと母さんが?」

ヘレンは、頷いた。

「犠牲になったんだよ、私の。」

「犠牲だなんて。きっと、父さんと母さんは」

 アレクセイは、自分自身を責めているような言い方をするヘレンを、救おうと思った。父と母はきっと崇高な死に方をした。戦場であっても誇りを失うことはなかった。そう、自分自身でも思いたかった。しかし、その気持ちはすぐに裏切られた。

「私に、命を預けた、希望を預けた。親として、子を助けて未来へ命を繋ぐことが大切だと考えた。そう言いたいんだろう?」

 ヘレンが、苦笑いを浮かべた。

「まあ、そう考えられたら、どんなに楽だろうね。私も、ここに来るまでの間、相当悩んだよ。父さんと母さんが死んだ理由についてね。でも、あの状況ではそんな美しい理由なんて思い浮かびもしない。私一人を生かすために、犠牲になったんだよ」

「犠牲? あなたがそう思えるほどに、酷い状況だったんですか」

「酷い」

ヘレンは、呟いて、目を中に泳がせた。

「酷い、そうだね、そう言うしかないね。でも、あれは酷いなんてもんじゃなかった。 言葉にはできないよ」

言葉に出来ない。

そんな状況は、想像もできない。

しばらく黙ったまま何かを思い出すかのように天井を見上げるヘレンの顔を、アレクセイは不審に思った。

「話してもらえますか、あなたがどうやって、ここに来たのか。そして、両親が、どんな風に犠牲になったのか」

アレクセイの言葉に、ヘレンは頷いた。

そして、話し始めた。

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