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「で、どうするの!? 作るの!?」
潜めた声のまま、テンション高く優紀に尋ねる。男子から密かな人気を集めていることは知っていたが、こうして直接、優紀本人に打診してくる相手は、香魚の知る限りでは朝倉くんが初めてだ。中学からの親友である優紀に恋が芽生えるかもしれない。その嬉しさは何物にも代えがたく、胸キュンである。
「……そんなの、まだわかんないよ」
そう言いつつも、優紀はしっかり朝倉くんを意識しているらしい。引くどころか、ますます赤みが差していく頬が、その証拠だ。
朝倉くんは、なにかにつけて優紀にちょっかいを出してくる、いわば小学生みたいなクラスメイトだ。お調子者でムードメーカー、いつもうるさいし、よく食べる。そんな性格のせいで三枚目キャラに見られがちだが、背もそこそこ高くて、実は顔もいい。
事あるごとに優紀にちょっかいを出す朝倉くんを見るにつけ、もしかしたらそうなのかも、と香魚は密かに思っていたのだけれど、まさか実際もそうだったなんて。
なんて可愛いんだろうか、朝倉くんは!
悠馬に四年も片想いしていることなど、すっかりどこかへ吹き飛び、もう香魚の頭の中は、これからはじまるであろう優紀と朝倉くんの恋の行方にかかりっきりだ。
「あはははっ!」
そのときふいに、前を通りかかったクラスからどっと笑い声が起こった。男子と女子が数人ずつからなるその笑い声は、香魚の中での放課後を演出するもののひとつ――特に意味もなく教室に残って友人たちとだべる生徒のものだった。男女とも楽しそうに笑い声を上げ、パンパンと手を叩く音も聞こえる。
香魚と優紀は一瞬、ビクリと足を止め、反射的に教室の中に目を向ける。後ろの席に五人ほどの男女が固まっているが、どうやら誰も香魚たちには気づいていない様子だ。
ちょうどタイミングよく教室の前を通りかかったことと、教室の戸が全開になっていたため、彼らの笑い声がよりダイレクトに伝わってきたと、そういうことらしい。
「びっ……くりしたぁ」
「ね。いきなり大声で笑い出すんだもん、何事かと思っちゃったよ」
香魚と優紀は、ふたりで目を見合わせクスリと笑うと、再び廊下を歩きだす。笑い声はまだ続いていたけれど、自分たちに向けられたものではなかったことで、瞬時にピンと張り詰めた緊張の糸も、ほっと緩んだ。
「ねえ、で、実際はどうするの?」
「知らないってば」
「えー。そんなこと言って、本当はまんざらでもないくせにー。お守りの生地を買いに行こうって、実はそういうこと?」
「うっさい香魚」
そんな会話をしながら昇降口へ向かい、それぞれの靴箱の前で内履きから外履きのローファーへと履き替える。
外へ出ると、南向きの校舎の右側から茜色の西日が差していた。白い壁に反射してキラキラと光の粒を撒きこぼす西日は、すっかり秋だなあと思うのと同時にとても綺麗で、香魚は思わずそちらを向いて目を細めた。
「香魚? 行くよ?」
「あ、うん」
数歩先を行っていた優紀に呼ばれ、顔を上げる。こちらを見ていた優紀の顔にも茜が差していて、顔半分だけオレンジ色だ。
「……」
そこにふと光の粒が見えたような気がしたのは、香魚の気のせいだったのだろうか。優紀の周りをキラキラと舞うそれは、今の香魚にはどんなに手を伸ばしても掴めそうにないものに思えて、きゅっと心臓が痛くなる。
「……香魚?」
「ううん、なんでもない。行こっか」
さっと笑顔を返して、優紀に並ぶ。
わかっている、優紀に嫉妬するなんてお門違いだって。今まで想うだけでなにもしてこなかったんだから、こんな気持ちを抱くこと自体、親友に対して失礼だし間違っている。それに香魚自身も、今年もどうせ去年と同じだと諦めにも似た納得をすでにしている。
でも、どうしてだろう。想いを寄せてくれる人がいる優紀が羨ましくて仕方がない。
それを誤魔化すように、帰り道での香魚は優紀を質問攻めにし、必要になるかどうかまだわからないからと渋る彼女を押し切って優紀のぶんの生地もまとめ買いした。
ギンガムチェックの生地を袋に詰めながら「今年もいよいよだねぇ」と嬉しそうに目を細めるレジのおばさんと「そうですねぇ」なんて和やかなムードで会話をしながら、会計を済ませ、礼を言って店を出る。
手芸店の袋は、生地しか入っていないので質量的にはもちろん軽かった。持っている感覚だって、ほとんどないに等しい。
それでも、確かな重みがある。男女の
優ちゃんはどうするつもりなんだろう。
夕飯の買い物客でそれなりに賑わってはいるものの、やはり地方の田舎らしく少々寂れた感のある商店街を並んで歩きながら、そろりと優紀の横顔をうかがう。 しかしそこからは、ほとんどなにもと言っていいほど感情らしいものが読み取れなくて、香魚は仕方なくそのまま前方に視線を移した。
私はどうするつもりなんだろう。
歩くたびにカサカサと鳴るビニール袋の音を聞きながら、ふと香魚は思う。
今年も生地だけは買ってしまった。去年作ったものは、机の引き出しに大事にしまってある。すでに諦めているわりには、お守りを目にするたびに、どうして渡せなかったんだろうといつも後悔する。それと同じくらい、渡したい気持ちも常に持ち合わせている。
みんな、どうするんだろうなあ……。
商店街を抜けて、優紀との分かれ道。
いつものようにバイバイと手を振り合ったあと、ふと思い出して呼び止め、セット販売になっている生地の半分を優紀に渡す。困惑気味に受け取った彼女は、嬉しいような、でもやっぱり困惑する気持ちが先行しているような顔で「ありがとう」とだけ言い、くるりと背を向けた。香魚も同じように背を向け、家の方向に足を向けて歩きはじめる。
「……」
歩きながら、考える。私はこれをどうするつもりなんだろう、どうしたいんだろうと、くるくる、くるくると。
しかしいくら考えても明確な答えは出ず、いつの間にか家の前まで来てしまう。
玄関を見つめて肩でひとつ息をつき、手芸店の袋ごと鞄の中に生地を押し込む。今日は唐揚げらしい夕飯のいい匂いに誘われるように、香魚は「ただいまー」と玄関を開けた。
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