たった一夜
彼女の瞳には、もう赦しの色さえ見えた。
何ももう、自分を恐れていなかった。
今、背後に感じる明かりの暖かさも彼女のその綺麗な顔に影を落とす。
そっと彼女の黒髪を撫でる。
少しだけ笑みのこぼれた、彼女の顔が愛おしくて。
『可愛い』
と素直にそう思った。
そしてそれは言葉になった。
繋いだ片方の手。
小さな彼女の手は、
今まで誰かの手をこうやって握ったことがあったのだろうか。
ないと信じたい 。
現に彼女は、そんなこと今までにないと言っていたけれど。
そんな不安と嫉妬と、でもその全てを自分にしかぶつけられない。
情けなかった。
ずっと、ずっとこのまま彼女が、自分だけのものであれば。
こんなこと今までに、誰に対しても思ったことなどなかったのに。
全てが手探りで。
なぜか急に虚栄に恐れを感じて、彼女の白い頬に、顔を寄せた。
絹のような繊細な感触。
近くで感じていたかった。
そんな彼女の頬に、唇を這わす。
何度も、何度も、何かを伝えたくて。
耳元にも、額にも。
彼女の全てが綺麗だった。
彼女の視界を、自分の手で覆う。
何を伝えたいか迷っている自分を見られたくなかった。
ただただ彼女は綺麗だった。
耳元で呟いた。
『綺麗だ』
と。
彼女はそれを聞いて、小さく笑った。
その言葉が嬉しかったのか、おかしかったのか。
でも、これじゃ伝え足りない。
まだ、まだ伝えたかった。
いつか伝えられなくなってしまう前に。
彼女の吐息を塞ぎ込んだ。
しっとりとした、柔らかい感触に
全てを奪いたくなってしまう。
素のまま。何も飾らない彼女の唇を。
飾って仕舞えばそれは、ここでの彼女はいなくなってしまう。
ありのままの彼女を愛するのにかかった時間を
取り戻すように何度も彼女を求めた。
漏れた吐息さえ逃したくないように。
遮二無二、彼女をふさぎ込んだ。
彼女はそれを受け入れてくれた。
なぞって、覆って。
何度も何度も彼女を感じた。
彼女の頬から、耳へ手を滑らせる。
そして優しく撫でては、またキスを降らす。
握った手を、彼女が強く握りしめた。
それに応えるように、握り返す。
ちゃんと、『愛してる』と伝えるように。
『愛してる』なんて、ただの言葉遊びでしかないと思っていたのに。。
今では溺れてしまうほど愛している。
無意識に、彼女を剥がそうとした。
それは好奇心か、欲望か。
それを見た彼女は、微笑みながら言った。
『我慢できない? 』
と。
全てを彼女は知っていると確信して、動揺した。
隠していた恥じらいが、全てが見透かされた気がして。
思わず手を離した。
そして顔をそらした。
彼女の顔を見れなかった。
彼女はまた笑って言う。
『いいよ』
と。
そう言って、自分の手をとってもう一度。
自分の胸の上に置いた。
布一枚で隔てられた彼女のぬくもりを
隔たりを取っ払って感じたかった。
許されたのなら、受け入れられたのなら。
感じたいものを、知りたいものを
その中に何かを見出すこともできる。
一つずつ、彼女を包む留め具を外す。
その音がはやる気持ちを抑える。
このはやる気持ちで傷つけたくなくて。
もう一度彼女の優しさに、唇を重ねた。
重なって、赦し合えた瞳の向こうに、もう一度キスをした。
彼女の全てに、自分が見合うのならば。
愛されること、愛することを拒んだりしないだろう。
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