第7話

 遠くから馬のいななきと怒号が響いてくる。

 日が落ちてから数時間、ハインリヒ率いるサグディ解放軍と魔王軍は想定通り戦端を開いていた。


 サグディ城塞を攻めていたのはゴブリンロードを中心とする亜人の軍勢である。決して平均能力で秀でている種族ではないのだが、個を重んじる魔族の中では例外的に組織だった行動をとる事が知られている。

 そもそも、他の種族では人間の城塞を落として砦にしようという発想は無いだろう。彼らの殆どがただ蹂躙し、略奪するばかりである。


 今回の作戦の筋書きはその性質を念頭に立てられており、今の所、ソフィアの読みは当たっている。


 ハインリヒ軍はナイン地方から続く峠道の麓、サグディの砦から2時間の距離に野営地を設けていた。それ以上の突出を控えたのは峠を背負った方が背後からの急襲を避けられるためである。

 しかし、夜間に山越えを行う事も出来ないため、軍勢が麓に到着したのは既に昼過ぎだった。そこから急ごしらえで設けた野営地の事ゆえ、防御が万全とは言い難い。

 更に人間側は険しい山越えと設営で疲労しており、夜間の行動も本分ではない。それに対して、魔物達は夜にこそ本領を発揮する。

 この好条件を知能の高い亜人たちの軍が見逃すはずはない。

 最初の戦闘は峠を越えたその晩のうちに行われるだろうというのは、大方が予想したところである。


 気になるのは魔王軍の主将クラスの動向である。

 戦略的にはこの緒戦に最大戦力を投入し、救援部隊を一気に壊滅させるのが正しい。さもなければ、砦の包囲と救援部隊との戦闘という二面作戦を取らされる事になるためだ。

 そのため、敵軍の主将であるゴブリンロードは夜襲部隊の中にいてもおかしくはなかった。


 ここが最大の悩みどころであったが、参謀のベルディヒからの連絡兵によれば、敵軍の中にその姿は見られないという。

 恐らく、慎重なゴブリンロードゆえ、陣容の明らかでない敵との初戦に参加する事を嫌ったのだろう。知能が高いが為の慎重さである。

 この世界での経験がほとんど無い中、書物や周りからのレクチャーだけでそこまで見切ったソフィアの読みはやはり賞賛に値する。


 そして、砦の包囲を継続しながら、新しい敵軍に兵力を割いているこの状況下では、敵の本陣も手薄になっているはずだ。そこを突いて、一気にというのがソフィアの作戦である。

 勇者と言うよりも明らかに暗殺者アサシンの発想なのだが、もちろん俺も手段の善悪を問うつもりはない。

 ハインリヒ本隊から先行すること4時間、我々は街道を大きく迂回して、ゴブリンロードの本陣の背後に肉薄しつつあった。


 本来であれば、夜間に魔王軍に対して潜入工作スニーキングを仕掛けるなど無謀な自殺行為でしかない。

 しかし、勇者のそれこそ常識はずれな特性がこの無謀を無謀でなくしてくれた。

 気配も足音も立てずに単騎先行して、敵に先んじて確実に相手の存在を捕捉してきてくれるからだ。


 今も進路に五体ほどからなる敵の斥候隊を見つけたソフィアが、綿密に打ち合わせをしたブロックサインで指示を出してくる。


「(バルはそこの木にロープを結んで、茂みの裏で待機)」

「(リティはバルの反対側で幹の裏に隠れて)」

「(ルーとジグルトはロープから30メートル先の岩陰で待機。逃げてくる相手がいたら確実に仕留めて)」

「(ナオトはユキを置いて、あの木の枝に隠れてて。敵後衛の二体は任せる)」


 やれやれ俺だけが木登りか、とため息を漏らしたのが気に入らなかったのだろう。静かに、とでも言うように頭に角を生やしてオーガーの真似をして、こちらを睨んでくる。

 そんな器用なマネが出来るなら、苦労してブロックサインを決めることはなかったのだが。後で文句を言ってやろう。


 準備が整ったのを見て、ソフィアが黒衣から目立つ色のチュニックに姿を変えて斥候隊の方に近づいていく。やがて前方から短い悲鳴が聞こえてくると、ソフィアが転げるように俺たちが待ち構えるポイントに向けて逃げて来た。戦闘中に味方からはぐれた弓兵を装ったのだろう。斥候隊が剣を抜きつれてソフィアに続いている。

 敵の中の弓兵2体が矢を射かけて来たが、なかなか当たらないと見ると(当たるはずがないのだが)、短刀に持ち替えて後を追って来た。


「ぬん!」

 前衛の3体がまさにソフィアに追いつこうとするタイミングでバルが黒く塗ったロープを力任せにピン、と張る。

 ソフィアが当然のようにスルーしたそれに足を取られ、将棋倒しに地面に倒れこむ敵兵。飛び出したルーがその無防備な後頭部に容赦なくグレートアックスを叩きつける。バルもすぐに加わりこちらは一方的な展開となった。


 予想外の事態に後から駆けつけて来たゴブリン兵がたたらを踏んで立ち止まるが、既にその位置は俺の隠れる枝の真下である。

 身を潜ませていた枝から身を躍らせると、空中でクナイを引き抜き立て続けに二体の背中に向かって放つ。

 

 一本は狙い通り首筋にささり、相手を声も立てずに崩れ落ちさせたが、2本目はわずかに逸れて肩口につきささる。


 しくじったか。

 着地しざまに受け身をとって距離をかせぐ。

 身体を反転させて敵に向き直り、腰に吊り下げた刀のつかに手をかける。


 怒りの咆哮を上げて突っ込んでくるゴブリンを見ながら、心の中で山の神に謝罪した。


 狩りの全てを教わった師匠から、狩りの最善なるは獲物に無用な苦しみを与えず、遠間からの一撃で仕留めることだと叩き込まれている。

 それが叶わない場合には、せめて一太刀で仕留めろと。


 その為の技術もやはり師匠から教わった。



 大ぶりの太刀は狩りの邪魔になる。

 腕の長さの半分を僅かに越える太刀。

 やいばと爪が交差する距離で、相手と等しく危険リスクを分け合う。



 わずか60cm足らずの細身の刀は、鞘の中を滑ることで桁外れの初速に達し、一閃のもとに敵兵の頭を跳ね飛ばした。


「ナイスリカバー。相変わらず貴方の太刀筋は見えないわね。」

 前衛を壊滅させたリティが近づいてくる。カモフラージュの為に顔を真っ黒に塗っているので、表情が窺えない。嫌味か、純粋な褒め言葉か計りかねるので、取り敢えず良い方に解釈して礼を言っておく。


 バルの大剣やリティのグレートアックスと比較すると、俺の片刃の太刀は鋭利だがあまりに小振りで非力である。体長十数メートルに及ぶ大型のモンスターはそもそも痛覚が鈍いものも多く、多少、表皮を切り裂いたくらいではその行動を止める事は出来ない。

 まして、遠距離からの射撃で倒せる獲物は限られている。

 その中で俺が実績を上げられたのは、刀を抜きざまに敵の急所をピンポイントで切り裂く技能がある為だ。相手がどれだけ巨大でも、つまるところは生物である以上、急所の場所は限られている。


 そこを評価されて、正直、悪い気はしない。


「ぶっつけ本番にしては、上手くいくもんじゃ。たいしたものじゃの。」

 今回は出番がなかったジィさんが合流する。

「しかし、急いだ方がよさそうじゃ」

 遠くでひときわ大きな歓声が上がるのを聞いて、ジィさんが呟いたのにソフィアがうなずく。


 圧倒的に不利な状況にも関わらず士気の高さがここまで伝わってくる。

 ハインリヒ隊の練度の高さには感嘆する他ないが、今晩の激突が小競り合いではすまず、本格的な戦闘に発展した以上、味方も少なからぬ血を流す事になるだろう。


「今の歓声は隊長かカノンが突出でもしたのかしらね。私たちも急がなければ、せっかくのチャンスが無駄になるわ。」

 ソフィアが珍しく真剣な顔をして皆をうながすが、頬に「Go! Go!」と文字が踊っているのでは台無しである。


 俺はもう一つため息をつくとトラップに使ったロープを回収し、先を急いだのだった。


《勇者の消滅まで残り38日》


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