二面世界は永遠に。

水無瀬 涙

一夜

薄暗い、オレンジ色の灯りを背にして彼は私を見つめていた。

柔らかい石鹸の香りが漂うこのベッドの上で、私は彼を見つめる。

彼の大きな温かい手が、私の髪をくしゃりと撫でる。


『可愛い』


なんていつもは言わない事を彼は呟いて。

そのまま私の頬を撫でる。

片方の手はちゃんと繋いでる。

お互いの指の間に、自分の指を絡ませてしっかりと、離れないように握る。

人間同士が離れてしまうことなんて、容易いのだから。


彼の顔が、そっと近づく。


頬に掠れた感触。

小さく音を立てて、何度も唇を這わす。

たまには耳元で、額にだって。


小さく体が跳ねれば、彼は優しく私の目を閉ざす。


彼は耳元で囁いた。


『綺麗だ』


と。


その言葉がおかしくて、嬉しくて、口元が緩んだ。

彼はそんな私の口を覆うように自身の口で塞ぎこんだ。


かさついた唇も、彼自身。


夜に限っては、私はリップをつけない。

彼が嫌がるから。

お互い素のまま。

温かさが唇を割って入る。


甘い、彼の味がした。


それは私の歯列をなぞって空間の天井を這う。


頬に触れていた彼の手は、私の耳に優しく触れる。


キスをして。


それさえも初めのうちは強張っていたのに。

そんなはるか昔の思い出さえ忘れたくなくて、彼の手をもっと強く握った。


彼もそれに応えてくれた。


もうどうしたらいいか、わからないくらいに幸せで。


彼の手は、私のシャツのボタンにかかっている。


『我慢できない?』って聞いたら


彼は珍しく視線を泳がせて、かけていた手を離した。


逸らした横顔があまりにも愛しくて。


『いいよ』って返して彼の手を取った。


さっきまで彼が手をかけていたところにその彼の手を導く。


自分はここまで大胆だったのか、と少し驚いた。


ボタンを一つずつ。

外す音がやけに大きく聞こえた。


そのあいだも彼は、私を愛してくれている。


キスして、見つめあって、キスする。


何度でも、彼のあたたかさに酔えてしまうような気がした。

いや、もう酔っているのかもしれない。


酔狂な夜は、もう何度目だろうか。

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