よっぽどの選手でない限り、大学に行ってまで競技は続けない。それを思うと、中途半端にデカいより、今は悩むかもしれないけれど小さいほうが断然いいと朱夏は思う。

「朱里だって湊と仲いいじゃん。私はあんまり女子には見えないんだよ。話すといつも男同士みたいなノリになるし。私だったら、朱里から本命お守りをもらったら、なにがなんでも一番でゴール目指しちゃうけどな」

「えー、なにそれ? 仲いいってよりは、私が朱夏にくっついてるから、その流れで話すだけだって。私は別に、好きじゃないよ。本命だって作る相手もいないしさ」

「ええ? それこそもったいないよ。誰でもいいから渡してみなって。105キロの間、ずっとドキドキしちゃうはずだから」

「あはは。もう、ばかなこと言わないの」

「うはは。確かにバカだ」

 ほら、笑い方さえ違う。ばかとバカで、そこに込められている感情も愛情も全然違う。

 ……どうしても素直になりきれない。誤魔化してしまうし、比べてしまう。

 名前に同じ〝朱〟を持っているおかげもあって、すぐに仲良くなり、ずっと一緒にいる朱夏と朱里だけれど、十六センチという身長の差以前に、いろいろとレベルが違う。

 朱夏は、朱里といるときは特に意識して、自分をがさつに振る舞う癖が出来上がってしまっていた。自分の好きな男子をおすすめしてしまうあたりが、その最たるものである。

でも、どうしようもないじゃんか。

 内心で毒をこぼし、「でも、とりあえずギンガムチェックは買っちゃうよね」と朱里に同意を求める。学校がある日は部活で遅くなるから買いに行けないけれど、土曜日曜の部活のあとなら、ゆっくり買えるだろう。

 朱里と自分の、身長以外での埋められない差に気づいてしまったとき、朱夏はもう、がさつに振る舞うしかないと悟った。朱里と一緒になって女子女子していたら、それこそデカい女のキャラじゃないし、男子にキモいと思われでもしたら最悪。生きていけない。

 一種の防衛本能だと思う。

 チームメイトや親友として朱里が好きで一緒にいたいから、周り――特に男子に対してデカい女らしいイメージを持たれるように振る舞い、そうして自分を守っているのだ。

「そうだね。なんでかわかんないけど、イベント事には乗っちゃうよね。……なんだろ、人間の習性なのかな? みんなもやるから自分もやらなきゃ、みたいになるよね」

「あー、なるなる。別に好きな人がいるわけでもないのに、ギンガム買うとき、なんでかドキドキしちゃったりするんだよなあ」

「わかるー。無意味にキョロキョロしちゃったりするよね。ほんと、なんでだろ」

「なんでだろうねぇ」

「不思議だねぇ」

「ねー」

 朱里と首をかしげ合いながら、カラカラと気だるげに自転車の車輪を鳴らして歩く。

 ふと冷静になって考えてみると、つくづくおかしな話だなと朱夏は思う。

 体育会系だから体力には自信があるし、行事としてもオリジナリティがあって面白い。お守りを渡すのもわかる。安全祈願や完歩できますようにと願掛けをするなら、お守りの形にして渡すのがベストだろう。

 でも、本命の男子には赤のギンガムチェックでお守りを作るって、絶対に可愛い子が自己満足のためにはじめたことだよなと、どうしても朱夏は卑屈に考えてしまう。私みたいな中途半端にデカい女には、どう転んだって似合うわけないじゃない、と。

 誰がはじめたのか、いつからそうなのかはわからないけれど、夜行遠足は、その過酷な道のりに反してひたすら胸がムズムズする行事だ。――こんな私でさえ、思わずギンガムチェックの生地を買ってしまうくらいに。

「土曜日は午前の部活だから、買うならそのあとかなあ。朱夏、一緒に行こうよ」

「うん。適当にご飯も食べて、そのあとは、また適当にブラブラして遊ぼうよ。たぶん夏休み以来だよね? 学校がはじまると、部活があるから、なかなか時間って取れないし」

「いいね! じゃあ、プリ撮ろうよ、プリ!」

「朱里、好きだねぇ」

「うん。朱夏と撮るのが一番好き~」

 今日はまだ週の真ん中、水曜日。三日後の土曜日の予定を相談し合いながら、まばらで心許ない田舎の街灯の下を並んで歩く。

 ふと上を見ると、黄金色に輝く月がとても綺麗だった。その周りを薄雲が囲み、風が吹いて雲が取れたり、かかったりを繰り返している。秋の虫の涼しげな声が田んぼや畦道のあちこちから聞こえ、少し肌寒いくらいの空気の中で、ひょろりと背の高いススキの穂もくったりとその首を垂れていた。

「くしゅっ」

 隣で朱里が小さくくしゃみをした。ああもう、くしゃみさえ可愛いんだから。

「ちょっと話しすぎちゃったね。そろそろ乗ろっか、自転車。漕げば体も温まるよ」

「そうしよ、そうしよ」

 そうして朱里は、可愛らしく身震いして、いそいそと自転車に跨った。朱夏はそんな朱里が羨ましいような、苦笑したくなるような気持ちでサドルに腰を落ち着ける。

 朱夏もちょうど体が冷えていた。部活中にかいた汗が引いて冷えた体に再び熱を発生させるには、ふたりとも自家発電しかない。

 しばらく自転車を漕いでいると、ちょうど体がポカポカと温まってきたところで、朱里との分かれ道に差しかかった。

「土曜日、楽しみだね。じゃあ、また明日」

「そうだね。楽しみ。また明日ねー」

 手を振り合い、明日までの別れのあいさつを交わし、ゆっくりと遠ざかっていく朱里の小さな背中をほんの少しだけ見送ってから、朱夏ものろのろと自転車を走らせた。

 家に着き、制服姿のまま腹ペコの胃に晩ご飯を詰め込むと、さっとお風呂に入り、自室のベッドに仰向けに寝転がる。

 考えるのは、落ち込む姿も可愛らしい朱里のこと、湊のこと、夜行遠足のこと――赤のギンガムチェックのお守りのこと。

 壁際にごろんと寝返りを打ち、とりあえずだけれど、シミュレーションしてみる。

 もし仮に本命お守りを作るとして。まあ好きだし湊に渡すでしょ。完歩すれば湊はりんごがひとつもらえて、万が一にもお守りのお礼としてりんごのお返しがあったとする。そしたら私は、そのりんごでアップルパイを焼いて、湊と一緒に食べることになる。

「……うわっ、めっちゃ恥ずっ!」

 リアルに想像しすぎたのか、放課後の教室で湊と向かい合って手作りのアップルパイを頬張る自分の姿が、とにかく気持ち悪くて仕方がなかった。顔も異様に熱いし、はたと気づくと、いつの間にか足もバタバタさせていた。勉強中なのだろう、隣の部屋の妹から壁をドンと叩かれ、無言のうるさい宣言まで通告されてしまう始末である。

「ぬぁぁ、キモいよ私……」

 また壁ドンされるのは避けたいので、枕に顔を埋め、くぐもった声でシミュレーションに対しての自分の感想を述べる。

 去年はまだ湊のことは好きではなかったから、参加賞的なノリで買ったギンガムチェックの生地は、お守りにもならず、かといってほかのなにかになるわけでもなく、クローゼットの中に適当に放り込まれたままだ。

 まさか今年も買うことになるとは。というか、作りたい相手ができるとは。しかし自分より背の低い男の子って、どうなの私。

「好きだけど、どうすりゃいいのよ……」

 考えが一往復し、切ない気分になる。それと同時に、また性懲りもなく思ってしまう。

 なんで私は中途半端にデカいんだ、なんで湊はチビなんだ。もし私が普通に小さかったら、こんなことで悩んだりしないのに。

「はあ。ほんと、どうしよ私。ていうか、みんなはどうするんだろう……」

 ため息をひとつこぼし、クローゼットの奥の一年前の生地を思い出しながら、朱夏は一向に答えの出そうにない問題を考える。

 くるくる、くるくる、と。

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