第8話 召喚されし勇者

 私の名前はジョフィエル。 種族的には異世界人になるのでしょうか? そして、元の世界の名前を名乗る事は禁じられていました。

 私は勇者召喚によって呼び出された、勇者の一人です。私は戦う能力に乏しく、主に後方支援任務を中心に活動していたのですが、先だって勇者の一人、ガブリエルが戦死したとの報を受け魔王討伐を命じられました。

 元の世界でも特に特筆した能力があるわけでもなく、平々凡々な企業戦士であっただけで直接な戦闘能力は皆無なんですけどね。私は。


 私がこの世界に呼び出されたのは、そう、今をさかのぼる事4年前。仕事に疲れ、20日ぶりの休日にハネをのばしてのんびりしている時のことでした。

 昼過ぎに起き、冷蔵庫から牛乳を取り出し、それを飲んだ後に厠に行ったとき、その悲劇は起きてしまったのです。


 私の家は古風な和民家。厠も和式でした。大きい方の用を足し終え、さて拭き取ろうかと思った瞬間、なんと、便器が光り輝いたのです。

 その時は何事か! と、思ったのですが、その場の態勢が態勢、特にナニが出来る訳でもなく、そのときに発生した光の渦に飲み込まれてしまいした。


 ハッ! と気づいた時には、大勢の視線にさらされている状況でした。

 何故か大勢の人間に見つめられている状況に私は恐怖しましたが、私を見つめている者たちも驚愕の表情を浮かべていたのです。その者たちは、私の顔と私の背中付近に視線を行ったり来たりさせてましたが、その時の私は気が動転してしまい気づけなかったのです。半ケツ状態であったことに。

 そう、彼らは背中を見ていたのではなく、私の丸出しの部分に視線を向けていたのです。彼らは何事かを言い合ってましたが、残念なことに彼らの言葉が理解できません。しかし、必死で何かを指摘するようなしぐさで訴えていました。その時気づいたのです、丸出しだったことに!

 私は羞恥のあまりその場に倒れ込み、慌ててズボンをまくりあげましたが、あまりの衝撃に脚がこわばり、中々ズボンを履けなかったのです。悪戦苦闘の末に何とか履き直すと、彼らも少し安堵したような表情を見せました。

 そうしてお互いに、愛想笑いをするという奇妙な状況。しばらくお互いに微笑みを向けあっていましたが、彼らの中から一人の若く美しい女性が私の方に歩み寄り、腕輪のようなものを差し出してきたのです。

 さすがに怪しいため、即座に腕に装着するようなことはなかったのですが、その腕輪をつまみあげると、彼ら言っている言葉が理解できるようになりました。

 その腕輪に何らかの翻訳機能があることが分かり、彼らの要求が理解できるようになりました。


 この世界は魔王による侵略に滅亡の危機にあること。異世界からこの世界を救える能力のある者を召喚していること。魔王が送還を邪魔しているために送還こそはできないが魔王討伐は強制ではないこと。送還を邪魔する魔王の討伐が達成されたら送還することが可能なこと。もし勇者として旅立てるなら国の全面的支援が受けられること。勇者として動けない場合はやむなく軟禁生活を強いられること。


 これらのことを聞く限り、勇者になるしか選択肢がない様に思えました。私も元の世界に未練が無いとは言いきれませんでしたが、20連勤を平気で強いる会社に嫌気がさしていたこともあり、勇者になる事を承諾したのです。

 そして、腕輪を装着し、彼らに案内されるがままに、私にあてがわれた部屋に案内されたのです。

 そして、ホッと、息を吐いて緊張を解いたとき、あることに気づいてしまったのです。






 そう、先ほど部屋で失態を見せていた時に、若く美しい女性がその部屋にいたと言うことに! そして、用を足した後に拭き取っていないことにっ!!


 

 私も男です。美人の前に出れば人並みに緊張します。あの時は絶望のあまり、しばらくは立ち直れませんでしたね。えぇ、本当に。


 その後、この世界のことを教育され、魔法が使えるようになり、この世界の言葉を覚えて腕輪を外せるようになったとき、他の勇者達に面通しされました。

 筋肉の塊のような勇者、か弱い女の子のような勇者、元は金髪に染めていたのかプリンのような色合いの髪をしたチャラそうな勇者、子供のように小さな体格の勇者、部屋の隅っこで足を抱えて座り壁の方を向いてる勇者、床の上で座禅を組んでいる勇者、彼らが召喚された勇者達でした。

 どうやら勇者は私も含め7人のようです。

 私たちはお互いに自己紹介をし、情報交換を行いました。今までにも何度か勇者召喚が行われたが今回は7人、すべて男、能力はそれぞれ違うことなどを確認しました。

 今回の召喚された者がすべて男と言う事に違和感を覚え、勇者の一人を二度見したのは言うまでもありません。

 あいにくと私の能力は戦闘には向かず、後方での支援任務に当たっていたのですが、他の勇者たちは魔王の前に敗れ、その数を減らしていきました。

 そして、ついに私の番になったのです。



 私は後方支援を主任務にしていたとはいえ、戦闘能力が皆無であったわけではありません。

 そこそこに経験を積み、その辺の一般兵や冒険者では太刀打ちできない強さがあります。

 ですが、私の能力は『指揮能力』。魔王討伐には5人で挑まなければならないという神代の時代からの制約があり、私の能力では勇者の力を生かしきれないと言う事で、後方支援として動いていました。

 戦況は膠着してるモノの、魔王を打ち倒さなければ人族はいずれ負ける。そのため前線向きではない私も、魔王城へ乗り込まなくてはならなくなりました。

 当然ながら恐怖もありました。他の戦闘向きの勇者たちでさえかなわなかった魔王です。恐怖を覚えるのは当然のことでしょう。

 ですが、私も勇者としての特権を享受していた身の上、魔王の元に赴かなければならないという使命感に燃えていました。

 今思えば、あれは一種の洗脳だったのでしょうね。魔王退治に、何も疑問も思わなかったのですから。



 魔王城のある魔大陸は、海の上に浮かぶ巨大な大陸です。海に面するすべての土地が、飛行魔魔法では乗り越えられない高い山脈で囲まれ、海岸線はすべて断崖絶壁、唯一入れる場所には、港と魔王城がそびえたっています。山脈の切れ間にある港の端は、高く分厚い城壁で魔王城の入り口へと続いています。そう、魔大陸に侵入するには魔王城を抜かないと入れないのです。魔大陸にはどんな魔族が住んでるのかさえ不明の未知の大陸。

 しかも、魔大陸の出入り口に魔王城がそびえるという立地に、大軍で攻め込むわけにもいきません。大軍の利を生かせないからです。そして、魔王軍の最大戦力である魔王を、大陸の出入り口に置くという魔王の自信が見え隠れするような配置です。

 このような配置だと戦術も戦略も対応できず、勇者による力技で討伐するしかないのも判る気がします。

 

 私はもとより魔王には実力的にかなわないと思われる存在。そして、今まで苦労して育て上げた部下たちを、無駄に死なせるわけにはいかないのです。幸い、私の『指揮能力』は他人にも知識を教えることができる能力。そして、部下たちを十二分に鍛え上げました。それでこそ、思い残すことなく単独で魔王に挑むことができるというモノです。

 不思議と、部下たちには引き留められはしませんでした。もしかしたら部下たちの引き留めにより、単独突入は断念せざるをえないかも・・・・・・と、少しは期待していたのは事実です。ですが、引き留められることはなかったのです。


 そして、魔王城に足を踏み入れた瞬間、私は気づいてしまったのです。


 

 

 勇者たちが使い捨ての消耗品であることに。



 魔王討伐勢力に何らかの魔法をかけられていたようで、魔王城に入った瞬間、その魔法が解けたように思いました。

 それまでの勇者は、パーティーを組んでの討伐だったため他のメンバーに流され、違和感に気づけなかった可能性があります。ですが、私はソロ討伐。ソロだからこそ気づけたのかもしれない仕様の隙間。

 

 そうして、私は魔王と対峙し、魔王の名乗りに勇者として応えることにより認められ、私を気に入った魔王直々に魔王軍に編入されました。



 編入後、無礼を承知で魔王様に尋ねたところ、人族側で教えられていたことが全くの誤りであることを知りました。


 魔大陸は開発の余地が十分ありむしろ人手が足らないこと。人族の大陸に攻め込むこともなければその必要もないこと。人族と魔族との戦いは魔族の土地に人族が侵攻を開始したことに端を発していること。勇者召喚が行われてるのは知ってはいるが特に干渉などはしていないこと。魔族側が調べたところ魔大陸の資源を人族が狙っていることなどを教えてくれました。




 今の私の立場は、勇者ジョフィエルではなく、魔王軍書記官ジョフィエルとなっています。序列は14位。直接の側近ではありませんが、魔王様補佐担当官相当の権限を有します。

 魔王軍は、人族の様に力なき権力者が支配する世界ではなく実力がすべて。そこに出自は関係ありません。私の様に元勇者であっても、実力さえ示せば受け入れてくれます。 

 元の世界に戻ることが叶わないならば、この世界の大半を権力で支配する人族の世界よりも、自由に生きやすい魔王軍に骨を埋めるのもいいかもしれません。


 元の世界の名前は私には既に無意味なモノ。ジョフィエルの名前を残すことにより、人族の勇者の離反を世界に知らしめるためにも、あえて人族に与えられた呼び方を名乗っています。

 私が存在することで、人族の結束に楔を打ち込むことができれば・・・・・・と、切に願います。



 今の私は魔王軍の一員。

 さぁ、今日も魔王様の補佐をすべく、書類整理に勤しむとしましょうかね。

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