ヴァルキリーに誘われて

西紀貫之

第1話『半殺しでどうでしょう』


「こんにちは。職安の方から来ました、戦乙女のヴァルキリーです。就職面接を希望ということで」

「俺は呼んでないが?」

「いえ、希望してるのはこちらのほうで」


 ビジネスマンである太郎は転職のためにキャリアエージェントに連絡を取ろうとした矢先に、池袋の街角でこのヴァルキリーに声を掛けられた。

 いかにも北欧神話っぽいゲームに出てきそうな戦乙女で、エルフの女騎士に取って代られる前にはさぞやオークや触手の餌食に妄想内でされていそうな銀髪の美人だった。


「ヴァルキリーさんでしたっけ? あなたが私を面接?」

「本名はナイショです。ええまあ、転職希望オーラを出されている様子で、日本の企業戦士、ビジネスマンのオーラも感じますし、なにより強そうですから。まあ話だけでも」

「……そういうことでしたら、少しだけ。立ち話も何ですから」


 と、喫茶店に。

 誰も彼女を気に留めないので普通に注文したが、見えていないわけではないらしい。彼女が羽根飾りの付いた兜を取ると、店員が荷物籠を差し出してくれたし、彼女も日本語で受け答えをしてる。ああ、日本語が話せるのかと太郎は今更ながらに納得していた。


一士いっし太郎さん、二十八歳ですね? 営業職をされているとか」

「よく調べていますね。営業と言ってもシステムまわりでジョインしたはずなんですが、まあなあなあで。で、それが転職理由です」

「こちらもヘッドハンティング業ですから、そのあたりの情報はすでに。で、この条件でうちの会社に来ていただければと思います。さいきんは他社からの情報戦が激しくて、どうしても古い頭の人間ばかりだといかんともしがたく。まあ日帰りのエインフェリアの事務職を雇おうと、まあ」


 ああ、よくある話だなと思った。

 だからこその転職機会だったし、さすが橋渡し役だけあって美人だし、話だけは聞こうと太郎は考えていた。名前はナイショらしいが。

 戦乙女はやはりスカートの中は何も着けていないのだろうか。ブルマでも履いて腰を突き出されたりしたら鼻先くらい突っ込みたくなるが、それではエインフェリアではなく会陰えいんフェチである。

 それはともかく、しかしよくよく読むと、良い条件だった。


「ほんとに朝の九時から、夕方の五時まで? で、各種保険付でこんなに? 何か裏がありそうですねえ」

「勤務地が遠いので送迎があるだけです。希望される方にのみの求人となっておりまして」

「ああ、この別途説明のところですね? で、どんな条件で?」


ページをめくると、首を切られたバイキングの戦士のイラストが可愛く描かれていた。可愛くても、いくらにこにこしていても、「ヴァルハラへいこう」と手を振って馬に乗っていても、太郎は引きつらざるを得ない。


「死ンでもらいます。……さきっちょだけ」

「えぇ~」

「首のですよ?」

「ヘッドハンティングの意味間違えてませんか?」

「だって死なないとヴァルハラに行けないんです。でも五時にはしっかり生き返るし、三食昼寝付き、おさんどんは私が! お世話もいたしますし」

ッ」


 太郎はぐびりと生唾を飲み込んだ。

 聞いたことがある。ヴァルキリーは勇者の魂を集める案内人であり、彼らの父神であるオーディンの宮殿であるヴァルハラにおいて、戦士たちの給仕や夜の相手を務める世話役にもなるのだと。ゲームの知識から鮮明に記憶のふたが開く。


「まじで!?」

「夕方まではおさんどんのみですが、終日勤務ともなると夜勤手当の一環となります」


 指を拳でヌポヌポするいかにも開けっぴろげな仕草に腰が引ける。


「なので最初の期間は日勤だけというのもオススメします。研修ですが、賃金は変わらないですよ? まずは半殺しでどうでしょう」

「その剣どこから?」

「腰からです。ふふふ、ヴァルキリーには秘密のポケットがいくつもありますから」

「やだよ死ぬのは! ちょ、待って、同意あっての契約じゃないんですか!」

「ヴァルハラ日本支部はあなたの参戦を希望しております。面接したいのは私だと言ったでしょう」

「店員さん助けて警察呼んで~!」


 立ち上がり逃げようとする太郎の肩ががっちりと押えられる。店員のお姉さんにだ。しかもこの店員のお姉さん、北欧の鎧姿でいかにもな戦乙女ではあるまいか。回りの客もむくつけき髭男も多く、「やや、これはマズい」と思った矢先に、この喫茶店が北欧系列のそれだと気がついたときには遅かった。


主神オーディンよご照覧あれ!」

「ぎゃー!」


 太郎の首が半分切断される。が、痛みも出血もなかった。半殺しになったが、生きている。


「まあ仕事しないといけませんし。死ぬ苦しみのままだとさすがに?」

「そりゃそうですが」


 太郎は周囲を見回す。男たちはみんな一様に表情がじめっとした笑いだが、店員の女の子みんなはにっこりしている。全員関係者だ。

 太郎は携帯を確認すると、諦めたかのように頷く。


「じゃあ、お話だけでも聞きに行きましょう」

「そうこなくては。裏に馬が止めてあります。ヴァルハラに行きましょう」

「日本支部って、どこなんです?」

「永田町の上の方です。あそこの人たちはみんな知ってますよ? ヌエさんでしたっけ?」

「まじか」


 太郎は諦めた。ホントに諦めた。

 まあ条件も良いし、痛くもないし、まあいいかと言った体だ。これも縁だし、なにかと自分の技術は買ってくれている様子だった。

 ただ気になったのは、店の中の男連中が何か言いたげだったのを他の戦乙女たちが剣で脅かして黙らせているようなそぶりを見せていたからだが、まあそんなのはどこの会社にもあることだ。


「じゃ行きますか」

「はい~。じゃ、行ってきます~。ノルマ達成~」

「戦乙女もたいへんなんだなあ」


 天馬に乗せられてヴァルハラへと通い始める太郎の、これが長い日帰りファンタジーの始まりであったのを、その場にいる全員が知っていたのであるが、それはまた次のお話。

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