第186話 危機の予感、深淵の彼方より



 救いの御手セイバー・ハンズ副官であった妹少尉クリシャ

 その彼女が駆る救命機体レスキュリオへ、事を知り得ぬ者が見れば目を疑う装備が配された。

 救いの猛将俊英監修の元、イカツイチーフマケディ主導で施された強化は常軌を吹き飛ばす衝撃を生む。


 今まで宇宙そらを駆けながら数多の命を救い続けた白に赤が配されるそれに、物々しい重装機関砲に中射程火線砲。

 加えて、元々戦闘を考慮しない速度重視の軽量機体へは追加装甲が備えられた。


「現在の任務上ではこのカスタムが精一杯だぜ? それこそニベルまでの経由地に目ぼしい装備がありゃ幾らでも注ぎ込んでやるんだが。」


「ああ、今はこれで十分だ。いつもの通り、搭乗者を保護するシステムに万全さえ期してくれればそれで構わない。むしろ今は、少尉がコレを乗りこなせるかが肝だからな。」


 任務上——

 航行の足を止める訳には行かぬ救いし者部隊クロノセイバー

 旗艦の発生する小規模訓練用重力場を用い、なだらかな甲板を足場にエリート隊と競り合う白と赤の機体……それをブリッジ大モニター前で見やる英雄少佐クオンとイカツイチーフがそこにいた。


「何やウチ、あの救急救命機体が武器持って宇宙そらを暴れる姿や初めて見たわ。」


「ホントね。あれ程までに武器所持をかたくなに断って来たのが嘘みたい。」


「いやぁ、これは俺も生まれて初めて目にした光景。まさにブリッジクルー昇進の賜物っす! あ……計測されたレスキュリオの戦闘データを、ミューダスさんに送るっす! 」


 通信管制を手伝う恋する通信手翔子と、データ観測を任される恋敗れた乙女トレーシーが感嘆を漏らす。

 それに反応するは、新進気鋭の准尉ディスケス

 すでにブリッジクルーらしいたたずまいで、様々な面に於いて新たな機体の戦闘データ収集に余念がない。


「このクラスの機体サイズで戦闘をこなすなど、あのアル・カンデでも存在せん。つまりはここでのデータ取りが後の部隊正式運用を左右するだろう。」


 一連の機体運用テストを兼ねた実戦訓練を見やり、旗艦指令月読も先見込めた言葉に終始する。


 そんなブリッジのやり取りを知ってか知らずか……禁忌の聖剣キャリバーン旗艦甲板では、妹少尉を圧倒するΩオメガフォースを賜るエリートが肉薄した。


『ウォーロック少尉! 貴君の救急救命任務に於ける、類稀なる成果を我らも耳にしている! だがな——己が銃を持ち命をやり取りをするのは、それと別問題! 』


『戦場で銃を敵に向ければ、総じて己も命の危機に晒される——であるならば……その程度ではすでに何度命を落としたか分からんぞっ! 』


「心得て――くっ……おります! それが戦場……幾度もあなた方がくぐり抜けて来た、言い訳など聞かない場所であると! 」


 当初は英雄少佐の意見に否定を込めていたエリート隊長クリュッフェルだが——

 厳しい言葉の裏に、新たなる希望を垣間見た様な羨望をひた隠す。


 彼が否定した最大要因は本来救急救命に当たる者が戦場で武器を取り、戦術的な運用をなされる点だけでは無い——エリート隊長に二の足を踏ませていた。

 抜擢されるはクリシャ・ウォーロック……即ちである。


 さらには彼女が本来窮地から救い上げられた命である事も、部隊内情報として知り得る所。

 己の親愛なる家族を救った恩人の妹を、戦禍の只中に放り込む事にこそ憂いを感じていたのだ。


 彼女が駆る、殲滅兵装を備えた救命機体とまみえるまでは——


「(ウォーロック少尉の動き……これは確かにあのシャーロット中尉に鍛え上げられたものであろう。だが——」


「(救急救命隊の機体を駆るにしては余りにも、。これはもしや……そう言う事なのか? )」


 エリート隊長の視界で舞う機体。

 彼はそこに見え隠れする、潜在的な能力に目星を付けていた。

 妹少尉が九死に一生を得た身寄り無き子供であった経緯――さらに遡った、彼女の過去に秘められる真なる素性へと。


ディン……後で指令の許可の元、ウォーロック少尉の遡った素性をデータ検索して置け。……? 」


 咄嗟に中華系中尉ディンへ向けた指示に、口角を上げたたかぶりが乗せられた。

 それこそあの、炎陽の勇者が目覚ましい活躍を見せた時に似た。


『……!? 了解です、隊長。これは楽しみになって来ましたねぇ! 』



 禁忌の聖剣キャリバーンはそんな新たな希望を乗せ巨大通信ソシャールへ飛ぶ。

 目的地たるそこで今、非常事態とも言える危機が襲っているとも知らないままに——



》》》》



 救いし者部隊クロノセイバーは通信ソシャールまでの道すがら、中継地点となる小規模ソシャールへと寄港予定であった。


 宇宙そらを行くための長期運用物資は準惑星セレス宙域であつらえたものでも事足るが……部隊として今まで訪れていないニベル宙域は、肝心の情報面が無きに等しい状態だった。

 故の情報共有のための臨時短期寄港である。


「指令、光学有視界に中継ソシャール〈ラック・ラッド〉を捉えます。距離 5000……10時の方角です。」


「うむ、了解した。フリーマン軍曹、取り舵と同時に星間航行速度より公転軌道維持速度へ移行。ここへの寄港は短時間——情報共有が済み次第ラック・ラッドを後にする。」


「取り舵、アイ。旗艦速度減速、公転軌道維持レベルまで低下します。」


「ヴェシンカス軍曹、ラック・ラッド宇宙港へ寄港許可を要請。」


「はい、了解しました。当艦識別ビーコン送信。発、特務防衛部隊 クロノセイバー。これよりそちらの宇宙港への寄港を——」


 惑星間を行くため第三宇宙速度を超える足の速さを見せた旗艦が、太陽公転速度を保つ小岩礁ソシャール〈ラック・ラッド〉を光学映像に捉え——

 寄港に際する許可をと、旗艦指令月読の指示の元恋する通信手翔子しかるべき対応に移った。


 だが——

 クロノセイバーとの名を確認した中継施設より……思いも寄らない先手の通信が送られたのだ。


『ク……クロノセイバーがこの宙域に!? 貴君らは誠にあの救急救命の勇士達なのか!? こちらラック・ラッド管理局 局長 エビアント・アシャーです! 』


『許可はすぐにでも! その上で大至急、お話したい事が——』


 送る通信に被る様に放たれた声は焦燥を露わとする。

 簡易とは言え必要となる寄港許可申請をすっ飛ばし——相手方の反応。


 そこへ只ならぬ不穏を感じた指令は視線を諜報部少佐ロイックへ送り返答を返した。


「火急の事態と推察しました。すぐにでもそちらへ寄港させます故、暫しご猶予を。」


 程なく寄港を見た禁忌の聖剣キャリバーン

 しかし不穏の度合いを測りかねる状況故、艦内警戒体制を引き上げ代表者らのみがソシャール局長と名乗った者の元へ向かう事とした。


 救急救命の名が出た事で、関係者として英雄少佐クオン救いの猛将俊英が指令に続く。

 それらが乗り込んだシャトルが宇宙港へ到着するや、数名の関係者を従え管理局長 エビアント・アシャーが出迎えた。


「よくぞお出でになられた! これは奇跡とでも言うのか……火急の事態故、そちらの簡易客間でご容赦願いたい! あと——」


「そこへつい数時間前まで意識を飛ばしていた、ニベルからの使者が同行するのを重ね重ねご容赦願う! 」


 火急の事態の言葉へ続く、ニベルからの使者との追加。

 さらには先程まで意識を飛ばしていたと語られた事で、部隊側の警戒レベルが跳ね上がる。


 雰囲気を察する施設局長エビアントが簡易客間の圧力扉を潜るが早いか、己の言葉より優先とし目配せすると同行した使者が歩み出る。

 ニベルからの使者――救援要請を得んがため、ニベルから高速艇で飛び出した若きザガー・カルツ所属の新鋭 クジャレーが切なる願いを解き放った。


「この様な無礼な謁見となった事はお詫びしたい。その上で私——元ザガー・カルツ所属のクジャレー・ネイビルのお話を聞いて頂けたらと存じます。」


「元ザガー・カルツ……だって!? 」


 飛び出た名に驚愕でまず声を上げたは英雄少佐。

 すでに漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツより離脱した者の例が、同時に複数脳裏をかすめた故だ。


 そんな驚愕に首肯も、何を置いても語らせて欲しいとの訴えを込めた若者は改めて口にする。

 彼が高速艇に乗り、意識を飛ばしてまでも求めた緊急事態の全容を。


「これは信じるか否かをそちらへお任せする事となりますが、せめてお聞き届け願いたい。私が数日前までいたかの巨大通信ソシャールは、私がザガー・カルツに所属した時点で……地上上がりのテロ屋から奪還するも被害甚大。ソシャール正常運用さえ支障が出始めた状況下——」


「さらに何を置いても救援が必要なのは、そこでテロ屋に監禁されていた管理民です。すでに重篤な状態の者もおり……もはやこのままでは、。」


「な……小惑星!? それがソシャールの軌道上に……それは本当なのか!? 」


「はい……。故に私は、己の全てを懸けて高速艇を駆り宇宙そらへ出た所——直後に増え始めていた流星群を避ける際機体を破損させました。が……幸いにも自動航行が生きており、意識を飛ばすもこの現状へ辿り着いた次第です。」


 旗艦指令の双眸へ確かに焦燥が揺らめいた。

 語られたそれは今までに無い緊急事態。

 それも現地点より数日はかかる距離の……公転軌道上。


 そこまで言い終えた若き新鋭はこうべを垂れて懇願した。

 もはや彼の素性など吹き飛ばす真摯たる想いを乗せて。


宇宙そらを駆けし救世部隊クロノセイバー! どうか、そこにいる多くの管理民を助けてやって欲しい! この通りだ! 」



 なりふり構わぬ真摯たる想いは、救いし者部隊クロノセイバーを纏めし者達の心を——しかと動かしたのだ。

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