第6話

「すると勇者殿のチームだけが夜をついて敵陣に潜入されると。しかしそれは、あまりにも危険ではないかな?」

 さすがに決死の突入軍を任されているだけあって、別働隊の指揮者であるハインリヒは俺たちの無茶を動揺もせずに聞いてくれた。

 人生の大半を戦場で過ごし、その活躍から騎士の出身でありながら爵位を授けられた当代きっての英傑である。本来、この様な宿に呼びつけて良い相手ではないが、勇者のサポートという今回の立場と本人の気さくな人柄ゆえか招聘に二つ返事で応じてくれたと言う。

 その英雄にこれからする事を思うと、さすがの俺でも心が痛む…


 一方、その腹心の部下でハインリヒの実の娘でもある副隊長のカノンは警戒を隠そうともしない。長くて豊かな金髪が白銀の鎧に映えるこの美しい女騎士は、会談の行われているテーブルからやや離れた壁際に控えているが、その立ち姿からは一切の油断が感じられなかった。万一の事があればただちに抜刀し、正面に座る俺の首をはねるくらいの事はやってのけそうである。

 もう一人、ハインリヒ隊から出席している参謀格の魔術師は無精髭をさすりながら目を閉じており、何を考えているかこちらに悟らせない。

 騎士がもう2人ほどついて来ているはずだが、かれらは扉の外で立ちの番をしているはずである。


 こちら側は勇者を中心に、左右をジグルトと俺で固めて窓を背に座っていた。

 ルーとリティはカノンとは反対側の壁際に張り付く様に立っている。


 これは長引かせない方が良いな。

 そう判断した俺は咳払いして先を続けた。


「その通りです。言うまでもなく、魔族は昼より夜間の方が力を発揮しやすい。一方で我々人間には視界の面でどうしてもハンディキャップがある。しかし、今回のケースではそれを上回るメリットがあるのです。勇者の故郷での職業はお聞きでしょうか?」


「たしか諜報員スパイという、アサシンとシーフを兼ねた職業だったかと」

 参謀の答えにジィさんが微妙に口元を硬ばらせる。

 何しろ、アサシンもシーフも聖協会が公認する職業ではない。この勇者の出自にしたって、最低限伝える必要がある相手を除いては明かされていない情報である。


「そのとおりです。今回の作戦は私のスキルを最大限に活かす形で、隠密行動を主体に立案いたしました。」

 ソフィアが言葉を引き取る。

 本来、こうした説明は協会の責任者であるジィさんが行うべきであるが、本職の聖職者である彼は嘘をつく事を禁じられている。俺に言わせればこの位は嘘でも何でも無いのだが、言葉の端々に躊躇いが出ても困る。嘘は

 その点、ソフィアなどは職業柄たいしたもので、見事に清廉潔白な聖勇者を演じきっている。いや、案外猫かぶりを通り過ぎて自分の事を勘違いしてるのではないかとまで思う。喋る本人が信じ込んだ嘘ほど騙されやすい嘘はない。

 もちろん、さんざん化けの皮が剥がれて(文字通り)尻尾を出した姿を見ている俺たちが騙される筈もない。


「私たちが夜間の行動を提案する理由をご説明いたします。」

 勇者が眼くばせにルーが短く祝詞を唱える。

 それに反応してランプの笠に隠れていた式神が炎の中に飛び込んだ。

 紙でできた式神はパッと明るく燃え上がり、皆の目をくらますと、次の瞬間弾ける様に消え失せた。

 部屋が暗闇に包まれる


 窓から星明かりは入ってくるが、明るい灯火を奪われて一瞬にして視界が奪われる。ヒルダが躊躇なく剣を抜き放ってハインリヒの元に駆け寄ろうとするが、それより一瞬早く、ソフィアの鋭い声がテーブルの向こうから聞こえてきた。


「動かないで!害意はありません!」

 一瞬で移動したソフィアが立ち上がろうとしたハインリヒの顎の下に手刀を当てている。


「何だと‥」

 言葉を失った参謀が目を丸くしてソフィアの顔を眺めている。

 頼むから足元に目を落とさないでくれよ。ランプを消して視力を奪ったとはいえ、よく見れば「脚がない」のに気づかれてしまう。

 カノンからは窓からの光が逆光になるので、テーブルの影で勇者の足元は良く見えないはずなのだが…


 幸いその心配は無かった様で、ハインリヒがゆっくりと手を上げて皆に着席を促した。

 ルー達がランプに再度火を灯す隙を狙って、勇者がさり気なくテーブルのこちら側に戻ってくる。

 ちなみに異変を感じた廊下の騎士達が部屋に雪崩れ込もうとしたが、ドアの内側にバルが座り込んでいたのではどうしようもない。


 明るくなった室内で改めてハインリヒが声をあげた。

「いや、お見事。私も長く戦場に身を置いてきたが、これほど簡単に背後を取られたのは初めてだ。家内の他に怒らせたくない女性がもう一人増えてしまいましたな。」と破顔大笑する。


 こうも鷹揚に対応されては、こちらとしても恐縮するしかない。

 最後まで作戦に反対したジィさんなどは普段より一回りもふた回りも小さくなっている。

 なにせ、危害を加えなかったとはいえ、爵位を持つ一軍の将をだまし討ちにしたのである。本来であれば牢屋にぶち込まれても文句が言えないレベルの暴挙なのだから。その前にヒルダに無礼討ちされる可能性の方が大きいが。


 勇者もしおらしく低頭する。


「ハインリヒ様。ご無礼の段は心よりお詫び申し上げます。ただ、この作戦に信を置いて頂くには、わたくしのこの能力を実地でご理解頂くほかはないとこの様な暴挙に出た次第です。この度の戦役が終わりましたら、いかような罰でも甘んじてお受けします。」


「貴様、それですむと思うか!よもや貴人の首に手をかける意味を知らぬとは申すまいな!」

 やっぱりカノンこいつはおさまらなかったか。

 主君を守りきれなかったやましさも手伝ってか、顔を真っ赤にして怒り狂っている。白い頬に赤みが差して実に美しいと場違いな感想を抱いてしまう。


「良い。ここは戦場じゃ。貴賎の別など持ち出すでない。勇者殿の武技が我々のそれを上回っていたというだけの事。」

 ハインリヒが仲裁にまわってくれる。


「しかし…」

 なおも言い募るカノンを将軍が手を上げて制する。


「良いと言っている。私も武人の端くれ。勇者殿の神技には心を奪われた。まさかあの距離を足音も鎧の音も立てずに回り込んでくるとはな。実に良い経験をさせて貰った。」

 まさか、鎧はイメージだけ、足に至っては生えてないとは思うまい。


「それでも、何かの償いをしてくれると言うならば、」

 ハインリヒはチラとカノンの方を見て言葉を継ぐ。

「どうだろうか、私の息子の嫁に来てはくれまいか?どうだ、カノンよ。そなたもこれ程の相手なら不足はあるまい」


「お断りいたします。父上の寝首を掻く女を我が家に迎えるつもりはございません」

 いや、その前にこいつ幽霊だから、と心の中で突っ込みかけて、ふと違和感に気がつく。

 嫁?


「まさか、お前、男だったのか!」

 本日一番の失礼な発言をした俺を、泡を食ったジィさんが抑えにかかる。

 あまりの発言に怒りを通り越して白くなったカノンは、やはり絶世の美女にしか見えない。


「貴様、私が男に見えるとでも言うのか!」


 謹直そのもののイメージしかなかったハインリヒがついに腹を抱えて笑いだした。


「ナオ、違うから!そっちじゃないから!」

 普段は静かなルーまでもが慌てて口を挟んでくる。

「参謀様、参謀様が息子の方だから!」


 後から知ったのだが、ハインリヒの2人の優秀な子息・息女はハインリヒ騎士団の2傑として他国にも聞こえているそうだ。姉にして副団長のカノンと、弟で参謀として全軍を指揮するベルディヒ。

 もちろん、姉のカノンはれっきとした独身美女であり、幽霊と結婚させられそうになったのは無口な参謀の弟だった。

 あとから聞いた話では、弟に縁談が持ち上がるたび、姉が厳しいダメ出しをして、片っ端から破談にしているとか。


 言い訳をさせて貰えるなら、ずっと旅をしてきた俺は世間一般の常識に疎いし、カノンの胸は鎧を着込むとそれとは分からない程度のボリュームだし。


 さて、それでは勇者殿のサグディ奪還作戦を伺おうかと机に地図を広げながら、やけに楽しそうなハインリヒだったが、俺はカノンからの氷の視線に気が気では無かった。


 まさかこのちょっとした(?)行き違いが、後まであれ程尾を引こうとは、その時は想像もしていなかった。



《勇者の消滅まで、残り45日》



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