不滅の魔物

翳の使者

第1話不滅の魔物

 僕のお母さんは聖女様だった。とても美しい女性で、民衆から愛されていて、聖女という言葉に違わぬ「いい人」だった。でも、お母さんは死んだ。処刑されてしまった。昨日まで笑顔で聖女様!聖女様!と讃えていた民衆は母さんが十字架に処刑される時、笑っていた。いい気味だと、当然の報いだと、石を投げるものもいた。昨日まで慰めの言葉をかけて貰い涙していた老人達が怒声を上げて石を投げていた。その時に知ってしまった。「人間」というものを。この醜いモノと自分が同じ生き物だと思っただけで言い表せない吐き気と憤りが沸き上がってくる。そして処刑が終わりお母さんが黒く焼けて腐臭を放った何かになったその姿を見て思った気持ちが僕から溢れた。あの「人間」という生き物に対する溢れたソレは形を得て世界に具現化した。人間を殺すことだけを本能とした生き物。人間を喰らい、僕という存在がなくなるまで溢れ続ける際限なき憎悪。それの名前を「人間」は魔物と呼んだ。






 そこは廃城の昔々に王様がふんぞり返っていた謁見の間だった。辺りは暗かった。夜だからだ。でも、天井が崩れかけてたから曇りかけのお月様やお星様の夜の明かりが照らしてくれるし、僕はずっとここにいたらよく目の前が見えていた。目の前には息を切らした勇者のお兄さんと必死に首にかけた十字架を掲げて魔法を唱える聖女様、聖女様の周りで大きな白い剣を振う金色の鎧を着た聖騎士のお姉さんがいる。3人に共通しているのはみんな僕の敵ということと広間に沢山いた魔物を殺していること。最初は100くらいはいたのにもう残っているのは10くらいだけ。他の90はみんな死んじゃって床を鮮やかな紅で彩ってるんだ。夜の明かりが床を照らしてくれるから明るかったらただの赤い絵の具みたいだけど、ここだと輝くレッドカーペットみたい。この魔物達には臓物とかなくて身体の中にあるのは血だけで良かったぁ。



 ああ……みんな死んじゃった。100くらいたのにみんな死んじゃった……。床は彩られてもみんな死んじゃって悲しいなぁ……悲しいなぁ!


みんなを殺した僕の敵が近づいてくる。魔法を詠唱しよう……もっと魔物を呼ばないと目の前の敵の心臓を潰せるくらい剛力の、聖女の詠唱なんかよりずっと速く修道服のベールを貫ける魔物を出さないと…


「待ってくれ魔王!俺たちは君を殺し合う気はない!話合いにきたんだ。」


嘘だ。絶対に嘘だ。僕から出た魔物を殺しておいて何を言っているんだこの勇者は。勇者の背後にいる聖女様も、聖騎士も、得物を持っているじゃないか。油断を誘って奇襲で僕を殺すつもりに決まっている。


僕が背後の2人をみてたら勇者は二人とも武器を捨てるんだ。と言って鞘にしまっていた自分の得物を床に落とした。背後の二人もそれに習うように聖女様は十字架を、聖騎士は大きな剣を床に落とした。一体何を考えているだろう。話合うことなんて何もないのに自分の命を無防備に曝す意味がわからない。


「話すことなんて何もないよ。」


僕は静かに言った。勇者の目をじっと見て真意を問いただす。お母さんが言っていた。人は目をじっと見られると隠し事しているかわかるって。


「話すことはある。俺は君のことを調べさせてもらった。君がジーザス帝国で免罪で処刑された聖女の子供であること。魔物は君の身体から溢れる憎悪であること。俺達は君にあることを知らせためにきたんだ。」


「知らせ……?」


僕は純粋に首を傾げる。


「そうだ。君が憎むジーザス帝国は滅んだ。君はジーザス帝国の聖女が処刑された後からずっとここに籠もっているらしいから知らないだろうけど君がここにきてから3月も経たないうちに君の魔物によって滅ぼされたんだ。だからもう、君が魔物を生み出す必要はないんだよ。」


勇者は優しく笑いかけてきた。よく見れば背後の二人も笑っている。この顔は知っている。これは……

勇者は続けた。


「今後のことも心配はいらない。君の魔物はジーザス帝国以外の国々にも手をかけたし、俺達の国でも犠牲は出た。だけど俺はそれを憎まない。憎しみは無意味で生み出すものは全て無意味だから……。だから、俺達は君を保護する。国には死んだと伝えて僕の与えられる予定の領地で憎しみを背負った心が癒えるまで君を慰め続ける。」


勇者はそういった。自然と僕は笑っていた。おかしい!おかしすぎる!話し合うなんて言うから何を言うかと思えば、お母さんを殺した国は滅んだから魔物を生み出すのはやめろ?憎しみを癒やす?じょおおおおだんじゃない!この勇者は何もわかっていない!


「わかってくれたかい?」


はたまた僕が笑っているのを喜んでいると思ったらしい。ああ、確かに喜んでるのかも、だって「人間」が愚かだってまた思い知らせてくれるんだから


「勇者のお兄さん達は何もわかってないままここにきたってことくらいはわかったよ。」


「え?」


え?じゃないって


「僕が憎しみを抱いているのは国だけじゃないよ。お母さんを殺した 人間 っていう生き物だよ。人間っていう屑みたいな生き物、そのものだよ。」


「それは違う!俺達はジーザス帝国とは違う!君が見ていた奴らが屑なだけなんだよ。これから他の人に触れればわかるはずだ。」


「わかるよ。だって……お兄さんのさっきの顔、お母さんを殺した奴らの顔と同じだから。誰かに向ける笑顔。心からの自分で笑ってるんじゃなくて、ここで笑った方が客観的にいいって笑顔。そんなのすぐわかるよ。それにね、魔物は僕が意識して出してるわけじゃないんだ。さっき詠唱しようとしたのは意識したけど、これまでに意識したことはない。僕の中にある憎悪が勝手に溢れてくるんだよ。それが復讐したい僕にとって好都合だったからそのままにしてた。今は意識的にどうにか押さえてるけど。でも……今にも溢れそうなんだ。」


「やめるんだ」


ほら、背後の二人が今屈もうとした。勇者が止めなかったら絶対に攻撃得物を拾ってたね。


「もう話すことはないよね?勇者のお兄さん。」


僕は確認する。早くしてほしい。さっきから本当に溢れそうんだ。煮えたぎった憎悪が。


「いや、ある。問題は一つなんだ。君の持つ憎悪だ。それさえなくなればいい。憎悪を捨てるんだ。俺達とて、君に国のみんなを殺された。しかし、今俺達は君を憎んでいない。憎しみは無意味だ。生み出せるものは憎しみだけでその先に幸福はない。君だってもう嫌だろう?こんな惨めなところで一人でいるのは。憎しみを捨てることは勇気のいることだ。だから今すぐに全て捨てろとは言わない。ゆっくりと俺達となくしていけばいい。大丈夫、憎悪が抑えきれずに溢れても俺達がなんとかする。だから、俺達と行こう。」


勇者は再び笑った。その笑顔は先ほどのものとは違う自分の心から笑っている笑顔だ。お母さんと同じ純粋な……


「僕だってここにずっと一人でいるのは惨めだ。でも、それは仕方のないことだった。僕が 人間 に復讐をするのは当然の摂理で結果だから。殺されたら殺し返すという摂理の結果で抗いようのないものだから。だけど、勇者のお兄さんは……それを否定できるの?」


僕は再びじっと勇者の目をみた。勇者は僕の目を見返して言った。


「約束しよう。」


「わかった。」


僕のその言葉に3人は安堵した。心からの安堵なんだと思う。誰でも自分の命を曝すのは怖いから。でもね……


「じゃあ、証拠を見せてね。」


え、3人はそんな顔をしていた気がする。でも、それは一瞬で、聖女様の修道服のベールがと貫かれ、聖騎士の胸は弾け飛んだ瞬間に勇者の顔は絶望に変わったし、生け贄となった2人は顔は真っ赤な床を舐めててわからない。ベールを一瞬で貫いて、頭の中身をぐちゃぐちゃにする魔物と、金色の鎧を圧迫して腸だとか心臓とかの中身までをぶちまけさせる魔物。


あ~あレッドカーペット汚れちゃった……。


僕がそんなことを考えてる前で勇者は膝を折り、震えていた。そしてこちらを見る。その

目は薄汚れた 魔物 の目だ。憎悪に狂った目、復讐心に駆られて本能のままに人間を殺す僕の魔物と同じ目。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


勇者は叫び声を上げると僕に向かって襲いかかってきた。その手に握られているのは最初に捨てた剣とは異なる短剣だ。やっぱり持ってたんだ。


「目覚めたまえ、際限なき憎悪よ!今ここに顕現せよ!」


僕が詠唱したらあたりは一瞬で魔物で覆い尽くされた数はざっと1000くらいかな。小さいものから大きいものまで勇者に向かって襲いかかる。彼の命は一瞬で消えただろう。


「やっぱり、憎悪に飲まれたじゃん。」


ぽつりと言って、魔物に指示を出した。


さぁ、邪魔者は消えた。行進するんだ。人間の国に向かって、僕らの復讐はまだ終わっていない。醜い人間共を駆逐しよう。


行進する魔物の中には勇者の 姿 もある。勇者は死んだ。そして憎悪となったから勇者は原型を留めている。そう、僕ら人間じゃない。僕らは憎悪。憎悪の化身。僕を核として動く新生物。



人間を滅ぼすまで消して消えない不滅の魔物。


いつの時代にも現れ、


世界を包む


不滅の魔物。



―――end

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