第1話 歪み始めた日常。(7)
「あー、終わった!終わった!」
透哉はシャーペンを投げ出すと肩の力を抜いた。
プレハブ小屋の二階フロアは簡易の事務所と仮眠室を兼ねた間取りになっていて、奥には給湯室や洗面所まで揃っている。生活の拠点とするには申し分ない。
鉄製の事務机に足を乗せ、椅子の背を軋ませながら天井を仰ぐと、サイドボードとして流用しているコピー機の上からカップを取る。明滅する蛍光灯を眺めながらカップに注がれたコーヒーを啜る。
「……まっず」
透哉は悪態を吐きながらも勿体ないのでそのまま飲み続ける。備え付けのコーヒーメーカーを使って試行錯誤を重ねているのだが、おいしく淹れられたことは一度もない。
「相変わらずやるせないわね。少しは上手に淹れる方法でも調べたら?」
向かいの席に頬杖をついて座る流耶は傍らに置かれたすり鉢を横目に言った。根本的な部分に是正が必要なのだが、当の透哉は耳を貸す気はない。
「ふん、コーヒーなんて砕いた豆を煮た汁だろ?」
苦い汁でしかないコーヒーを啜りながら鼻を鳴らす。
コーヒーメーカーには当然豆を下ろす機能も付いているのだが使い方が分からない透哉は手動で豆をすりつぶし、ポットに入れて湯を注いでいる。これではオシャレな薬缶と変わらない。
透哉は持てる機能の半分以上を腐らせているコーヒーメーカーを不憫そうに見つめる流耶に言う。
「んで? 今日は何の用だ? コーヒーのダメ出しに来たわけじゃないだろ?」
透哉が淹れる飲み物を果たしてコーヒーと呼んでいいものか? 流耶は思いつつ頬杖をついたままため息を吐いた。
「仮にも女の子が同室にいるのに黙々と宿題するのって失礼だと思わない?」
流耶は額の包帯の端をいじりながら上目で透哉に囁く。
「うげーっ」
透哉は変な声と一緒にコーヒーを盛大にゲロった。別にコーヒーがまずくて吐いたわけではない。味に関しての問答など今更だ。
机の上に広がっていくコーヒーの波から開かれたままのノートを慌てて避難させると、流耶の不平が飛んできた。
「そう言う反応は予想していたけれど、一応女の子として扱ってもバチは当たらないんじゃないかしら?」
「女……の子?」
透哉は机にできた水たまりをペーパータオルで拭いながら胡散臭い骨董品を見るような目で聞き返した。
「何もコーヒー吐くほど嫌がらなくてもいいと思うのだけれど?」
透哉の言い方が気に入らなかった流耶は半眼で抗議する。
「妥当だろ。まぁ、どうしてもって言うなら女の形をした化け物で妥協してやる」
流耶の抗議を一蹴すると歯に衣着せぬ物言いで追い打ちをかける。
「つれないのね……ふふっ」
流耶はきょとんとすると顔を伏せ、笑いを漏らした。
「……本当にあなたを見ているととても平和な気持ちに陥るわ」
不穏な気配を感じ透哉が目を向ける。
伏せた顔をわずかに上げ、簾のように垂れた黒髪の隙間から刺すようにこちらを見る流耶と目が合った。まるで藪の中から獲物を探す蛇のような眼光。
てっきり馬鹿にされているのかと思ったが、そこに宿る濃い嘲笑の色に思わず眩暈がした。
(ち、鬱陶しいヒステリーめ)
透哉は事務机に置かれた時計を見ると無言で席を離れた。
時刻は六時。そろそろ夕食の時間だ。
「つれないのね? 折角平和ボケしたあなたに水準を合わせてあげているのに」
背後から聞こえる流耶の不遜な物言いを黙殺し、透哉は給湯室へと足を運ぶ。買い置きのレトルトカレーを取り出すと乱暴に箱を破り、水の入った鍋にやはり乱暴にぶち込み強火で温めはじめる。
透哉にとって流耶とは来訪したからと言って茶などを出して迎える相手ではない。でなければ無遠慮に宿題に取り組んだりはしない。その辺を流耶も重々承知しているので深く干渉はしない。付き合いの長さに起因したある種の信頼関係である。
普段なら嫌味を言われて適当にお開きになるのだが、今日は些か長い気がする。
「――んで? 結局今日は何しに来た?」
透哉は手早く作ってきたカレーをかき混ぜながらさっきより低いトーンで再度聞いた。ちなみに流耶の分が用意されていなのは、流耶が通常の食事をしないことを予め知っているからである。
透哉としては歓迎するでもなく、邪険にするでもなく極普通に話を持ち掛けたつもりだった。曲解を招くようなことを言うつもりはなかった。
「私があなたの所に来るのに理由がいるのかしら? あえて言うなら退屈しのぎかしらね? イッヒヒ……ッ」
何か琴線に触れてしまったのか、流耶が本性を現す兆候を悟った透哉は口元を結ぶ。口に辛子を入れると言われて身構えるように。
流耶の表情に亀裂が入り、悪意ある笑いがにじみ出る。どんぐりのように真ん丸な瞳は爛々と見開かれ、幼子のような純な笑みは消え、口元は三日月型に吊り上がり、隙間からはガラス板を曲げて軋ませているような声が漏れる。
座敷童のような穏やかな顔が崩れ、呪いの人形のように変貌する。
「ねぇ、透哉?――ふふっ、あなたはもっと獰猛に生きるべき。キキッ、そうは思わない?」
「っ!」
スプーンを口に運びかけた手が僅かに止まる。けれど構わず頬張り、スプーンを引き抜く。さっきまでと同じものを食べているはずなのに泥を食っているのかと思うほど味が劣化した気がした。
「またそんな話を……俺は――」
「また、ではないのよ、透哉? 第一、いつまでこの場所に囚われているつもりなの?」
「流耶、怒るぞ」
透哉の静かな警告にも流耶は止まる気配がない。それどころか耳を背けようとする透哉に嗜虐的な言葉で追い打ちをかける。
食事の手がぱったりと止まった透哉に流耶は淡々と続ける。透哉は豹変した流耶にも怯まずキッと表情を険しくして睨み返す。
しかし、流耶は敵意さえ窺える透哉の目を見ると逆に満足げに頬を弛緩させる。
「そう、そう!――その表情っ! あなたはやっぱりそう言う表情が素敵! イッヒヒヒヒヒィッ!!」
流耶は一層目を見開いて今日一番の声で笑う。透哉は部屋中に充満していく薄気味悪さにも屈せず、目に込める力を緩めない。
「……何を言っても無駄みたいだな」
「それはお互い様でしょ? だって、私たちはもう壊れてしまったのだから」
「言っとくけど、俺はもうこの力で誰も殺さないって決めているから」
透哉の一方的な宣言に流耶の眉がピクリと反応、怒りが滲む。
「ダメよ、あなたは私と一緒に落ちるところまで堕ちないと」
流耶は席を立ち回り込むと透哉を正面から見据える。
理解していることだった。
透哉が今いる場所は戻ることができない罪人の道。闇に埋もれ沈むことでしか前進できない。
「ふざけたことを言うな」
「無様に恰好をつけるところが滑稽で可愛らしいと思うわ」
流耶はにじり寄りながら子供をあやす母のように優しい笑みを浮かべ、本質では心底あざ笑う。
「あなたの罪は消えない。なら受け入れるべき。あなたのしていることはノートに開いた穴を消しゴムで消そうとしているような物。必ず徒労に終わる」
一歩一歩に時間を費やしながら透哉との間合いを詰める。
「罪が償えるなんて思っていない! ただ、俺が殺した者に報いたい、それだけだ!」
透哉の論に、流耶はつまらない座興を見せられて冷めてしまったみたいに冷ややかな目を向け、しかし、甘く蠱惑的に囁く。
「私はね。透哉のことが大好き。罪と血にまみれてもがき苦しむいじらしい姿が可愛らしくて仕方がないの。そして、なにより、私の大好きな透哉は私のことが大嫌いなの」
流耶は透哉のあごに手を伸ばし、唇に指を這わせる。
「触るな。気味が悪い」
「あら?……ふふ、素敵」
流耶は一瞬きょとんとする。
しかし、払いのけられた手を一瞥すると口元を緩め、子猫を撫でるように打ち付けられた手を愛おしそうに撫でる。
「ありがとう、透哉。そんなあなたにだからこそ私はここまで惹きつけられるのよ」
全く悪意の通じない流耶に虚脱感を覚えずにはいられない。その反応を見て尚、流耶は口を噤まない。
「逆にね、私のことを好意的にとらえる透哉は嫌いよ? だからね、透哉? 私のことを好きになってはダメよ?」
「お前に惚れるぐらいならダンゴムシに求愛してやるよ。安心しろ。絶対にありえない」
流耶の度重なる挑発を凌ぎ切った透哉は吐き捨てるように言って、先刻よりも早いペースでカレーを口に運ぶ。
「あら、今日のお話はもうおしまいなの?」
すると流耶はお菓子を取り上げられた子供のような表情で名残惜しそうに聞く。つまらなさそうな目線を向けられても透哉は取り合わなかった。
「け、物足りないなら自分の指でもしゃぶってろ」
当然、言葉通りの意味で言ったわけではなかったが、流耶は右手の親指を口に含む。
「……マジでされても困るんだが」
「ふふっ」
流耶は僅かに口角を吊り上げると親指を根元から噛み千切った。ブチブチメキメキと異質な音を口腔から鳴らせながら自らの指を咀嚼し飲み込んだ。
「なんだか切ないわね」
流耶は呟くと
しかし、透哉は自分が嫌がることを期待されていると知っているのであえて怒らないし、口も挟まない。
今更指の一本食いちぎったところでリアクションするのは馬鹿馬鹿しい。
透哉はため息を吐くとグラスの水を軽く煽る。
「――挑発的な態度」
流耶は何故か笑みを浮かべると机の上のペン立てからカッターナイフを取った。そして、半分ほど刃を押し出し、あろうことか口に運び、やすやすと噛み砕いた。ガッキンゴッキンと破砕機のような音をさせ、口の端から血を垂らしながら、咀嚼する。
「お前またそんな物を食って……」
「あら、心配してくれるの?」
呆れる透哉の態度に流耶は満足げに笑みを浮かべ、ブスリと異様な音を頬から鳴らす。
「ぐ、ごほごほぉ!?」
「透哉、こう言うのはどうかしら?」
それを見た透哉は思わずせき込む。
流耶は頬の内側から突き出したカッターの刃を傷が広がることも気にせず引き抜く。赤く染まった唾液が糸を引き、流耶の頬を伝う。
手の甲で頬を拭うとカッターの破片をスナック菓子のような要領で口に放り込み、再度パリポリと咀嚼をする。
「透哉、中がどうなっているか見たい?」
「聞きながら口を開こうとするな! 今俺が食事中なの見てわかるだろ!?」
「冷たいのね? 化け物同士仲良くやりましょうよ?」
「お前は仲良くしたいのか嫌われたいのかどっちかにしろ」
カッターナイフによって切り裂かれた流耶の口腔を想像し、胃に収めたばかりのカレーが逆流しそうになるのをこらえる。
「難しい質問ね。心の内では忌み嫌っていても表向きは仲良くしてほしいのかしら?」
流耶は含みのある言い方をし、もう傷の塞がった頬を撫でながら言う。
「……」
流耶はカッターナイフをついに飲み込むと不快に顔を歪める透哉を見て、満足げに表情を緩ませる。その際に流耶の喉や首が奇妙な隆起を見せたが、すぐに忘れることにした。
(こういうときだけは見た目相応の笑い方するんだよな……)
自分が不快な顔をするとき限定の笑顔とは言え、今の流耶は可愛いと形容できる。勿論思うだけで口には出さない。透哉の中で密かに上がる株を流耶が知る由もない。
「本題に入るけど少し気になることがあったわ」
流耶が表情を切り替え、軽薄さの失せた真剣な顔で切り出した。
「――源のことか?」
「あら察しがいいのね?」
流耶は目を丸くした。
「ここに来る途中に少しな……」
「何か聞かれたの?」
「この学園に〈悪夢〉が潜伏しているから何か知らないか……だそうだ」
「ついに動き出したのね」
あたかも知っていたような言い草だった。
流耶は不敵に笑いながらボールペンをくるくる回す。
「彼女が妙な動きを見せるようになったのはここ数か月」
「随分詳しいな。それと一応使うことあるからこれ以上食うのは止めろ」
「私が全学年の全クラスに在席していることは知っているでしょ? 情報なんて足を使うまでもなく手に入るのよ」
流耶は名残惜しそうにボールペンを戻すとしれっと自身の能力の異常性を口にする。
「そうだったな。全く大した能力だよ」
「死なないだけが取り柄な能力の数少ない使い道よ? 話を戻すけどホタルの挙動に変化が表れ始めたのはつい最近。頻繁に何かを探すように学園の中を散策している」
「マジかよ……」
透哉が信じられずにぼやくと流耶は首を縦に振って続ける。
「本人も言っているし〈悪夢〉の手掛かりを探しているのは明白。しかもだんだんと近くなっている」
距離ではなく比喩で言った。
「すでにこの場所にも数度足を運んでいるわ」
「ここにか!?」
「侵入と言っても小等部の敷地内に留まっているわ。今のところは安心していいわ。そもそも探索は無理よ。しかも単独とあってはこの場所に辿り着くことは不可能ね」
二人が今いるプレハブ小屋は正門から直線距離でおよそ五百メートル。単純な距離で言うなら踏破は難しくない。
問題は大量死の舞台となった惨劇の園を歩く度胸と瓦礫が堆積してまともなルート確保がままならないセクションを歩き切ることができるのかということ。
流耶の見立てを聞きながら透哉は唸った。
「……私の見解に何か不服でも?」
「源の素性は正直言ってわからない。でもわざわざこんな場所を調べに来るような奴が数度訪れておきながら入り口付近の探索だけで済んでいるのが不自然だと思った」
「……確かにそうね。でも相手もこの場所を迂闊に歩くことはできないはずよ」
「何でそう思う?」
「ホタルには土地勘がないわ。全く見知らぬ危険な場所に躊躇なく足を踏み入れるなんて自殺行為よ」
「……」
流耶の論には透哉も納得した。
しかし、やはりホタルと言う未知を侮ることの危険性を拭い去ることができなかった。
「とにかくこれからしばらくは妙なことをして気取られないようにすることね」
流耶は席を立つと鞄を手に出口に向かうでもなく半歩ほど身を引いた。
「うっかり鉢合わせるなんて馬鹿な真似はしないようにね?」
流耶は言いながらスカートのポケットを漁る。撤収の準備をしているところを見ると訪問目的は単なる注意喚起だったようだ。
「それはお互いさまだろ?」
「あら、心配してくれるの? 私は問題ないわ。そもそも見つけられないし、仮に鉢合わせたとしても記憶に残らないわ」
ふふんとどこか得意げに言う。
「透哉、私は学園に帰るから」
そう言って流耶は一方的に切り出し、どこからともなく取り出したフード付きの白いマントを広げる。遠心力を利用して優美に舞いながら頭から足まですっぽりマントに身を包むとそのまま何の前触れもなく忽然と消えた。
奇術的な現象を用いて帰った流耶を目撃しても驚きはない。
学園へと戻った流耶だが、寮生と言うわけではない。
流耶は諸事情あって夜ノ島学園に住んでいるのである。
透哉も同じくこれに当てはまるのだが、流耶と違って禁の緩い透哉はこのプレハブ小屋での生活が許可されている。
当然学園に
「つーか、『
白いマント、『白檻』とは文字通り白い檻で元来罪を犯したエンチャンターを収容、送還するための移動式の檻である。夜ノ島学園の地下には正規の方法では侵入できないエンチャンター専用の監獄が存在する。
『白檻』には他にも魔力で起動するいくつかの能力が備わっているが基本的に使われることはない。
そんな強制送還の鎖ともいえる道具をただの帰宅用の便利アイテムとして使った流耶の図太さに清々しささえ感じてしまう。
エンチャンターの教育、収容を一手に引き受ける夜ノ島学園の暗部たるものとしては余りに緊張感に欠けるものだった。
「自覚あんのかなー」
透哉は頭をボリボリかきながら給湯室に戻るとカレー皿をぬるま湯に浸す。こうして洗うとカレーがこびり付かず綺麗に洗えるのだ。
片づけを済ませた後適当に時間をつぶしている間にかなりの時間が経過していた。そろそろ寝ようかと思ったら腹の虫が泣き出した。
時刻は零時少し前。
(腹減ったな……)
カレー一杯の夕食では少なすぎた。
このまま寝てもいい時間だったが空腹を訴える腹を黙らせないと寝付くことはできそうにない。
透哉は軽く身支度を整えると、表に出る。
普段なら施錠もせずに出かけるのだが、どうしても夕方のホタルの動向が脳裏をよぎり、不必要と思われる戸締りをしてしまう。
事務所内の照明を落とすと月明かり以外の光源はないに等しい。
当然ながらこんな場所に住んでいることは学園の人間には秘密だ。万が一知られれば秘密が明るみに出ることは避けられない。遮光カーテンを裏返しに張って中の光が外に漏れない工夫をしているが間近で見ればばれてしまうのだ。
世界がどんな時を刻もうとも旧夜ノ島学園の周囲は死に絶えたまましんと静まり返っていた。
鍵を片付けると闇に身を投じる。暗夜の中を駆けると梅雨独特の湿っぽい空気がぬるりと絡みついてくる。
尖ったコンクリート片や露出した鉄筋の狭間を縫うように駆け抜ける。誰も訪れることがない故に変わらずそこにあり続ける瓦礫たちは透哉にのみ見える道筋を生んでいた。
今にも倒れそうなほど傾いた校舎の外壁を伝い、崩れた屋上へと足を運ぶ。比較的損壊の少ないこの場所は廃れた学園の中で最も高い所に位置する。
透哉は眼下に広がる黒く隆起した無骨な海を睥睨する。
三百六十度に広がる悲劇のパノラマを一望すると自然と奥歯を噛みしめていた。
透哉にとってここを訪れることは惨劇を忘れないようにするため、決意を高ぶらせるための行為なのだ。
しかし、最近その決意に陰りが生まれ始めたことを実感し、同時に自信がなくなってきている。
(必ず、この場所に学園を再興する)
でも、どうやって? 曖昧な熱意とは裏腹に疑問は冷静に自分に問いかける。
あれから十年経った。あの時よりは具体的なビジョンを描き行動に移さなければいけない。
ただ、具体的な術が分からなかった。
今の自分にできるのかできないのか。
未来できるようになるのかできないのか。
時間ではなく、自ら今からでも乗り出さなければいけないことなのか。
全てが分からなかった。
それでも止めるつもりも諦めるつもりもない。
そうでなければ卒業文集に書き連ねて満足するだけの将来の夢になってしまう。
今更ながら雲をつかむような話だ、思いつつ炭火のように静かな決意を改めて燃やす。
(そして、『
透哉にとって学園の再興が表の目的なら裏の目的が『幻影戦争』と言う『何か』の正体を明らかにすること。
十年前の事件の原因とされている『何か』
学園一つを壊滅させ、多数の死者を出したにもかかわらず直接的な原因、戦火の火種となるものが未だに不明なのだ。
死者多数と言う凄惨な一面ばかりを報じられているが、実は全く発端のつかめない事件でもあった。
当事者である透哉でさえも真相に辿り着けずにいるのである。
あの日、学園に破滅をもたらした『何か』
全様のつかめない敵、あるいは元凶、現象に歯がゆさ悔しさだけが募る。
いっそ、自分も犠牲者の一人として果てていれば楽だったと愚かな自己逃避をしたこともある。生き残った罪を呪ったこともある。
それでも、今を歩むことを禊とする横暴、学園の再興を贖罪とする冒涜を得てからは力を込めて地を蹴ることができるようになった。
(なかなか腐ってんな俺も……)
なにせ、自分が殺した者たちの骸を踏むつけ、あまつさえその上に新たな物を作ろうと画策しているのだから。
心中で自虐を呟きながら拳大の石を蹴る。石は横倒しになった給水タンクの錆びた横っ腹に突き刺ささると乾いた音を数度響かせ沈黙した。
給水タンクの残響を聞きながら、その空っぽな姿に自らを重ねる。
『第一、いつまでこの場所に囚われているつもりなの?』
不意に脳裏をよぎるのは今夜流耶の口から出た言葉。
あの時腹が立ったのは図星を突かれたからだった。
深く息を吸い込むと胸の中は酸素で満たされ、思考はクリアになった。
透哉は心の中に淀みを残しながらも屋上を後にした。
瓦礫から瓦礫へと飛び移り、旧夜ノ島学園の敷地を抜け、下校時にも通った獣道を駆け下りると学園前へと続く公道に出た。夜道に人気はなかったがさっきまでとは違い虫や鳥、草木の擦れる生きた音が聞こえる。
自然たちの雑踏の中、透哉が訪れたのは学園だった。
そして、躊躇なく裏門を飛び越え侵入する。けれど別段学園に用があるわけではない。
校内を横切るのがコンビニへの近道なのだ。
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