もういいや

Seri

第1話

 昔から、母はよく私に「もういいよ」と言った。

 ピーマンが食べられない。

「もういいよ」

 自転車に上手く乗れない。

「もういいよ」

 その言葉を口にするとき、決まって母は私のことを冷たい目で見るのだった。私はできない自分が不甲斐なく、いつもごめんなさいごめんなさいと泣いていた。


 小学生のときだった。両親が離婚した。

 母が家を出る寸前、父に

「お前がお父さんかお母さん、どちらに付いていくか決めなさい。」

 と言われた。私は選べなかった。お母さんもお父さんも同じくらい大好きだった。

 すると母は、

「もういいよ」

 とだけ言い、乱暴に扉を閉め、車に乗り込んで去ってしまった。冷たい目をしていた。母とはそれっきりだった。


 それから気付けば、私は「もういいや」が口癖になっていた。

 父の帰りが遅く、自分で全ての家事をこなさなければいけないからと部活をやめた。

「もういいや」

 ピアノを習いたかったけれど、言えば怒鳴られるだろう。

「もういいや」

 毎晩、隣の部屋から知らない雌と父の声が聞こえて寝ようにも眠れない。

「もういいや」

 友達と上手くいかない。

「もういいや」

 いじめられて、誰に話しかけても無視されるようになった。

「もういいや」

 学校の勉強に追いつけなくなった。

「もういいや」

 志望校に落ちた。

「もういいや」

 父が家に帰ってこない。

「もういいや」

 何もかも、どうでもよくなった。


 ひとりぼっちになっていた。

「もういいや」

 誰も助けてくれない。

「もういいや」

 誰も期待なんてしてくれない。

「もういいや」

 寂しい。

「もういいや」

 どうして私は生きているんだろう。

「もういいや」

 どうして。

「もういいや」

 誰か、助けてよ。


「もう、嫌。」

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もういいや Seri @Sen_r__

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